第7話「追手」
「身長144cm、体重○○kg。甘党で辛い物、苦い物は苦手。だがコーヒーはブラックでも飲める。仲のいい友人は108人、知人は300人以上。多趣味で、最近はカレンと一緒に菓子造りにハマっていて──」
「ひぇ……」
ペラペラと語るマスターを前に、ナナは小さな悲鳴を上げて顔を引きつらせている。
マスターは怪訝そうな表情だ。
「……お前が言えっつったんだろ」
「そうですけど、えぇ……? 師匠、師匠が教えたんですよね……?」
ナナは怯えを隠せないまま、カレンに助けを求める。カレンはおどけた様子で首を振った。
「いや、ナナについてはそんなに話してないよ。つまりこのおじさんが、ナナの事を調べまくったって訳だね」
「ひえぇ……!」
「誤解招く言い方やめろ」
甲高い悲鳴を上げるナナを前に、マスターは呆れ顔を見せながらため息をついていた。そんなやりとりを見物しながら、カレンはニコニコと笑っている。
「い、いやなんで体重とか、私もよく分かってないことまで……」
「はぁ……これでも配慮してやってんだ。スリーサイズとかバラさなかっただけありがたいと──」
「ひええぇぇー!」
一番の悲鳴を上げて立ち上がるナナ。不機嫌そうなマスターに反してカレンはクスクスと笑いこけている。全く悪びれている様子がない。
「いやあ、やっぱナナはかわいいね。怯えてる顔もいいなあ」
「キモい師匠だな……で、結局何が知りたいんだ? カレン」
「へ?」
マスターの問いに対して、カレンは素っ頓狂な声を上げる。マスターは目線を細めて困惑しながら、どうでもよさそうに問いを投げる。
「情報を買いに来たんだろ?」
「ああ。そうだね、そうだった。うっかりしてたよ……クスクス」
「師匠笑いすぎですよぉ……」
カレンはひとしきり笑った後、軽く涙を拭いて顔を上げる。その顔は、ナナから見ても本当に楽しそうだった。
「ふぅ……さて、商談の前に、一つ確認しておきたい事があってね。私に協力するという事は、魔導帝国を敵に回すって事になるんだけど、そこんとこ問題無い?」
「無いわけねえだろ」
「あれ」
即答で否定したマスマーに対して、カレンは目を丸くしていた。どうやら全く無問題だと思っていたらしく、呆けた顔を晒している。
「お前と違ってこっちは一般人なんだよ。タダで化け物の相手ができるか」
「えぇ〜、そこをなんとか〜」
へにょへにょと駄々をこねるカレン。見た目も相まって完全に子供と化していた。
ナナは首を傾げてマスターに尋ねる。
「バケモノ?」
「……ああ。魔導教会は化け物の巣窟だ。お前達が今逃げ切れているのは、カレンがヤバい魔法使いだからであって、普通なら速攻で捕まっている」
「ほえー……」
ナナは感心して、今しがたマスターに縋りついているカレンを見下ろす。駄々をこねる姿は情けない事この上ないが、やはりこの人はすごい人なのだ。そんなことは重々承知だったが、改めて知らされるとソレをよく実感できる。
「お願い~、お金払うからさ~」
「誠意感じねえな……金はもちろん頂くが、命ををかける代償としてもう二つ、俺の頼みを聞け」
ヘラヘラとしているカレンをあしらいながら語るマスターに、カレンは笑顔を輝かせて喜んだ。
「聞く聞く~、何でも聞くよ~。えっちなことしろってんなら喜んで──アダッ」
おどけているカレンにマスターが脳天から手刀を叩き込む。カレンはよくふざけ倒しているが、マスターもさすがに今のは看過できなかったらしい。今しがた感心し直した師匠の戯言に、ナナは思わず苦笑いをこぼした。
「……まず一つ目、安全の保証だ。俺とここの連中は、今からお前のために魔導帝国を敵に回す。だからお前はできる限りここを……例えば攻め込まれでもしたら、加勢してここを守れ」
「ああ、それくらいは言われずともやるさ。こっちが巻き込んだみたいなもんだしね。ふっふー、任せなさい」
「……で、二つ目」
なぜかふんぞり返っているカレンを無視して、マスターは淡々と要求を告げていく。いつの間にか周囲の喧噪は小さくなっており、喫茶店内に人は数えるほどしか残っていない。
「シャルを頼みたい」
「はいはいシャルを……うん?」
カレンは素っ頓狂な声を上げ、振り返ってシャルの姿を視界に入れる。
カウンターに突っ伏しているシャルは、寝息を立ててすやすやと眠っていた。身長や体格が同じくらいな事もあって、その姿はカレンに少し似ている。
「どゆこと?」
「ここは時期戦場になるし、例の件もある。ちょうど良い機会だ。お前に頼みたい」
「あー……」
カレンは頭を抱え、目を閉じて思考を巡らせる。
その様子をマスターはまっすぐ見つめていた。眠そうにしていた目を僅かに開いており、ただ事ではない雰囲気だ。
「うーん」と唸っているカレンに対し、マスターは声色を変えぬまま呟いた。予想通りだった、と言うような反応だ。
「今決める必要はない。ここを出るまでに考えておいてくれ」
「……うん、ソレだと助かるかな……ん?」
ナナはふと、隣に座っていたはずのナナの方へ振り返る。
そこにはシャルと同様、カウンターに突っ伏して眠っているナナの姿があった。並んで眠っているナナとシャル。一見すると姉妹のようだ。
「もう寝ちゃったか。難しい話すると、ナナ気絶するんだよね」
「難しい話してたか?」
眠りこけるナナを撫でつけるカレンに、マスターは困惑した表情でツッコミを入れる。
カレンはナナにどこからか取り出した毛布を掛け、おもむろにカウンターから立ち上がった。
「じゃ、相手してくるよ」
「気づいてたのか。……いや、そりゃそうか」
「ふっふー。ナナを見ててね、マスター」
「店に被害出すなよ」
奇妙な会話をするカレンとマスター。
カレンは喫茶店の出入り口の方まで歩いて行き、そのまま夜闇の中へ飛び出していった。マスターはその様子を眺めながら、ジョッキにウィスキーを注いで飲み始める。
そしてジョッキから口を離すと、虚空へ向けて独り言を放つ。
「そういや結界の反応がおかしかったな……ハッ、化物が」
「この辺でいいかな」
カレンは喫茶店から少し離れ、道が大きく開けているところまでやってきた。住宅地からも離れており、樹木がポツリポツリと生えている以外は何もない場所だ。
カレンの他に人影はない。
「ほら、一人だよー。出ておいでー」
カレンは僅かに声を張り上げ、夜闇に向けて呼びかける。
それに呼応するかのように。
「ほう、気づいていたのか」
闇より出でる影。
暗闇を掻きわけ、複数の人影が現れる。
その数は20を超えており、その全てが全く同じ服装を身に纏っていた。
黒を基調としたキャソック。胸元の十字架。
「我々は魔導教会の神官だ。お前を処分しに来た、カレン・クラディウス」
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