第7話「ユースティア国教会」
くらい夜。
月光が窓から差し込む教会で、サラとナナは礼拝堂の最前列の椅子に座り込んでいた。ナナは泣き疲れて眠り込んでしまったが、サラはなぜか目が冴えて眠れない。
時計の針は12時を指していた。膝の上でわずかに寝息をたてて眠っているナナを撫でながら、自分も目を閉じて昼間の事を思い出す。
学堂が崩れて。
謎の男が現れ。
フレッドが致命傷を負い。
男は消え去っていった。
被害は大きかったが誰も死ななかった。
レイが戦って、ナナは助けを呼び、フレッドは私を守った。
なにか、私にもできる事はあっただろうか。そんなことを考えていると、唐突に礼拝堂の入り口から二人が入ってきた。
レイとアラスターだ。
「あ……」
かすれた声を出して、膝の上で眠っていたナナが目を覚ます。扉が開いた音で起きたようだ。
ナナは上体を起こすと、中に入ってきたレイ達に声をかける。
「フレッド、は?」
問いかけたその声は震えていた。私も答えを聞くのが少しこわい。
そんな私達を安心させるかのように、レイが笑顔で答える。
「無事だよ。命に別状はないって」
「……ぅぅ」
ナナは安心したのか再び泣き出してしまった。私もホッと息をつく。
やっぱり誰も死ななかった。
本当に、よかった。
「無事とは言ってもしばらくは目覚めない。魔力核が損傷しているようだ。今は眠らせてやろう」
アラスターが落ち着いた声で話す。顔にはいつもの不敵な笑みが戻っていた。それを見て余裕が戻ってきたサラは、気になっていた事を彼に問う。
「ねえアラスター、なんで学堂が襲われたの? それもちょうどアラスターがいない時になんて……」
偶然にしては出来すぎている。国教会がこちらの情報を掴んでいたのだろうか。
それとも……
「私が帝都へ出向くように奴らが仕掛けた、そう考えるべきだろう」
アラスターが答える。
やはり、そうか。
そうなると、今回のことに国教会がかけた負担は決して少なくないはずだ。
学堂を破壊するだけの魔法。あのローブの男の犠牲。
そして何より、魔導教上層部の情報操作。
そこまでして、一体何がしたかったのか。
「目的が分からない」
私のつぶやきにレイとアラスターが頷く。二人とも私と考えていることは同じらしい。
「でも犠牲者が出なかったのは不幸中の幸いだったね。フレッド以外は怪我人もいなかったし」
「そう、だね。うん、そうだよ」
今はそれを喜ぶべきだろう。
私はまだ涙を浮かべたままのナナを揺さぶる。
「ほら、いつまでも泣いてないで、もう大丈夫だから」
「ぅぅ……だって……」
そんな二人を見て微笑みながらレイが言う。
「それにしても、最近国教会の動きがおかしいと思わない?」
「ああ。以前より行き過ぎている」
呆れたような調子で返すアラスター。
そんな二人を見て、ナナは涙を拭きながら問いかける。
「そもそも、その国教会って何なのですか? なんで攻撃してくるのです?」
「……ナナが知る必要は無いと思っていたのだが、まあいいだろう」
アラスターはどこか寂しげだ。私やレイは知っている事だが、ナナにはあまり言いたくないらしい。
「ナナはお隣のユースティア王国を知っているかね?」
「んー、知ってるけど詳しいことは分からないのです」
ナナは時々世間知らずなことがあるが、今回もその片鱗を見せていた。
頷きながらアラスターが続ける。
「国教会というのは、そのユースティア王国に存在する大規模な宗教団体だ。名前はそのまま、ユースティア国教会」
「……じゃあもしかして魔導帝国は、ユースティア王国と戦争してる、のですか?」
「まあ、少し違うがそんなところだ」
ナナは驚いたような表情を見せる。
しかし驚愕はすぐに疑問へと形を変えた。
「ん? でも、この国は平和なのです。争ってる所なんて全然見ないのですよ?」
「その通り。国教会が表立って動くことは珍しい。戦争と少し違うというのはそういうことだ」
そう言ってアラスターは司祭服の袖から1冊の本を取り出した。紺色の小さなそれをサラは知っている。
「魔導書?」
「ああ」
ページをパラパラとめくり、十数ページのところでピタリと止める。
そこには何人かの魔導士や魔法使い、そしてそれらに向かい合っているローブを纏った聖職者達が描かれていた。
「国教会は魔法使いを嫌う。見つけ次第処分しにかかる程度にはな」
「……え? なぜ、です?」
驚きと疑問が入り混じった表情のナナ。帝国民なら当然の反応だ。
生きる伝説。魔導の希望。そんな彼らを嫌うなど、この国ではあり得ない。
「授業で話した通り、我々は魔法を無際限に使うことが出来ない。魔法の種類や技量、環境等に応じて魔力を支払わねばならないからだ。そして私はその支払先を『世界』と呼んだ」
そう言ってアラスターは魔導書のページを一枚めくる。そこに描かれていたのは、日の光を背に佇む神と、その神に供物を捧げる聖職者達。
「だが、国教会の考えは違った。彼らは魔法という現象を『神の御業』だと考えた。彼らが崇める唯一神、ユースティアの御業だと」
「あ……」
何かを察した様子のナナ。
アラスターが再び静かにページをめくる。
そこから先は、ただ争う人々の姿。
「魔法使いは神に魔力を払わず、不当に魔法を使う大罪人である、とな。これが国教会が我々に敵対する理由だ」
「そんな……それぐらいで……」
ナナが悲痛な声を上げる。
その程度の理由で戦い、殺すのか。そんなナナの思考が見て取れる。
「言いたいことは分かる。が、こちらの理屈は通用しない。奴らにとってはその『それぐらい』が何より重要で、優先すべき事柄だ」
ナナは苦悶の表情を浮かべ、私とレイは押し黙る。
そんな私達に言い聞かせるようにアラスターが呟く。
「今日のような事はこれからも続くだろう。国教会との争いが終わるまで、終わらせるまで」
その言葉に、サラはアラスターを見上げる。
その顔は冷たく、それでいて燃えるようで。
その目には──
「…………」
辺りは未だくらい。
レイとナナの寝息がかすかに聞こえてくる。もう眠ってしまったようだ。
「…………よし」
二人を起こさぬようにそっとベッドを抜け出し、音を立てずに部屋を出る。
「…………」
寝転がったまま目を開いている。
レイが起きていることにサラは気づかない。
部屋から出て廊下を通り、そのまま礼拝堂に入る。
そこには一人の神父が祭壇の前で立ったまま、見覚えのある何かを読んでいた。
サラが入ってきたことに気づいた神父、アラスターは振り返ってこちらを見る。
前髪で表情は見えないが、サラを見ていることだけは分かった。
「どうした」
その声を、わずかに覗いた表情を見て、サラは確信する。
「アラスターは、戦争を終わらせるつもりでしょう」
アラスターの動きが止まる。
それに構わずサラは続けた。
そうだとしたら、私は──
「私も、私達も、そうしたいの」
「……そう言うと、思っていたよ」
そう言って笑う彼は。その目は。
どこまでも、遠くを見据えていた。
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