Happy birthday for me



赤い空間。

小さなこども。

まっしろけっけ。

あれ、わたしはどうしたんだっけ。


どうもしないんだっけ。

あのしろいこども。あの子をわたしは知っている。あの子もわたしを知っている。


わたしはあの子が大嫌い。

あの子もわたしが大嫌い。

わたしはその子に近づいて、泣くのをやめろと頬をぶつ。


頬をぶたれたその子は、わたしの方を少し見て、しゃくりあげながらまだ泣いてる。


「ねぇ、しあわせってなに?」


その子が聞いた。


「知らない。そんなものない。あなたの方が良くしってる」


わたしが答えた。

わたしは続けて言う。


「“わたし”はしあわせを感じられない。しあわせで満ちた状態は空っぽとおなじ。しあわせで埋まっているなかに不幸がないとしあわせと思えない。不幸で埋まっているのはしあわせとおなじ。不幸以外を考えなくて済むから」


その子は少ししゃくりあげてから、


「うん。しってる。わたしはあなたのせいでよくしってる」


「わたしもあなたのせいで良く知ってる」


「あなたはわたしを困らすのが得意。わたしの出てきて欲しくない時に出てきて涙を零すの。引っ込んでてってわたしはいつもあなたをぶつ」


その子は漸く涙をとめた。

まだ目の縁には涙が残っている。

またすぐ泣けるように。


「いつもわたしはかんしゃくをおこす。それをあなたはおさえてる。ほんとうはあなたのほうがなきわめきたいのに」


「そう。本当はわたしの方がずっとずっと泣きたい。なのにあなたが代わりに泣いてる。ずっとずっと泣いてる。ずっとずっと煩い」


その子の目からまた涙が零れる。


「ねぇ、かみさまってなに」


「信じたくて勝手につくるもの。人間のエゴ。わたしは神様を信じたくない。信じたい。信じてるの?」


「わたしはしらないよ」


「ねぇ泣かないで。煩い」


またその子の頬をぶとうとしたのに、その子は必死に自分を守った。


「なんでわたしをとじこめるの。くらいのもせまいのもいや」


わたしは『自分』がいる場所をふと見回した。

赤かった。


「あなたが煩いからでしょ。勝手に出てくるからでしょ。なんでいつもいつも勝手に出てくるの?」


その子はちらっとわたしを見て、また腕に自分の顔を埋めた。


「あなたがとじこめるから。せまいひろいかたいもろいはこにわたしをおしこめるから」


「知ってる。押し込めてるのにあなたは出てくる」


今度はちゃんとわたしの顔を見あげた。


「それがわたし」


「……そう。それがあなた」


溜息を吐いた。

わたしはわたしだ。

この子はわたしだ。

わたしの大嫌いなわたし。

弱いわたし。


すぐ泣いて、ものが言えなくなるわたし。

消えちゃえ。


「ねぇ、もうとじこめないで」


「今までごめんね。あなたはもう要らない」


その子にナイフを突き刺した。

その子はドロドロになって溶けて、わたしに最期にこう言った。


「わたしがいなくなってもあなたはよわいあなたのまま。『わたし』なんてけっきょくいらないんだよ。あはは。ばーか」


「知ってる全部知ってる。一々煩い。煩い。煩い。煩い。さっさと消えて」


肩で息をする。

わたしが消えたら次に消えるのはわたしだ。

ああでも少し悪いことをしたかな。

でもわたしはどうしても、最期にあの子を受け入れたくはなかったの。


全然泣きたくないし、全然生きたいなんて言いたくない。

人間、せっかくこの世に生まれてきたのに、特技のひとつもないなんて割に合わないじゃあないか。


前世からやり直したいとか言うけど面倒くさすぎてやり直すのは来世からでいいや。


「ごめんね。わたしももう終わりなの」


あの子にもきっと聞こえてる。

サイレンが鳴ってる。

もうすぐお終い。


生きたいなんて言わないから。

せめてさ、


「もう一回、生まれたいなぁ」

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