第2章

第1話「ノエルとキャロル」

 「はやーーーーい!!」


 「ひいいぃいぃぃ!!」


 高度数百メートルという高さを、時速数百キロで吹っ飛んでいるアラスター。レイが結界式をうまく使っていなければ、サラもナナも風圧で死んでいるらしい。

ナナはかすれたような悲鳴を上げながらアラスターにしがみついている。同じく結界式のおかげで引き剥がされることはないが、それでも視覚的な恐怖はよほどのものだろう。

サラは初めての高速飛行にはしゃいでいる。


 「すごいね、アラスター、速い!」


 「もうすぐ着くからあまりはしゃがないように」


 「え、もう終わっちゃうの!?」


 残念そうなサラを見て、レイは困ったように笑っている。

目的のルーベル平原に行くため、私たちはアラスターにひっついて飛んできていた。

これほど急ぐと思っていなかったのか、ナナはかなり怯えているようだ。


 「ていうか、前から、思って、いたの、ですけど」


 しゃべり方が途切れ途切れになっているナナ。普段から自分で飛んでいるとはいえ、ナナは高速飛行が苦手だ。


 「これ、どうやって、飛んでるのです? 人間って、飛べないんじゃ、ないのです?」


 「魔力で発生させた反発力を推進力にして飛んでいる。簡単に言うと爆発を起こしてその吹き飛ぶ力で飛んだ、というようなことだ」


 飛んでいる当人、アラスターはいつもの表情を微塵も崩さずに平然としていた。それどころかこの状況の解説まで行っている。

飛行の馬鹿げた仕組みにナナは悲痛な声を上げた。


 「むちゃくちゃです~!」


 「そのためこうやって飛ぶことは通称『吹っ飛ぶ』と呼ばれる。覚えておくように」


 「今授業!?」


 そんなこんなで私達は空の旅を楽しむ間もなく、出発から3分後には目的地に到着していた。

ルーベル平原に近づく際、アラスターは急激に速度を落として大地に降り立った。サラ達はアラスターから飛び降りる。


 「死ぬ……死にます……」


 「生きろ。あと、この間も一緒に飛んだ気がするが?」


 先日のローグ街襲撃の際に、ナナはアラスターを呼びに帝都まで飛んでいってくれた。その帰りにアラスターに連れられて飛行しているはずだ。


 「あの時は疲れてて気づかなかったですけど、速すぎですよ……」


 「楽しかったなー! ナナ、また飛ぼうね!」


 「勘弁して……」


 サラに頼み込んでいるナナ。レイはそれを慰めつつ辺りを見回す。


 「ここがルーベル平原か……」


 「アラスター、ホントにここなのです?」


 「ああ、間違いなくここにいる」


 それを聞いてサラは疑問符を浮かべる。正直ナナと同意見だった。

辺り一体は芝生に包まれた草原だった。時折木が生えていたり、小川が流れていたり。奥の方には何台か風車が回っているのが見える。

こんなのどかの所に、本当に魔法使いがいるのだろうか。


 「……ん?」


 ふと何かを感じて、サラは後ろを振り返る。

そしてそのまま大きく目を見開いた。


 「……ねえ、みんな」


 「ん、どうしたのです、サ……」


 同じく後ろを振り返ったナナが固まる。


そこには見覚えのある巨体がとぐろを巻いていた。

太く長い真っ白な胴。銀の牙に青白い目。


 「テッコウニシキ……!」


 「ひいいいぃいぃぃ!」


 ナナが頭を抱えてうずくまる。レイとアラスターがいるのでサラは警戒しなかったが、この生物が危険なことに変わりは無い。

しかし、その予想は外れた。


 「…………あ、あれ?」


 ナナが恐る恐る顔を上げる。


 テッコウニシキは何もしてこなかった。

ただチュルチュルと舌を鳴らしながら、じっとこちらを見つめている。

レイが疑問符を浮かべながら呟いた。


 「おかしいな。テッコウニシキって好戦的な蛇じゃなかったっけ」


 「そのはずだけど……」


 そう言ってサラはテッコウニシキを見上げる。

先日レイが倒した個体との差異は見受けられない。この蛇はどう見ても鉱石獣、テッコウニシキだ。


 「なんで……」


 「ノエル」


 ふと、アラスターが声を上げる。

テッコウニシキに向かって呼びかけているようだ。


 「え、の、ノエル?」


 不意なアラスターの声にサラは戸惑う。いったいノエルとは何なのか。 

すると答えがすぐに返ってきた。


 「あれ、アラスター?」


 声変わりの済んでいない少年のような声がする。一瞬テッコウニシキが喋ったのかと思って身構えたが、さすがにそんなことはなかった。

テッコウニシキの後頭部から、声の正体がひょっこりと顔を出す。


 「わあ、ひさしぶりだね」


 やけにのんびりとした、幼い口調の少年だ。

年はサラ達と同じくらいだろうか。髪はナナと同じ金髪で、服装はサラサラした白い布で出来ている。

