第9話「宣戦布告」

 「ふぁぁ……」


 まどろみの中、ナナは目を覚ます。

いつ眠ったのかよく覚えていなかったが、ここが喫茶店内だとすぐに思い出した。そういえばカレンが難しい話をしていた気がする。カウンターに突っ伏して眠っていたせいか、身体が少しだけ痛い。


 「起きたな」


 「あ、おじさん、おはようございます……」


 「マジでおじさんって呼ぶのか……」


 マスターはカウンターの一席に座って、ジョッキに入ったビールを少しずつ口にしていた。酔っている様子はない。

ふと、ナナはカレンが居なくなっていることに気がつく。


 「あれ、師匠?」


 「カレンは買い物だ、すぐ戻る……なあ、ナナ」


 「はい?」


 ナナは寝ぼけ眼をこすりながら、声をかけてきたマスターに応答する。

マスターはどこか沈んだ表情だ。


 「お前はカレンを、師匠をどう思っている?」


 「師匠をですか? それはもう大好きです! 最高の師匠ですよ!」


 「……そうか」


 マスターは表情を変えないままだ。

それに対してナナは、意気揚々とカレンのことを語る。


 「それに師匠はすっごく強いです。なにせ、サイキョーの魔法使いですから!」





 「次は私の番」


 「そんな……馬鹿な……!」


 そう言って顔を上げるカレンに、老神官及び周りの神官たちは狼狽えた。なにしろこちらの攻撃は一つも通用しなかったのだ。


 「い、いやまだだ! 全力で狙え、狙い撃て!」


 「授戒層開門!」「魔力装填!」「開け!」「閉じろ!」


 老神官の掛け声と共に、周りの神官たちが一斉に何かを唱え始める。それと同時に周囲の空気がゆらぎ、凄まじい量の魔力が蠢き始める。

しかし──


 「だからこっちの番だってば」


 カレンがそう呟いたその時。


空気が揺れた。


 「──ぐ、ぐあぁ!」「い、た──」「がっ、はぁっ!」


 「なっ……なに……!?」


 驚愕する老神官を除き。

周囲の神官たち全てが、風のような何かに切りつけられた。皆例外なく出血しており、揺らいでいた魔力が全て霧散する。

唐突な攻撃に老神官は驚愕を隠しきれない。


 (な、なんだ今のは? まずい、理解できぬ──結界を──)


 「大丈夫、殺してはいないよ」


 場にそぐわず陽気に会話するカレンに、老神官の焦りは更に加速する。焦ったところで何かできるわけではないのだが。

カレンは笑顔で理由を付け足した。


 「私、なるべく人殺しはしないようにしてるんだ。ナナが悲しむからね」


 「ば、バケモノが……!」


 そう言ってカレンは老神官に近づいていく。

焦燥感からまともな判断が出来なくなっていた老神官は、通じないとは分かっていても攻撃魔術を形成する。そして全力でそれを発射したが──


 「でも」


 それを気にする様子もなく、放たれた攻撃魔術はカレンに到達する直前で消滅した。

信じられない思いで佇む老神官の目の前まで到達すると、カレンはその目をハッキリと捉えて言う。


 「必要とあらば殺す。何人でも、何億人でも殺す。魔導教会ごとお前たちを潰す」


 「貴様! ……いや」


 目を見開いて宣戦布告するカレンに対し、老神官は僅かに狼狽えた。少なくとも今、この怪物を殺すことはできない。

しかし、もう手は打った。


 「いや、もう遅い。ここへ来て貴様を発見した時、既に貴様の所在を部下に報告に行かせた。じき貴様を殺そうと、仲間がここへやってくる。カレン・クラディウス、貴様はもう終わりだ!」


 「あー、その部下って」


 わめく老神官に、カレンはあらぬ方向を指さす。

まさか、と思い、老神官は慌ててその先へ振り向いた。


 「あの人たちかな?」


 「──お、お前たちっ!」


 カレンが指さした先。

広間の隅のほうに、傷だらけの神官数人が倒れこんでいた。

失神しているのか死んでいるのか、誰一人動きを見せない。


 「君たちがこっちに気づく前から、私はすでに気づいてたからね。先にボコしておいたのさ。ふっふー、すごいでしょ」


 「そ、そんな……」


 「さて」


 監視していたはずだ。

老神官らはカレン・クラディウスから目を離さぬようにして、絶好の機会を伺っていた。その間、こちらに気づいた様子は全くなかった。ましてや魔術の使用など、こちらが気づかぬはずがない。

しかし、この怪物はそれをやってのけた。

 

 「今回は殺さない。頼みたいことがあるからね。君たちの上司……教皇とか神官長とかに、伝言なんだけど」


 「伝言、だと……?」


 「うん」


 困惑する老神官を前に、カレンは笑顔で、虚無を漂わせる瞳の笑顔で語る。

その目には何も映ってはいない。


 「『私を敵に回さないほうがいい。ナナから手を引け。引かないなら、これは宣戦布告だ』……て感じで、よろしく」


 「儂らをこのまま返す気か……?」


 困惑をさらに強める老神官。

このまま神官たちを返せば、アインザース王国にカレンたちがいることが知られてしまう。そうすれば、追手のすべてがここに集結して襲い掛かることだろう。


 「返すよ。でも、私たちのことをバラされちゃ叶わないから……」


 「……?」


 カレンはそう言って指をだす。

親指と人差し指を合わせ、その部分を僅かにこする。

それと同時に、老神官に聞こえないほど小さく唱えた。


 「閉じろ」


 「─────」


 意識が落ちる。

何の前触れもなく、唐突に老神官の意識が落ちる。

脳がゆがむ感覚も、落ちる感覚をつかむ間もなく、すべてが消える。


そしてそのまま、地に倒れこんでしまった。


 「お、上手くいったかな……よろしくね、お爺さん」





 「ただまー」


 何事もなかったかのように、喫茶店内に入っていくカレン。

ドアを開いた途端、ナナが手を振って出迎えてくれた。


 「あ、師匠!」


 「あら、起きたんだね。……マスター?」


 「問題ねえよ」


 見られたりしていないか、一瞬不安になったが、マスター曰く問題ないらしい。ナナは全く気付いた様子はなく元気なままだ。

ナナはカレンに駆け寄り、手を取ってカウンターのほうへ引っ張ってくる。


 「師匠師匠、なに買ってきたんですか?」


 「うん、ちょっとおつまみをね。クラーケンの塩辛食べる?」


 「わぁ、食べます食べます!」


 「何食わせてんだお前……」


 騒ぐナナとカレンにマスターは困惑しっぱなしだ。


平穏な空気が流れる店内。

しかし窓の外は、相反して殺伐とした雰囲気に支配されていた。生臭い鉄の匂いが充満し、飛び散った腐肉にはジワジワと蛆が湧き出している。

外の光景を、カレンがナナに見せることはない。

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