第5話「喫茶店マフィウス」
(ん……もう夜か……)
何かの衝撃を感じ取り、カレンは唐突に目を覚ます。頭がまだ回っていない。
目をこすり、あくびを漏らしてゆっくりと瞼を開く。
「……ありゃ」
「し、ししょ……」
目の前の光景の滑稽さに、カレンは思わず眉をひそめる。
まず、カレンはナナに背負われていた。
これは別に問題ではない。そういえば寝ぼけながら「おんぶして」と頼んだような気がするし、ナナはよく自分をこうして運んでくれる。
しかし今、そのナナが目尻に涙を浮かべており、その前に複数人の男たちが立ち塞がっていた。みな真っ黒なスーツを身にまとった強面で、なんというか圧がすごい。
これが問題かも。
「どしたの、ナナ」
「師匠、おき、起きました……?」
ナナは震えながら尻もちをついているようだった。目の前の男たちが巨人のような大きさに見えたが、これはナナが座り込んでいたのが原因だったらしい。
とはいえ、
「ナナは泣いててもかわいいなぁ」
「師匠っ、そうじゃ──」
ふざけている(と思われる)カレンを、ナナが必死に遮ろうとした、その時。
「っす!」
「ひっ……ち、違います、人違いですっ」
複数人の男たちのうち一人が声をかけてきて、ナナは慌てて両手で顔を覆う。どうやら生贄として見つかってしまうことを危惧しているらしい。
カレンはそれを一瞥して声を発する。
「やあ、みんな」
「カレンさん、久しぶりっすね!」
「……へ?」
ナナはキョトンとして顔を上げる。
カレンが手を振り、男たちに笑顔を向けていた。男たちもそれに応じて、元気よく挨拶を返す。
「久しぶりってほどでもないけどね……ん、ナナ?」
「お、お知り合い、なんですか?」
「うん。そもそもどうやってここに来たの? 私塔に行くよう頼んだ気が……」
カレンはあたりを見回しながら尋ねる。
そこは料理店のようだった。
赤い光を帯びた店内は、不気味な雰囲気が漂っていた。料理店、というよりバーか何かのようにも見える。店内には複数人の男たちの他に、数人の客が座り込んでいた。
子供はナナの他に見当たらない。
「あの子が案内してくれて、それで……」
「……ああ、そゆこと」
いや、子供がいた。
ナナが顔を向けた先、男たちから少し離れたところ。カウンターらしきところに、一人の女の子が座り込んでいる。カレンと同じぐらいの身長で、長い金髪がよく目立っていた。
「シャル、案内ありがとうね」
カレンの呼びかけに、シャルと呼ばれた金髪の少女はコクリと頷いた。その様子を見ていたナナが、涙を引っ込めて尋ねてくる。
「あの子も師匠のお知り合い……? 師匠、ここはいったい……」
「ここはね」
困惑した表情のナナの頭を、軽くさすりながらカレンは言う。
「アインザース王国首都マンチェスター。その一画にある、私の知り合いが経営してるお店だよ。喫茶店マフィウス」
「喫茶店……?」
ナナはさらに困惑してしまった。
ナナの知っている喫茶店というものは、もっと落ち着いた雰囲気を持つ場所だったはずだ。喫茶店というよりも、ここは酒場というやつではないのだろうか。
「ああ、そうだ。みんなに紹介しておこう。この子はナナ。私の弟子だよ」
「し、師匠っ?」
唐突にナナを前に出すカレン。
ナナが慌てて止めようとするも、時はすでに遅く……
「おう、ナナちゃんか」
「よろしくな、ナナちゃん!」
「はは、はいっ、よろ、よろしくですっ」
凄まじい圧力で迫ってくる男たちに、ナナはどもりながらも挨拶を返す。
しかしあまりの圧に耐えきれなかったのか、目尻に涙を浮かべてカレンに助けを求めてきた。
「し、師匠、失礼かもですけど、ちょっと怖いです……!」
「だいじょぶ、だいじょぶ。みんな優しいから」
「え、ええ……?」
「それでですね、師匠が私の事をファーって浮かばせてですね!」
「飛ばしたって事か!? でもそこ室内だったんだろ?」
「それがなんと、天井を突き破って私ごと空に飛び立ったんですよ!」
「そ、そこから脱出したのか! マジかよ、ヤベえな!?」
「……」
カレンは呆れた顔で目の前のやりとりを見つめていた。先程までの空気が嘘のようだ。
ナナは驚くほどすんなりと男たちに溶け込んでいた。厳格な雰囲気の男たちに混じって少女が場を盛り上げている光景は、カレンから見ても違和感が凄まじい。
「コミュ力すげー」
「あ、師匠師匠、あれもっかい出来ますか!? あのファーって飛ぶやつ!」
「あれ疲れるんだよ」
離れた席でくつろいでいるカレンに、ナナが手を振って声をかけてくる。ナナは首を横に振ってやんわりと断った。実際アレは疲れる。というか、かなり無理をしてここまで飛んできたのだ。
それはそうと、ナナは元気を取り戻していた。
ここに来るまでの間、逃げてきたことへの罪悪感か何かで沈んでいたナナだったが、今はその様子は見受けられない。ナナが強い子だとカレンは知っていた。
「分かってたけど、この調子なら大丈夫そうかな……ん?」
ふとカレンは、いつのまにかカウンターの隅に移動していた金髪の少女、シャルを目に留める。相席している者はおらず、一人でストローを使って何かを飲んでいた。
カレンは立ち上がり、彼女のもとへ近づいていく。
「シャル、隣いい?」
こちらを一瞥すると、シャルはストローに吸い付きながらコクリと頷いた。
二人とも身長はほとんど変わらない、というかほぼ一緒なので、周りから見れば友人同士が会話しているように見えることだろう。カウンターの椅子が高すぎるようで、二人揃って足裏が床に届かずブラつかせている。
そんな外観がそっくりの二人だが、雰囲気は全く異なっていた。落ち着いた大人のような雰囲気のカレンに対し、能面のシャルはまさに人形だ。
「マスターはいつ帰ってくるかな? なるべく早いと助かるんだけど」
カレンはカウンターに置いてあるカップに、どこからか取り出した瓶の酒を注ぎながら尋ねる。瓶からは青く光る透明な液体が流れ出た。
シャルはカレンを見つめながら、ストローから口を離して答える。
「今商会に出てて、すぐ戻る」
「そっかぁ。シャル、そういやあれから友達はできた?」
「ううん」
「あらら。じゃあ」
のんきに尋ねるカレンに、抑揚なく答えるシャル。一見関係があやふやだ。
「じゃあ、ナナと話してみてあげて。きっと、いや絶対仲良くなれるよ」
「うん」
シャルは相変わらず関心があるようには見えない。カレンが一方的に話を投げ、シャルがそれを受けているだけの会話。
それでも、カレンは満足なようだ。
「師匠!」
「お、噂をすれば」
カレンが振り返ると、ナナが男たちの輪を抜けてきていた。満面の笑みを浮かべいる。
「ここすごいです! 色んな人たちがいて、でもみなさん優しい方々で……!」
「ふっふー、でしょー」
得意気な顔を見せるカレン。
もうナナは大丈夫そうだ。カレンはそう思い、ふぅ、と一息つく。そしてナナの頭に手を乗せポンポンと叩いた。
「生きててよかったね、ナナ」
「はい!」
ナナは笑って大きく返事をする。
時計の針は九時を回っていた。
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