第5話「ローグ街襲撃」

 ローグ街中央学堂。

魔導教会が運営する、このローグ街唯一の魔導教育機関だ。

ここ魔導帝国では6歳から11歳までが通常教育を受け、その後1,2年間、魔導教育機関に通う。そのためここには12歳前後の生徒しか存在しない。

ローグ街は小さな街であるがゆえに、生徒は毎年50人にも満たない。よって大きな街にあるような教育機関と比べると、校舎のサイズはかなり見劣りする。

 ただ、それでもこの学堂は半径50m以上の敷地に建てられている。街の離れにある教会の聖堂に並び、ローグ街で最も大きな建物の1つだ。

 そしてその全域に、過剰な魔力に反応する結界が張られている。そのためレイやアラスターは、結界を壊さぬよう正面玄関からしか出入りしない。というか、アラスターはともかく、レイではヒビを入れることすら叶わない代物だ。

 よって、それを突き破って校舎を攻撃することなど、本来不可能である。


 「あ…………」


サラはそれをよく知っていたし、だからこそ目の前の光景が信じられなかった。

教室が崩れ去っている様が。


 「嘘……」


 隣を見ると、フレッドが顔面蒼白で立ち尽くしていた。その横で、ナナが床に座り込んで絶句している。そんな2人を見て多少冷静さを取り戻したサラは、目を見開いたまま辺りを見回す。

まず、屋根がない。石造りの天井は崩れ落ち、その隙間から冷たい曇天が覗いている。続いて、自分たちのいる教卓側を除き、壁や柱が切り刻まれたかのように崩壊している。瓦礫が山となって見えにくいが、奥には本校舎の無残な姿がある。

そして、


 「──レイ?」


 いない。

先程までレイが座っていた場所は、吹き飛んできた瓦礫の下敷きになっていた。しかし、そこにレイの気配はない。


 「────まさか」


 サラがそう呟いたとき。

目の前の瓦礫の山を突き破ってレイが吹っ飛んできた。


 「レイ!」


 「下がって」


 レイは床に転がり込みこちらを見ないまま呟くと、今しがた自分が吹き飛んできた方へ構える。

 足元に空気の波紋が広がり、サラにも分かるほど大量の魔力がレイの体内で収束していく。

────戦闘態勢。


 「ナナ、アラスターを呼ぶんだ」


 「あっ、え?」


 急に名を呼ばれ、驚いた様子のナナ。レイは構えたまま続ける。


 「帝都にいるはずだ。飛んで呼びに行ってくれ、急いで」


 「あ、わっ、分かりましたです!」


 動転していた様子だがすぐに立ち直り、レイが吹っ飛んできた方とは逆の方向へ飛び立つナナ。前にも言ったが、彼女は魔法を使用せずとも常人の走行速度を超えて飛行できる。

その訳は、


 「聖霊か。珍しいな」


 レイが飛んできた方向から、響き渡るような男の声が発せられる。低くはあるが、思ったより若そうな声だ。推測だが20代くらいだろうか。


 「目的は? 要求はなんだ?」


 その声に対し、レイが静かに質問を投げた。

すると「んー」と、考え込むような声が聞こえてくる。

声の主はこの場にはいないのか。……いや、それではこの惨劇に説明がつかない。この国を覆う結界を貫通して、遠距離からこれほどの被害を出せる魔法など、に使える訳がない。

(いったいどこに……!)

すると、その声の正体から答えが告げられる。


 「俺たちはとある生徒に用があるんだよ」


 そう言って瓦礫の向こうから人影が現れる。

紺色のローブをまとった長身の男だ。いや、声は擬声かもしれないので、女という可能性もある。

なぜ性別が分からないかといえば、ローブについたフードを深くかぶっていて、顔が全く見えないからだ。この辺りの国ではローブはさほど珍しい服装ではないが、あのように顔を隠す着方はあまり見ない。そして紺色の手袋、紺色の靴を身につけており、肌が全く見えない。

もはや人かどうかも怪しいところだ。

ローブの男が続ける。


 「それで要求は……あ、その前に」


 男は辺りを見回し、レイに方に向き直る。


 「第8位階の子って君? ならレイであってるか」


 「……それを聞いてどうする? 他のみんなをどうした?」


 レイの声はいつになく尖っており、目つきも鋭い。


 「大丈夫大丈夫、誰も死んでねえよ。まあ、これから死ぬかもしんないけど」


 何がおかしいのか、男の声はうす気味悪く笑っている。すっと頭が理解した。

こいつは、危険だ。

男への認識を改めていると、レイが一歩前に出る。


 「二人とも下がって」


 そう言った途端、呼び止める間もなくレイが男の方へ吹っ飛んでいく。


 「お、おい……!」


 フレッドが呼びかけるがレイは止まらない。

突進したレイを見てサラは気づいた。男とレイとの距離、約10メートル。この程度の間合い、普段のレイなら瞬く間に詰めてしまうはずだ。

なのに、


 「ありゃ? 遅いな」


 男はそう言って、手も使わずに結界を展開する。レイは結界に衝突しそうになり、すんでのところで後方へ宙返りして回避した。

息切れなどはしていないが、かなり険しい表情だ。


 「レイ、俺がさっき飛び込んできたとき、だいぶ無理矢理に結界張っただろ。そりゃ魔力切れするわな」


 サラはハッとして本校舎の近くにある食堂の方へ目をやった。

半壊しているが、完全に崩れ去ってはいない。瓦礫で見えにくいが、何人か屋外へ出ようとしている。


 「そういえば、私たちが無事だったのは……」


 「クソ、そういうことかよ……」


 フレッドが悔しそうな声を上げる。

この男が学堂を破壊したとき、レイはとっさにサラ達と食堂に結界を張っていたのだ。その影響で今、レイの魔力が枯渇しかけている。

男はまた気味悪く笑いながら、ローブの袖から何かを取り出す。


 「それじゃあ、動かないでくれよ」


 そういってその何かをレイに投げつけた。宙に躍ったそれを見てサラの背筋が凍る。手のひらサイズの赤黒い十字架。目に見える程渦巻く魔力。

最高位魔道具。


 「呪縛網、閉じろ」


 男のかけ声と同時に、投げつけられた呪縛網がわずかに震える。そしてレイの眼前まで到達した瞬間、彼の周りの空気が歪んだ。

まるで呪縛網を中心に重力が強まったかのようだ。


 「くっ……が、あ……!」


 重力に押さえつけられるように、レイが膝をつく。どうやら抜け出せそうに無い。

ローブの男が楽しそうに笑いながら言う。


 「無理無理、そこで待ってて」


呪縛網。触れた対象をその場に拘束する魔導具。

魔力切れを起こしているレイでは、呪縛網の拘束を解くのに時間がかかる。

その間に私たちは、


 「さあ、次はそっちだ」


 殺される。

 

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