第1章

第1話「今日から魔導士!」

 「10点……?」


 「10点です」


 サラは信じられないという顔で目の前の審査員を見つめる。

 

 「10点満点中とか……?」


 「いえ、100点満点中です」


 審査員の女性は無機質ながらも、どこか憐れむような目でそう告げてくる。

危うく倒れそうになり、


 「大丈夫?」

 

 自分と同じ、白髪の少年に支えられた。

双子の兄、レイだ。

 

 「……うん」


 打ちひしがれるサラを、レイは微笑を浮かべたまま優しく撫でる。


 「まあでも第1は取れたんだし、良かったと思うよ」


 「レイが言うと嫌味にしか聞こえないんだけど……」


 「まぁまぁ」


 また撫でようとしてくるレイの手を払いのけ、会場の出口へ歩き出す。

試験に時間がかかったおかげで、もう人はほとんどいない。


 「でもこれでついに魔導士だね」


 「うん……」


 笑いかけてくる兄に、サラは気のない返事を返す。

しかし、サラは内心それどころでは無かった。

 (ああ、帰りたくない……)





 「「「10点!?」」」


 ここは街の中央区、噴水広場。

半径200メートル程の敷地に芝生が引かれており、中央には高さ約10メートルもの巨大な噴水がある。

小さなこの街の中では最も大きな広場であり、サラのお気に入りの場所でもあった。この広場では稀に、街にいる魔導士達が魔法の実験をしている事があり、それを拝む事ができるからだ。魔導士に頼んで見せてもらったらいいとナナに言われたけど、恥ずかしくてそんな事できやしない。

サラの気持ちとは裏腹に、皮肉なほど晴天な空の下。そんな広場に今日は5人の子供達が集まっている。

魔導士試験会場からの帰宅後、点数を発表し合うために、近所の友達と噴水前にあつまる約束をしていたのだ。

していたのだが……、 

   

 「ハハハッ、嘘だろ、10点てお前、ハハ、ハハハッ!」 

 

 「10点って、ええ……」


 「いや、冗談だよね?」


 「ぅぅ……」

 

 ……やっぱりだ。

あまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になり、うつむいてしまう。

いつもは優しいルナやリーンまで驚きの表情だ。フレッドに至っては、いまだに爆笑を続けている。

 (だから来たくないって言ったのに……)

心配無いのです、と言っていたナナの顔が脳裏に浮かぶ。

 (心配しかないよ……)

そんな事を考えていると、ルナが困惑しながら聞いてきた。


 「えっと、ちなみにどこで10点は取ったの?」


 「あ……そ、その……筆記……」


 「「え……」」


 ルナとリーンの表情が硬直する。サラだって、自分で言っていて信じられない。

魔導士試験では100点満点中、10点だけ筆記科目が存在する。残りの90点が、魔力量や魔導士としての技術を見る実技科目だ。

つまりサラは……


 「実技0点!? マジかよ!?」


 フレッドが満面の笑みを浮かべながら聞いてきた。馬鹿にしているのがよく伝わってくる。

実技0点。それが意味するのは残酷な真実。


サラは、魔法が使えないのだ。


 (試験会場で見たけど、魔力がないの、やっぱり私だけみたいだったな……)

なんて考えていると、フレッドが追い打ちをかけてきた。


 「だっさ、よくそんな点で顔見せできるな。お前に魔法使いなんて無理だよ、ハハハ!」


 「……ぅぅ」


 魔法使いなんて無理。

才能がないのは知っていたし、だからこそ人の何倍も努力して、勉強してきたつもりだった。

でも、駄目だった。

 

 「フレッドは、何点だったの?」


 「──ん、ああ俺?」 


 ふと顔を上げると、レイがフレッドに問いかけている。そういえば、フレッドの点数はまた聞いていなかった。


 「へっ、なんと71点。第3位階だぜ?」


 ルナとリーンが驚きの声を上げる。サラも内心驚いた。

 (71って、大人の魔導士くらいあるじゃない)