笑顔がよく似合う普通の男の子だった。

再び少年にアラスターが呼びかける。


 「元気そうだな」


 「おかげさまでー。ねえ、それより」


 そう言って少年はテッコウニシキから飛び降りる。

ふわりと地面に着地して、サラ達の前までやってきた。


 「はじめまして。ぼくノエルっていうんだ。よろしくね」


 急な挨拶に戸惑いながらナナが答える。


 「は、初めましてです。ナナです」


 「はじめまして、ナナ」


 「初めまして、僕はレイ」


 「はじめまして、レイ」


 そう言ってノエルは二人に会釈した。そしてアラスターへ向き直って呼びかける。


 「きみはなんていうの?」


 「あ、え、えっと、えっと、さ、さ、サラって、言い、ます、あ、いや、言うの、サラって、言うの」


 レイとナナは一瞬サラを見失っていた。

ノエルがテッコウニシキから降りてきた途端、サラはアラスターの後ろに隠れていたのだ。今も彼の腰の辺りから顔を覗かせてあたふたしている。

人見知りというのは直しようがない。


 「はじめまして、サラ」


 「あ、う、うん、初め、まして」


 思い出したように初めましてを付け加えるサラ。

顔を赤くして頭が真っ白になっているサラに、レイが横から助け船を出す。


 「サラは人見知りなんだ、ごめんね」


 「だいじょうぶだよ、レイ。ふふ、なんだかロメリアみたいなこだね、サラ」


 「ロメリア?」


 それを聞いて、アラスターが横から割り込んでくる。


 「そういえば、キャロルはどうした?」


 「そこにいるよ、ほら」


 そう言ってノエルは、先程からずっとこちらを見つめているテッコウニシキの背後を指さす。

一瞬誰かがこちらを覗いているのが見えたが、すぐにテッコウニシキの陰に引っ込んでしまった。

 

 「キャロルー」


 「……ちょ、ちょっと待ってくれ」


 陰から少女の声が聞こえた。

声の正体を見ようと、ナナがそちらへ近づこうとする。

すると、向こうから逆に飛びだしてきた。


 「やあ、キャロル」


 「よう、久しぶりだなアラスター。相変わらずのようで何よりだ」


 キャロルと呼ばれた少女はアラスターに挨拶を返す。


飛び出してきたのは一人の少女だった。

男らしい口調の割に声は幼い。年はまたもやサラ達と同じくらいに見える。青色ののふわふわとした髪をなびかせていて、ただの可愛らしい少女にしか見えない。

ザ・魔導士、といった服装だ。ベレー帽を被ってローブを纏い、手には細い杖のような枝を持っている。

キャロルはおもむろに杖をこちらに向けて言う。


 「オレは災厄の魔導士、キャロルだ!」


 「……うわぁ」


 ナナが思わず声を漏らす。

しゃべり方でなんとなく察していたが、そのネーミングセンスでそれは確信に変わった。

これは間違いない。


 「絶対中二病です……」


 「ぅ…………い、言わないで……」


 「ん?」


 何かを呟いたキャロル。聞き取れなかったナナが聞き返した。


 「なんて言ったのです?」


 「中二病とか……言わないで……」


 (あ、言われたことあるんだ)

若干泣きそうになりながら呟くキャロルを見てナナは再び察する。


 「さ、災厄の魔導士……!」


 急に声がしてナナは後ろを振り返る。

そこには目をキラキラと輝かせたサラがいた。

興奮した様子で近づいてくる。


 「災厄って、なんだかかっこいい! すごいね、キャロル!」


 「お? お、おう、そうだろ! オレは災厄の魔導士なんだ! 確かサラだったな? この名前の良さが分かるとはやるなオマエ」


 唐突に会話が弾むサラとキャロル。ナナは少し困惑気味だ。


 「二人とも急に元気になったのです……」


 「ハハ、サラに新しい友達が出来そうで嬉しいよ」


 「ぼくも、キャロルにともだちができそうでうれしいなあ」


 穏やかに見守るレイとノエル。仲間がいなくなったナナはアラスターに助けを求めた。


 「もしかして、あの子が魔法使いだったりするのです?」


 「違うわ。あんなにかわいい訳ないだろ」


 こちらはこちらで返答がおかしい。

ナナはわずかにため息をついて空を仰ぐ。


 「なんだかとても苦労しそうなのです……」


 「ふふ、だいじょうぶだよ、ナナ」


 振り返るとノエルがのぞき込むようにこちらを見ていた。何が大丈夫なのだろうか。


 「ナナたちは、『りゃくだつのまほうつかい』にあいにきたんでしょう?」


 「え……そう、なのです、けど……」

 

 「それなら」


 そう言ってノエルは右手を差し出す。

そして優しい笑顔のまま呟いた。


 「ぼくたちが、つれていってあげるよ」

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