第11話「暗躍」

 風がなびく。

小川が流れ、あちこちに花が咲き、いくつも風車が立っているのどかな草原。その美しい景観を太陽が照らしている。

吸い込まれそうな青空の下、平和を体現したような世界。


そんな小川のほとり、小さなベンチに一人の男が座っていた。

白い燕尾服を身にまとっており、同じく白く長いシルクハットを被っている。

いや、ローブやシルクハットはその場に浮いているのかもしれない。


本来顔があるはずの所に、火がたぎっていた。


手袋や靴のせいで、手足があるのかは分からない。

しかし顔は存在せず、その代わりとでも言うように赤い炎が小さく燃えさかっている。

炎の男は本を読んでいたが唐突にその本を閉じ、小川に向かって呼びかける。


 「ユキ」


 「なに?」


 しゃがみ込み、小川を指でつついていた少女が振り返る。

この辺りでは珍しい黒髪の少女だ。年齢は10代前半くらいだろうか。あまり長くはないおかっぱの髪をなびかせて、無表情で男を見ている。


 「どうやら、帰ってきたようですよ」


 男の言葉を聞いて、黒髪の少女、ユキはハッとする。

再び振り返ると、小川のほとりを誰かが歩いてくる。


それは、紺色のローブをまとった一人の男。


 「いやあ、疲れたあ」


 そう言って男はフードを脱ぐ。

現れたのは白髪の青年だった。疲れたとは言っているものの汗水を流してはおらず、ローブも特に汚れてはいない。


 「おかえり」


 ユキが立ち上がって男に声をかける。表情は変わらず、声に抑揚もない。


 「ここ家じゃねえけどな」


 ユキとは正反対に白髪の青年は陽気な口調でぼやき、芝生の生えた地面に寝転がる。本当に疲れているようだ。

炎の男が声をかける。


 「どうでした?サリー」


 「サラとレイはいたよ。あとフレッドって子も。最後はアイツが帰ってきて壊されちまった。ざーんねん」


 さほど残念でもなさそうに喋る白髪の青年、サリー。

悪びれる様子無くサリーは続ける。


 「それにしても俺、何も出来なかった気がするなー。なんかコレ意味あったの?」


 「ええ。確認が取れましたし、これでアラスターも動かざるを得ないでしょう。お疲れ様です。しばらく休んでいていいですよ」


 「もちろん休ませてもらいまーす」


 芝生に転がったまま入眠しようとするサリー。

そんなサリーを見ながらユキが炎の男に声をかける。


 「これからどうするの?」


 相変わらず表情も抑揚も無に等しいユキに、炎の男は優しく答える。


 「まずはアラスターの動きを見ましょう。少し忙しくなるかもしれませんね」


 ユキは「分かった」と合いの手を入れる。

炎の男は立ち上がり、手に持った本を開いて言う。


 「すべては、魔導教を滅するために」


 風が吹く。風車が回る。

のどかの草原はどこまでも静かで。





第1章は以上です。

次回から第2章となります。

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