フレッドは得意げな顔でふんぞり返っている。

するとレイから、思いもよらない言葉が飛び出た。


 「だっさ」


 「…………へ?」


 フレッドが呆けた声を上げた。

レイは微笑を浮かべながら続ける。


 「よくそんな点で威張れるね。君に魔法使いなんて無理だよ、ははは」


 先程のフレッドのセリフを真似るように喋っている。サラはそっとレイの顔を覗いた。

いつものように笑ってはいるが、長年一緒にいたサラには分かった。

レイは怒っている。

サラの代わって、怒ってくれているのだ。


 「……な、何だと!」


 呆気にとられていたフレッドが、我に返って言い返した。


 「じゃあ、お前はどうだったんだよ? そんな事言うくら────」


 ガシャン


 その時。

ガラスが弾けたような破裂音が炸裂した。


 「────な、なんだ!?」


 「びっくりした……」


 フレッド達が騒ぐ中、サラはいつものように魔導士達が実験しているのだろうと思い、辺りを見回す。

果たしてその予想は正しかった。

だが、


 「あ」


 広場の端、流れる小川のほとりにいたソレを見て、動きが止まる。


 「何だ……アレ……」


 フレッド達も気付いたらしい。

 

 そこには全長約30m、太さ1mはある、白い大蛇がとぐろを巻いていた。

開けた口から銀色の牙をのぞかせており、目は青白く輝いている。

唖然とするサラにレイが問いかけてきた。


 「サラ、アレ知ってる?」


 その問いに、サラは無言で頷く。

この蛇は、本で何度か見たことがある。

だが、こんな街中にいていい生き物ではない。


 「鉱石獣、テッコウニシキ……!」


 「「「鉱石獣!?」」」


 鉱石獣。

体の一部が鉱石で出来ている生物の総称だ。

鉱石はただ硬いというだけでなく、魔力を多く含んているため、鉱石獣には危険な生物が多い。

それがなぜこんな街中にいるのか。

答えはテッコウニシキのすぐそばから聞こえてきた。


 「おおお、おい! お前何封印解いてんだよ!?」


 「いや、お前今封じておくっつっただろ!? どう戻すんだよこれ!?」


 黒いローブを着た男が二人、何やら言い争いをしている。


 「戻せるわけねえだろ! どうにかして処分を────」


 そう言いかけた瞬間。

テッコウニシキが尻尾を振り回す。

それが騒いでいた二人に直撃して、


 「いだああぁああぁぁあ!?」


 「いやあああぁああぁぁ!!」


 きれいな放物線を描きながら吹っ飛んでいった。

どうやらあの魔導士達が、実験に使っていた標本の封印を間違えて解いてしまったらしい。 


 「お、おい。これ逃げた方がいいんじゃ……?」


 さっきまでの威勢はどこか、フレッドが弱気に呼びかけてる。

確かにテッコウニシキは、並の魔導士では対処のしようがないほど危険な蛇だ。


 「レイ、できる?」


 「うーん、どうだろうね。まあ、とりあえずやってみるよ」


 二人の奇妙な会話に、フレッドが焦ったように繰り返す。


 「な、なあ、だから逃げた方が──」


 その時。

ギョロリという音が聞こえてきそうな勢いで、テッコウニシキがこちらを向く。


 「…………ぇ」


 そしてサラと目が合った瞬間。


 「シャアアアアアアア!」


 咆哮を上げながら、こちらに向かって猛突進を始めたではないか。


 「「「イヤアアァアァァ!!」」」


 フレッド達は逃げ出そうとするが、この距離では間に合うはずもない。

200メートルの間合いを5秒とたたずに詰め寄り、裂けた口を大きく開いて噛み付こうとしてくる。


 「レイ、たぶん火だと思う」


 レイはサラの助言に笑顔で頷くと、一歩前に出てテッコウニシキの方へと右手を伸ばす。


 「お、おま、何やって──!」


 フレッドが驚愕の表情でレイを止めようとする。

