第4話「友達が少ない」
「……話?」
「ああ……」
そのチャラチャラした性格上、フレッドは普段こんな改まった話し方をしない。
いったい、どうしたのだろうか。
「あの……えっと、その……」
「…………」
何やらつっかえているようだ。能天気な彼がこんなに緊張しているなど、これは一大事かもしれない。
こっちにまで緊張がうつり、ゴクリとつばを飲み込む。
「えっと……き、昨日はごめん!」
「…………え?」
予想外の展開に困惑し固まるサラ。謝罪?
「その、俺、特に考えもせず、笑ったりして悪かったよ……」
「あ……ああ、昨日のか」
そこまで言われて、昨日魔導士試験の点数をフレッドに笑われたことを思い出す。まあ、確かにあれは嫌だったが……
「それはもういいよ、実際低かったんだし」
「いや、それでも言い過ぎた……レイの言う通りだったよ、すまん」
「……フフ」
「え?」
珍しく平謝りしているフレッドを見て、少し笑いがこぼれる。いつも威張ってはいるが、彼はなんだかんだ優しい。
「ううん、なんでもないよ」
そう言ってサラはフレッドに笑いかける。すると彼は突然目をそらした。
「んん? 何で顔赤いのです?」
ナナが、状況が全く理解できないという顔で聞いている。そういえば、昨日ナナはいなかったか。
「……なんでもねーよ」
「どうかしたのですか?」
「な、なんでもねえって。ほら飯だ飯」
なぜかよそよそしいフレッド。焦っているのか無理矢理話題を変えている。
「で、それホントに食えるのか?」
「ちょ、だからそうだって言ってるのですー!」
そんな二人を見てサラはクスクスと笑う。この時間はなんだか楽しい。
二人を見ていると友達がいなかった昔の自分を思い出す。一人がつらかった訳では無いが、昔に戻りたいとは思わない。
「はいはい喧嘩しない」
それが、とても嬉しい。
「それで、話って?」
「うむ」
教室から出てすぐにレイは問いかけた。こんなふうに呼び出されるのはずいぶんと久しぶりな気がする。
「私は今から、この街を離れる」
「今から?」
ふと、レイは窓の外を見る。曇っていて暗くはあるが、今は真っ昼間だ。
アラスターは通常この学校、もしくは街の教会に入り浸っており、街から出ていくのは夜だけだ。さらに学校があっている平日の日中は、基本的に校舎からも離れていない。
そんな彼が、こんな時間に街を出るとは。
「珍しいね」
「ああ、久々の出張といったところだ。昼休みが終わるまでには帰って来られるだろう」
昼休みは12時から13時までの1時間。短時間だか、彼にとっては街を出るくらい時間のかかる作業ではないのだろう。
「そこで、お前に頼みがある」
「へえ」
これまた久しぶりだ。3年ぶりくらいか?
普段、自分たちがこの男を手助けしてやれることなどほとんどないのだ。いつも世話になっているので、もちろん断る理由はない。
「私がいない間、警戒をしていてもらいたいのだ」
「警、戒?」
「生徒たちの中では、お前にしかできない事だ」
つまり、襲撃に備えろ、という事だろうか。
「でも昼休み中に帰ってくるんでしょう?」
「ああ、だからその間だけだ」
「……」
(どうしたんだ?)
不思議に思いアラスターを見上げる。
珍しい表情だ。常に不敵な笑みを浮かべている彼は不気味ながらも、同時に余裕も感じられ、どことなく安心感を与えてくれていた。
しかし今は、表情から何も感じられない。無感情で空虚な瞳には、なにかこちらへと駆り立てる感情がある。
……不安か。
「……分かった」
「助かる。なるべく早く戻れるよう、努力しよう」
アラスターはそう言うとレイに背を向け、校舎の出口へ歩き出した。
(さっきサラが言っていたとおり、本当は忙しいはずだ)
そう思ってアラスターのほうを見る。すると、そこに彼の姿はもうなかった。
(速いな。もう街から出たころか)
彼が
(昼休みが終わるまで、あと50分。それまで、気を張っていよう)
自分に言い聞かせるように思い直すと、レイは教室に戻っていく。
「あ、おかえりです」
「どうしたの?」
3人でお弁当を食べていると、レイが帰ってきた。
サラに問いかけられ、レイは「なんでもないよ」と返して席につく。
3人は教卓の周りに椅子を持ってきて、囲むように食事していた。レイがナナとフレッドのお弁当を覗き込む。ナナのお弁当がほとんどなくなっているようだ。
「早いね、さすが大食い」
「ちょっ、ちょっと、やめるのです……」
「お前ホントに女子かよ」
「んもー! だからー!」
赤くなって反論するナナを煽るフレッド。
2人の言い合いは見ていてなんだか和むので、サラは基本的にいつも眺めている。レイも、自分の発言のせいで言い合いを始めた事など気づいてもいない様子で笑っていた。
「ね、レイ」
「ん?」
2人が言い合っている間に、サラはレイに問いかける。
「さっき、アラスターと何話してたの?」
「ああ。昼休みの間、街から出るらしい」
「へえ、珍しい」
何かあったのだろうか。恐らくは教会の用だろうが、こんな急に呼び出されているのは初めて見る。
「それで、僕に警戒しろ、だってさ」
「……やっぱり、国教会かな」
「まさか」
とは言いつつも、レイはいつになく真面目な顔つきだ。きっとサラ以上に警戒していることだろう。
しかしサラは心のどこかで「アラスターがいない時に運悪く来たりはしないだろう」と思っていた。
これから起きる悲劇を知りもせず。
「サラ、大丈夫ですか?」
「え?」
考え込んでいると、ナナがのぞき込んできた。どうやら気難しい顔になってしまっていたようだ。
「あ、ああ、大丈夫だよ」
「ホントです? 悩み事があるときは相談するのです。ナナが力になってあげますですよ」
「その前にまず自分の問題を解決し……だああ分かった手を放せオイ!」
フレッドに掴みかかるナナに苦笑いしながら、サラはまた考え出した。
アラスターが普段呼び出される時、それはたいていが夜間だ。詳しい理由はわからないが、彼が昼に出ていくことは滅多にない。
そしてアラスターがいない今、この学堂に戦える者はレイしかいない。
これを、国教会が知ったら? あるいは、事前に知っていたら?
────この状況を、奴らが作り出したとしたら?
「……レイ、もしかして────」
サラが声を張り上げたその瞬間。
何の前触れもなく、ローグ街中央学堂は崩壊した。
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