第2話「魔法使いって?」

 魔法使い。大陸に5人しかいない伝説。

1人を除き、他4人は異形の人外であり、魔導の最高峰と称される存在。

魔導士は魔法使いになるために、その生涯を魔法の研究に捧ぐ。

魔法を尊ぶこの国で、神にも並ぶ崇拝対象。それが魔法使いだ。


 「では、魔法使いと魔導士。その明確な違いは何かね?」


 「はい、はーい!」


 木製の長机が並ぶ石造りの教室に、活発な声が鳴り響く。


 「フレッド・レイスター、答えは?」


 「えっと、めちゃくちゃ強いのが魔法使いで、普通なのが魔導士!」


 「なわけねえだろ」


 「え?」


 フレッドと先生の漫才みたいなやり取りを、サラは呆れた顔で眺めていた。

 (なんで知らないの……)

恐らく他にも知っている生徒はいるだろうが、やはりみんな先生が怖いらしい。教室は固まったように静まり返り、誰も手を挙げようとしない。そんな中でアホを晒しているフレッドは、ある意味天才なのかもしれない。


 ここはローグ街中央学堂。この街唯一の学び舎であり、魔導教会が運営する魔導教育機関の一つでもある。そのためいつものように、教会から派遣されている神父さんが教師役になってくれていた。

しかしこの神父、もといアラスター先生は、いつも薄気味悪い感じで笑っているので、教室のみんなから怖がられている。サラは割と仲が良いので怖いわけではないが、そもそも発表などしたくない。


 「では、他に分かる者は?」


 再び問いただすアラスターに対し、絶対に目を合わせないようにうつむくサラ。

手を挙げるべきなのだろうが、もちろんそういう訳にはいかない。人見知りにとって、人前で発表というのは想像を絶する程の苦行である。これは活発な連中には、生涯理解できないであろう苦しみだ。

さらに言えばサラは昨日、歴代の魔導士試験史上最低点数である『10点』という記録を打ち立てたばかりだ。みんなからどう思われているかなど、想像もしたくない。

よって、ここで手を挙げて発表するという選択肢は存在しないのである。


 「ではサラ・クラウリー、正解は?」


 おい。


 「あ……えっと……その…………」


 「おや? 分からないのかね?」


 どもるサラを楽しそうに問いただすアラスター。

(絶対楽しんでるでしょ……)

などと口に出すことは出来ない。そう、いまは30人以上の生徒が見ているのだ。恥を晒すような事があれば精神的な疾患を抱えてしまい、明日からここに来れなくなってしまう。

落ち着け。レイが言っていたではないか。頭をジャガイモと思えばいいと。

私はジャガイモの前で独り言を放つだけだ。何も緊張することはない。

大丈夫、大丈夫────


 「m……まほ、お……じず……で……」


 無理でした。


 「ん? すまないが、もう一度お願いできるかね?」


 (この悪魔〜!)

 もう何十回と呪ってきたアラスターを再度呪い直しながら、なんとか心を落ち着かせる。というか前から思っていたが、顔をジャガイモと思うってなんだよ。意味分かんないよ。

 

 「もしかして、答えられないのかね?」


 続けて煽ってくる悪魔を無視してなんとか答えようとするが、状況は芳しくない。恥ずかしさのあまり顔は真っ赤になる。


 「照れ顔もかわいいよ、サラ」


 (何言ってんだこいつ……)

 隣に座っているレイが変なことを口走っているが、こちらも努めて聞こえないふりをした。

そして目を瞑りながら、自分に言い聞かせるように叫ぶ。


 (よし……せーのっ)


 「ま、魔法が、自分で使えるかどうか、です!」


 ……言えた!


 「ふむ、その通りだ。やはり分かるではないか、フハハハハ」


 (後で訴えてやる……)


 何度でも悪魔を呪いながら、フラフラと机に倒れ込む。


 「よく頑張ったね、えらいえらい」


 「はいはい……」


 レイが笑顔で頭を撫でてくる。いつもなら振り払うところだが、今の戦いで疲れたので、今日は無視して授業を聞くことにした。


 「ではおふざけはこれくらいにして、魔法使いについて説明するとしよう」


 「やっぱりふざけてたんじゃん……」


 などと小声で愚痴りながらも、内心はアラスターの授業が楽しみでワクワクしていた。たとえ知っている話だとしても、魔法の話はテンションが上がる。

それほどまでにサラは魔法が好きだった。


 「サラが先程述べたように、魔法使いは自らが魔法を行使できる。そして彼らは現在5人しかいない。ここまでは皆知っていることだろう。」


 「アラスター先生、『魔法が使える』ってどういう事? みんな使ってるじゃん」


 「……フレッド、君本当に知らないのかね?」


 「え?」


 また漫才を開始した二人に教室中が苦笑いしている。やはり、フレッド以外はみんな知っているらしい。アラスターすら、普段見せないような困惑顔になっている。

なぜあいつが第3を取れたのだろうか。


 「ふむ。それではまず、そこを簡潔に説明しておこう」


 そういってアラスターは一呼吸置いた。そして右手を胸の高さまで上げ、人差し指を立てる。

するとその指先から,溢れるように小さな灯火が宿る。オレンジ色に輝く、手のひらサイズの優しい光。

発光魔術だ。


 「たしかに我々はこのように、魔法を使っていると言えるかもしれない。しかし実際に行使しているのは、我々ではないのだ」


 「ん? どゆ事?」


 頭の上に疑問符が見えそうなほど混乱しているフレッド。こいつは今まで何を勉強してきたのか。


 「分かりやすく言えば、魔法を使っているのは世界なのだよ」


 「世界?」


 「つまり我々は、使、という訳だ」


 アラスターがそう言うと、人差し指の灯火が一回り大きくなった。比例して光は輝きをまし、教室中を照らすほどきらめいている。


 「その代償として、我々は世界に魔力を支払っている。だから、魔法を使うには魔力が必要となる。フレッド、君も魔力を使い切れば魔法が使えなくなるだろう?」


 「なるほど……?」


 あれは分かっているのだろうか。アラスターは混乱するフレッドを置いて、話を進めていく。


 「だが魔法使いは世界に頼ることなく、自ら魔法を行使できる。この意味が分かるかね?」


 「え、じゃあ、もしかして……?」


 「そう」


 フレッドでも流石に察したらしい。

アラスターは一呼吸置くと、満を持したように告げる。


 「つまり、魔法使いは習得した魔法を使う際、一切の魔力を必要とせず、無際限に魔法を行使できるということだ。」 

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