やっぱり根は優しいな、などと考えながら挙げた手のひらを開く。 

そしてテッコウニシキがレイに喰らいつこうと、更に大口を開けたその時。


 レイの右手を中心に空気の波紋が広がり、テッコウニシキの巨体を丸ごと飲み込む程、広範囲の青白い炎が砲撃を放つ。

その砲撃が頭部から直撃したテッコウニシキは、50メートル程後方に吹き飛んでいった。


 「な……え…………?」


 「すごい……」


 フレッド達が驚いている中、サラは黒焦げになって燃えているテッコウニシキを観察する。

普通なら死んでいるだろう。

でも様子がおかしい。


 「ね、ねえ、今のどうやったの? 鉱石獣を一撃だなんて……」


 「いや、まだ生きているみたいだよ」


 「え?」


 ルナがレイに問いかけた直後。

肉を焼くような音がして、どう見ても絶命していたテッコウニシキが、再びとぐろを巻き出したのだ。

それと同時にレイが放った炎が消えて、焦げた部分がみるみる再生していく。


 「な、なんで……?」


 「サラ、どうしようか」


 レイの問いかけに、先程からずっと観察していたサラは、テッコウニシキを凝視しながら返す。


 「これも推測だけど……牙の根本を突いて折ることができれば動けなくなる、と思う。だから、口の中に爆撃を当てれば……」


 鉱石獣は身につけた鉱石に、大量の神経を通していることが多い。それに、あのテッコウニシキは鉱石化部位が牙だけだ。切断出来れば、激痛で気絶する可能性が高い。


 「了解。ありがとう」


 その返事と同時に、テッコウニシキが再び咆哮を上げる。どうやら火傷の再生が完了したようだ。


 「な、何事!?」


 「ちょっと、どうなってるの!?」 


 「んー、ちょっとまずいな」


 周りが騒がしくなってきた。見ると、広場の隅のほうで数人の子供たちがこちらを見ている。咆哮や砲撃の爆発音などで、近隣の住民たちが出てきてしまったようだ。レイの言うとおり、確かにまずい。こちらの身を案じてくれているようだが、そちらが巻き込まれる危険のほうが高いのだ。


 「巻き込まずにやれそう?」


 「うん、任せて」


 こんな時でも落ち着いたまま、サラに笑いかけているレイだが、なぜか妙にサラも落ち着いている。

……レイならやれると、確信しているからかもしれない。

レイはテッコウニシキの方へ向き、片膝をついて構えをとる。

 

 「シャアアア、シャアアアア!」


 咆哮を上げながら、再び突進を開始したテッコウニシキ。

と、同時にレイの足元に先程と同じような空気の波紋が広がり、構えていたレイがもの凄い速度でテッコウニシキの方へ吹っ飛んでいく。


 「は、はやいっ」


飛んでいったレイはフレッドがそう呟いた時、すでにテッコウニシキの眼前にまで到達していた。

そして開いた大口から見えている牙の根本へ、勢いよく右手を伸ばす。

と、その時。


 「レイ離れて、毒!」


 すぐ後ろで戦闘を観察していたサラが、早口で忠告を叫んだ。

レイは顔色一つ変えず咄嗟に体制を立て直し、地面に向けて左手から圧縮した空気を放つ。するとその反動で、10メートル程上空へ飛び上がった。

その直後、先程までレイがいた場所へ、テッコウニシキが口から透明な液体を噴射する。

液体が地面に飛び散ると、そこを中心に半径1メートル程の範囲の芝生が溶けた。


 「さすがサラ」


 レイは笑顔でそう言うと飛び上がったまま、突然消えたレイを探してキョロキョロしているテッコウニシキへ右手を向ける。


 「しかし、君も災難だったね」


 と言いながら、剥き出しになっている牙の根本に触れて──


 「ごめんね」


 直後、テッコウニシキの口内が発光し、遅れて爆発音が鳴り響いた。


 広場一体が硝煙に包まれ、サラは目を塞ぎながら咳き込む。

(レイは……)

