第6話「オジサン」

 魔導教会。

魔導帝国に存在する、実質的な帝国の統治集団。

教会、と唄うだけあって、彼らには明確な崇拝対象が存在する。


数万年前、人類に魔力を授けたと言われている伝説の存在。


 「天界神ユースティア。この辺は知ってるね」


 「はい……」


 ナナとカレンは、それぞれカウンターに座り込んでいた。魔導教について語るカレンの話を聞いて、ナナは少し気が沈んでいるようだ。

そんなナナを無視してカレンは語り続ける。


 「そして500年に一回、魔導教は天界神に生贄を捧げている。還神祭……神に魂を還す儀式で、それをしないと天界神がブチ切れるとかなんとか」


 「…………」


 カップの液体をかき混ぜながら、カレンはどうでも良さそうに説明していた。そんなカレンの態度とは相反して、ナナの表情はどんどん沈んでいく。


 「でも今回、私がナナを連れ出したせいで、還神祭の儀式は成立しなかった」


 「っ──師匠の、師匠のせいじゃない!」


 ナナは大きな音を立てて、握り拳をカウンターに叩きつける。テーブル席の方で騒いでいた男たちが、何事かと一瞬静かになったが、すぐに喧騒を取り戻した。

ナナはハッとしてすぐに縮こまる。


 「ご、ごめんなさい……でも、師匠のせいじゃ……」


 「うんうん。ナナはそう言うと、言ってくれると思ってたけど、今回はホントに私のせいだからね。気にする必要はないし、気にするべきでもない」


 「ぅ……でも……」


 俯いてしまうナナ。

カレンはその頭をポンポンと叩いて笑顔を見せる。気にしていない事をアピールしているようだが、ナナは下を向いたままだ。


 「それで、儀式が成立しなかったからどうなるかとか、私もよく知らないんだけど。でも魔導教、もしくは魔導帝国が不利になる何かがあるのは確かだね。だから追ってくるわけだし」


 「そう、ですね……」


 ナナは俯いたまま、弱々しく相槌を吐いた。

というか、ナナは弱っている。

(さっき騒いでたのも、無理してたっぽいな……ナナの性格ならそりゃ気にするか。さて……)


 「……師匠、師匠」


 「ん……どしたの?」


 服の裾をつまんで呼びかけてくるナナに、カレンは酒に口をつけながら答える。

ナナはなにか言いあぐねていたが、やがて意を決してゆっくりと話しはじめた。


 「私が逃げたせいで、他の子が生贄になったりは、しないんですか」


 「……他の子?」


 「はい」


 そう問いただすナナの声は震えていた。

恐れている。怯えている。自分のせいで他の誰かが奪われることを、その可能性を危惧している。


 「私が逃げたせいで、誰かが生贄に……とか、そんな──」


 「


 ハッキリとカレンは言う。

ナナを正面から、まっすぐ見つめて言い聞かせる。


 「ナナも知ってるでしょ。換えが効かないという話は本当だよ。間違いなく、絶対に、生贄はナナにしか務まらない」


 「────ホント、ですか」


 「うん。約束するよ」


 ナナの動きが止まる。

そして張りつめていた表情を崩すと、大きく息を吐いて言葉を漏らした。


 「よ……よかった……」


 「…………それで」

 

 弱々しくも笑顔を浮かべるナナ。

どうやら落ち着いてきたようで、少しずつ先ほどまでの気力を取り戻して来た。


 「それで、なんでこんな話をしてるかというとね」


 カレンが切り替えるために話を仕切りなおす。

ナナも集中して話を聞こうと、瞳に浮かべていた涙を拭った。


 「ざっくり言えば今後の予定を立てたいんだ。ずっとここにいるわけじゃないからね。というか、長期間一か所に留まるのはなるべく避けたい」


 「なるほど……旅ってわけですね!」


 「そうそう」


 (テンション戻ってきたね……この調子だ)

元気を取り戻してきたナナを見てカレンはやっと安心する。

ナナは強い子だが、同時に優しすぎる子でもある。自分の代わりに誰かが死んでしまうことが恐ろしかったのだろう。耐えきれなかったのだろう。だからカレンはナナに伝えた。

ナナを安心させるため。


 「ところで師匠、この王国にはお知り合いに会いに来たんですよね。どんな方なんですか?」


 「んっと、何年か前に会った子なんだけどね……あ、来た来た」


 何年か前に会った「子」。

その言い方からして、ナナは相手が子供なのかと思った。もしくは大人の女性相手でも、師匠ならその言い方をするかもしれない。

そんなことを考えながら振り返り──


 「─────ほえ?」


 ナナは素っ頓狂な声を上げる。


 「やあ、マスター」


 「よぉ。もう来たのか」


 カレンが声をかけた男が、こちらを一瞥して低い声を上げる。

そう、男だ。

というか──


 「オジサンだ……」


 「ん?」


 思った事をそのままこぼしてしまったナナ。

男はこちらに気づいた様子で近づいてくる。


 まさに「おじさん」だった。

ボサボサの黒髪に無精ひげ、ヨレヨレの服に眠たげな瞳。一目でだらしがないと分かってしまう外観だった。かなりの高身長、おそらく190cm近くあるのだろうが、猫背のせいで目線が低い。おそらく30代ほどだろう。

想像とはかけ離れた姿にナナが呆けていると、そのおじさんが声をかけてきた。


 「ん、ナナか。俺の事はおじさんでもマスターでも好きに呼べ。……前と変わんねえな」


 「ナナです、初めまして……前?」


  おじさん、もといマスターに挨拶を返しながら、前という言葉につまずいてナナは首をかしげる。このおじさんと会った記憶はない。

そこへカレンが割って入ってきた。


 「ああいや、何年か前……ナナが小さいころに、このおじさんに会ったことあるんだよ。もう覚えてないだろうけどね」


 「ほえー……そうなんですね」


 「…………」


 納得している様子のナナ。マスターは反論せず黙ったままだ。

カレンはマスターを見上げると、何か言いたげなマスターを無視して流暢に話し出した。マスターはカレンよりはるかに大きく、また髪色が同じであることも相まって、まるで父親と子供のようだ。


 「それで分かってると思うけど、私たちは助けてもらいに来たんだ。いいよね?」


 「構わんが……それでいいのか、お前」


 「うん」


 笑顔で肯定するカレンを一瞥して、マスターは軽くため息をつく。ナナは話が見えずに疑問符を浮かべたまま、二人の顔をキョロキョロと交互に見つめていた。


 「ああ、こっちの話だよ。それよりさっそくだけど、これからについて話そうか」


 「あ、はい師匠……ところで、おじさんはどんな人なんですか?」


 ナナはカレンの隣に座り込んだマスターに向けて尋ねる。マスターは一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐにしけた面を取り戻して話しはじめた。


 「俺はこの喫茶店の店主だ。それだけだ」


 「またまたー、他にもあるでしょー?」


 カレンがおどけた口調で茶化しはじめ、マスターは呆れた表情を見せる。マスターがカレンといると手を焼いているというのが、ナナから見ても一目瞭然だった。


 「……それと、情報屋だ」


 「じょーほー?」


 「ああ」


 首を傾げるナナ。

マスターはあまり言いたくなさそうにしていたが、やがて声のトーンを落として語ってくれた。


 「情報を仕入れて売って……それが俺の仕事だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る