第8話「終わらせる」
「レイ」
サラの呼ぶ声がしてまぶたを開く。
サラが部屋を出て行ってからレイはしばらく起きていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。東の空が少しずつ白みだしていた。
夜明けだ。
「おはよう、サラ」
いつものように優しく返事をして、ベッドから起き上がってサラを見た。彼女の表情は妙に明るい。
「おはよう、レイ。あのね、話があるんだ」
その表情と同じように明るい声で、サラはレイに語りかける。
「私、アラスターを手伝うことにしたの。で、レイにも手伝って欲しいんだ」
「……何を?」
少し嫌な予感がする。
そして、それは的中した。
「戦争を、終わらせるの」
それを聞いた途端、レイはベッドから勢いよく立ち上がった。
「わ、レ、レイ?」
困惑するサラを無視してレイは早足で部屋を飛び出る。
そして礼拝堂にいるであろう奴の元へ向かった。
礼拝堂の扉が大きな音を立てて開く。最前列の椅子に座っている彼は、分厚い本を静かに読んでいた。
まだ前を向いたままのアラスターに対し、いつもより低い声でレイは問う。
「どういうつもりだ?」
その声にアラスターは振り返る。
いつものように余裕ある表情だが、なにか違和感があった。
「分かっているだろう。サラにも協力してもらう」
「……確かにサラは誰よりも魔法に詳しい。きっと役に立ってくれる」
実際、サラが知っている魔法の数はアラスターより多いだろう。サラがいてくれれば心強い。
それを分かっていても、レイは譲ることが出来ない。
「でも、危険だと前に言っただろう」
戦争を止める戦争にサラを参加させる。アラスターは以前からそう言っていた。
だが、レイはそれを拒否する。言うまでもなく危険だからだ。
アラスターは少し間を開け、レイに言い聞かせるように呟く。
「サラを置いてはいけないだろう」
「……それは」
それは分かっている。
レイはサラを置いていくことは出来ない。
サラを、
「でも……」
「私も、連れて行きたくはない」
「……」
黙りこみながらアラスターを見上げる。
表情は変わっていないが、どこか寂しそうに見えた。先程感じた違和感はこれだろう。
彼もサラの身を案じているのだ。
「他に手段はない。……すまないな」
「…………そう、か。うん、分かった」
サラ自身は戦争を止めることに協力的だ。ならそれを尊重するべきかもしれない。
仕方ないか。
「ちょっと、どうしたのレイ?」
振り返ると、サラが礼拝堂に入ってきた。
そういえば寝室に置いてきたままだった。
「なんでもないよ。それより戦争を止めるんだろう? アラスターから聞いたよ」
「あ、うん、そうなの。それで、手伝ってくれる?」
サラはとても楽しそうだった。
サラは自分を役立たずだと思っている。魔法が使えないことを気にしているからだ。
だから、役に立てることが嬉しいんだろう。
……今はこれでいい。
「もちろん。頑張ろうね、サラ」
レイはそう言ってサラに笑いかける。
それを聞いて、サラは嬉しそうに顔を輝かせた。
「うん!」
今は、これでいいはずだ。
日が昇る。
時計の針は12時を指し、辺り一帯に教会の鐘が鳴り響いた。昨日とは打って変わって雲一つない快晴で、窓から差し込む光が温かい。
昨日は随分遅かったので、こんな時間まで眠ってしまった。ベッドから降り手当たりを見回す。
レイとナナは先に起きたようで寝室にはいない。
「誰かいないのー?」
サラが声を張り上げて呼ぶと、しばらくしてドアが開く。
「やっと起きたのです。お寝坊なんて珍しいですね?」
「確かにそうかも。ごめんね」
「問題ないのですよ。さあ、朝ごはんを食べるのです」
「もう昼だけど……」
「ありゃ」
他愛ない会話をしながら寝室を出て、顔を洗うために教会の外へ向かう。するとなぜかナナもついてきた。
ナナはいつもサラにくっついている。
「あ、そういえばね」
「ん、どうしたのです?」
外へ向かう廊下で、思い出したようにサラは言う。ナナには伝えておいた方が言いだろう。
「アラスターが戦争を止めようとしてるのは知ってる? そのために色々頑張ってるらしいの」
「へえ、初めて聞いたのです」
驚いたような表情を見せるナナ。
アラスターは戦争に関する事をナナには言っていないようだ。なら言わないほうが良かったかもしれない。
でも、これは伝えなければ。
「私とレイも、それを手伝うことにしたの。だから街から離れると思うんだけど」
「…………ぇ……」
心臓が止まったかのように、ナナの動きが硬直した。同時にわずかに響く喘ぎ声が漏れる。
サラはそれに気づかない。
「それで、しばらく会えないだろうから伝えておこうと思って────ナナ?」
右手に違和感を覚えて見てみると、サラの上着の右袖をナナが摑んでいた。
掴んだ左手はわずかに震えている。前髪で表情が見えない。
「えっと、どうしたの、ナナ?」
「ナ、ナナは──」
「……?」
ナナは何か考えるようにうつむいた後、まっすぐにサラを見つめた。
「ナナも、ナナも行くのですっ。一緒に、行くのです」
「え、ホントに!? 来てくれるの!?」
サラとしては、ナナが来てくれると心強い。
ナナは聖霊だから魔法も上手だし、何より親友のナナが一緒にいてくれればきっとサラは頑張れるだろう。
「も、もちろんなのです。だ、だから……」
ナナは再び軽くうつむいて話す。段々と声が小さくなり聞き取りづらい。
「だから……会…ない…か…わないで……」
「え、な、なんて?」
「あ……いや、なんでもないのです……」
なんだかナナの様子がおかしい。
最後に何か言っていたが、なんと言ったのだろうか。
「と、とりあえず朝ごはんです。さ、早く食べますですよっ」
「いやだから昼だけど」
ナナはスタスタと廊下を歩いていってしまった。サラは早足で後を追いかける。
「でも良かった。ナナが来てくれるなんて」
「え?」
立ち止まって振り返るナナに、私は嬉しそうに笑いかける。
「一緒に頑張ろう!」
「ぁ…………はいっ、頑張りますですよ」
それを聞いて、ナナもとても嬉しそうだ。心から笑っているように見える。
どこか悪いのかとも思ったが気のせいだったようだ。
サラは、まだ知らない。
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