辺りを見回そうとするが、煙が目に入りそうになり、慌てて再度目を塞ぐ。


 「大丈夫?」

 

 サラは声のする方へ振り返り、薄く目を開ける。そこには、煙の中から手が差し伸べられていた。少しふらつきながら、ヨロヨロとその手を掴む。

と同時に、その手を中心に突風が巻き起こり、広場一体の硝煙を霧散させた。


 「ありがとう」


 目をパチパチさせながら礼を言う。


 「こちらこそ助かったよ、ヨシヨシ」


 「ちょ、ちょっと……」


 「照れてる顔もかわいいよサラ」


 妙なことを言いながら笑顔で頭を撫でてくるレイ。でも街中でやるのは結構恥ずかしいので、抵抗させてもらう。


 「す、すげえ……鉱石獣が……」


 「あの子供がやったのか……?」


 近隣の住民たちがゾロゾロ集まってきた。先程出てきた時からずっと見ていたらしい。

(あ、逃げなきゃ)

今から起こる事が手に取るように分かったサラは、レイを振り払うと早歩きで逃走する。


 「ん、どうしたのサラ?」


 などと言っているレイを置いて、既に端の方へ逃げていたフレッド達と合流した。


 「な、なあサラ。何だったんだ今の……」


 「鉱石獣倒しちゃったの……?」


 「すごい……」


 フレッドもルナもリーンも、まだ理解が追いつかないようだ。鉱石獣なんてめったに見れるものではないし、ましてや、それを同い年の友人が倒してしまうなど、驚くのも無理はない。

振り返ると、案の定レイの周りに人だかりができていた。老人と子供を中心に、驚いていると伝わってくる声が響く。


 「もしかして君が、試験満点だった少年か!?」


 「じゃ、じゃあこの子が、噂の第8位階ってこと?」


 「しかも初回試験なんだってよ! つまりまだ12歳って事だ!」


 「「「だ、第8ぃ!?」」」


 フレッド達が声を揃えて叫ぶ。


 「嘘だろ!? いや8って、ええ?」


 「本当だよ」


 「わ、わあ!?」


 後ろを振り向いたフレッドが、勢いよく飛び上がって尻もちをつく。そこにはレイが、いつもの様に笑顔で立っていた。


 「抜けてきちゃったの?」


 「うん、みんなを待たせてたしね」


 レイがそこにいる事が当然かのように、平然と問いかけるサラと、同じく落ち着いたままのレイ。

相当驚いたのか、フレッドやルナ達は固まったままだ。


 「にしても、さすがレイだね。すごいよ」


 先程の人だかりを見ながら、サラは少し寂しげに呟く。レイはきっと、すごい魔法使いになるだろう。みんなを助けて、みんなから頼られて、何でも出来てしまう魔法使いに。

(身長も体格もほとんど同じ、双子なのになあ……何が違うんだろ)


 「いや、それを言うならサラもだよ、」


 「……何が?」


 レイの妙な発言に、少しムスッとしてしまう。きっと気を遣ってくれたんだろうが、今回は無理があるだろう。

しかし、レイの返しは予想外のものだった。


 「だってサラは、アイツに効くのが炎だって気付いたじゃない」


 「…………え?」


 確かに、それを教えたのはサラだった。


 「弱点が牙だって事、それに毒を吐くことまで」


 「それは……」


 レイに言われて押し黙るサラ。3つとも全て推測だったのだが、それらは全て当たっていた。


 「でも、もしレイがいなかったら……」


 「もしサラがいなかったら、未だにアイツを止められず、被害が出てただろうなあ」


 急に褒められて、少し顔が赤くなる。


 「えっと、その……」


 「だから、笑って? サラ」


 また笑いかけてくるレイに、サラは嬉しそうに返す。


 「……うん……ありがとう、レイ……」


 少し笑顔になったサラを見て、レイも嬉しそうに笑った。


 ここは魔導帝国。

魔法使いを目指す魔導士が集う、魔法の国。

これは一人の少女が、魔法使いになるまでの物語だ。

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