目覚める前の話
僕は幸せに笑っている。
僕の家族と、友達と、あの子と一緒に何か話して、皆笑っている。
大嫌いなあいつも何故かいて、向こうの方で僕に遠慮しながら笑っている。
皆で、大変だったけど何とかなったねって話をしている。
物語のクライマックス。
山場を越えて後はエンディングだけ。後日談の所に僕達はいる。
大変だった出来事は一瞬だったみたいだ。さっきまでの冒険はどこかに消えた。
談笑しているのに、内容はやっぱり全然入って来なくて、僕は曖昧に笑う。見ると皆曖昧に笑っている。
なんだ。
皆何にも覚えていない。
冒険とか本当はどうでも良かった。
滑稽な劇。
幸せならそれでも良いか。
今はとても幸せ。ぬるま湯。何もない。
あいつは僕に嫌味を言わないし、父と母は喧嘩しないし、僕はあの子を傷付けない。
僕に都合のいい世界。
そろそろ本当は気付いている。
これは覚める直前の夢で、もうすぐ幸せは消える。
僕は僕に都合のいい世界を夢で見ているんだ。
分かってるから目覚めなくても許して欲しいな。
目覚めたくない。
アラームの鳴る十分前。後十分は夢が良い。
目覚めたら、僕はまたあいつを嫌って、父と母の喧嘩に耳を塞いで、あの子にきっとまた酷い事を言う。現実は都合が悪い。
夢と自覚してから、嫌でも夢は薄れていく。
泡になる。泡になる。泡になって消える。
あーあ。
もう完全に瞼の裏だ。夢の景色はもう見えない。
毛布の中、寝返りをうって、もう少しだけ夢の続きを見ようとする。
でもそれはもう夢でなくて、ただの妄想になってしまう。上手く見れない。
観念して薄目を開ける。
窓の外がほんのり明るい。朝だ。
不意に、リビングの方から皿の割れる音が響いた。
ああ、うるさい現実に起こされた。
そう思う事にした。二度寝しても同じ夢は見れない事が分かっている。
泡になった夢の断片を頭の中で拾って、僕は僕に都合の良かった物語を書く。夢の隙間を埋める。
こっちが夢で、これが現実だったら。
冒険が面倒臭いから、どっちでも変わらないな。こっちのが多分マシ。
ただ、都合のいい夢をもう少し見ていたかった。
現実からの逃避。
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