第8話「最強の魔法使い」
「お前を処分しに来た、カレン・クラディウス」
そう言って前に出たのは、厳格さを身に纏った老人だった。周りの神官たちよりも一回り年上のようで、白く長い髭がよく目立っている。何より一人だけ青いキャソックを羽織っており、その老人がリーダーだとひと目で理解できた。
そんな神官たち相手に、カレンは臆することなく声を上げる。
「処分かぁ。ところで、お爺さんは大司教の人かな? だね?」
「いかにも。21階層カペラの名において、儂がここで必ず仕留めてくれよう」
(ラッキー……丁度いいや、ここで済ませよう)
カレンはその老神官の言葉にニヤリと笑った。どうやら面倒だった作業をここで済ませられそうだ。
そんなカレンの笑いを挑発と捉えたのか、老神官は声を張り上げる。
「さあ、狙え! みすみす逃すな!」
その掛け声とともに、周囲20人の神官たちが一斉に戦闘態勢に入る。片手をあげるもの、両手を合わせるもの、地に拳を振り下ろすもの。
攻撃の構えだ。
しかし、カレンは微動だにしていない。
「貴様、なぜ動かない? 死にたいのか」
「うーん、死にたいのはどっちだろうって感じだけど……まあ、とりあえずやってみようよ。ほら、撃って撃って」
「…………まあいい」
おどけもせずに妙な事をのたまうカレンに、老神官は眉をひそめながら自らも片手をカレンの方へ向ける。
そしてそれと同時に、神官たちの周囲に膨大な量の魔力が溢れ出した。
「砲撃開始!」
老神官の掛け声と共に、溢れ出した魔力が渦巻きはじめる。
炎の柱が宙へ昇り。
竜巻が辺りを吹き荒し。
雷撃が轟音と共に落ち。
あらゆる魔術が牙を剥き、カレンへと襲いかかる。
「あら?」
小さく呟いて呆然とするカレン。
襲いかかる魔術は勢いを止めない。
そして、金属を叩いたような音がして。
「……無傷だと……?」
老神官は眉をひそめ、独り言のようにボソリと呟く。周囲の神官たちからもどよめきの声が上っていた。
今しがたカレンへ降り注いだ大量の魔術は、見えない壁に阻まれその全てが霧散してしまった。強力な魔導士でも確実に仕留めきれる程の破壊力だったはずだが、効果があったようには見えない。
カレンはどよめく神官たちを前に、不思議そうな表情で佇んでいる。
「おかしいな……大司教クラスなら私の事知ってるかと思ってたけど……ホントに対策無しなのかな?」
「……なるほど。よほど卓越した結界式の使い手と見えるな……これは致し方ない」
何やら不思議がっているカレンに対し、老神官はカレンへの見解を改めていた。今のを簡単に防いでしまうなど、並の魔導士では想像もできない力だ。
老神官は小さくため息をつくと、おもむろに両手を胸の前で重ね合わせて唱える。
「戒層……開門!」
「お?」
老神官の言葉に、カレンは目を見開いて顔を上げる。カレンは老神官が唱えた言葉の意味を知っていた。
その見開いた瞳に、燃えさかる炎が映り込む。
「わーお、爆炎の散弾式じゃん。200年ぶりくらいに見たかも」
「ほう、知っているのか。ならば儂が今から、これをどうするか分かっておろうな?」
老神官の頭上。
闇を照らしながら輝く、直径5メートルほどの球体が出現していた。轟々と燃え上がっており、今にも爆発して弾けそうなほど揺らめいている。
小さな太陽とも言えるほどの球体。
「うん。着弾地点で爆発して、散弾みたいに弾けるんでしょ?」
「……そうだ。そして儂は今から、これを貴様に向けて放つ。お前自身は結界で防げるかもしれんが……選ばれた少女はどうする?」
そう言って老神官は、少し離れた住宅街の方へ目線を送った。その中にはナナがいる喫茶店の姿も見える。
つまりこの老神官はナナの、回収しに来た生贄の居場所を理解しているのだ。
「まあ、爆発したら死んじゃうんじゃない? たぶんここら辺にいる人全員」
「……貴様、どういうつもりだ? 選ばれた少女を生かすのではないのか?」
老神官はカレンの態度に困惑の表情を見せる。
カレンはナナを生かすため、生贄の使命から連れ出してきたはずだ。だと言うのに、この球体が爆発することをなんとも思っていないのか。
それとも、まさか。
「もちろんナナは死なせないけど……要するに、ソレを爆発させなきゃ良いんでしょ、うん」
「……もう魔術式は起動している。解除は不可能だ……!」
老神官は僅かに苛立ちを見せると、右手を大きく振りかざす。
それと同時に球体が轟き、カレンへ向かって発射された。
空気を焼き尽くしながら、一直線に対象を破壊しようと暴走し……
そのまま消滅した。
「────は?」
「うーん、残念だなぁ」
衝撃の光景に硬直してしまう老神官。
カレンはどこか落ち込んだような表情で佇んでいる。
カレンを襲った巨大な火球。
カレンの元へ到達する直前、泡が弾けたようにそれは消えてしまった。
信じられない。
「こいつの言う事聞くかなぁ……いや、一応大司教だし大丈夫か」
何かをブツブツと呟いているカレン。
老神官はハッとして、慌てて体勢を立て直す。
「い、いやまさか……もう一度……!」
「もういいでしょ」
「なっ……」
老神官の言葉を遮り、カレンはゆっくりと彼らへ近づいていく。
その表情はどこまでも虚無であった。関心がない。
「──次は私の番」
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