祝福



私は時を止められる。


今日も、だから春の風が強く吹き込んできた授業中、時を止めた。

その瞬間、世界はとても美しくて、いつもならすぐまた動かす世界を止めたままにした。


机の上に飛び乗る。音はしない。

ふわっとターンして、斜め前の席へ飛び乗る。ずっと不登校の子の席だ。この子は休む前日まで、普通に学校に来て、普通に友達と笑っていたように思う。


またふわっと回る。

音のしない世界でスカートが浮き上がるのが面白い。


春の風に煽られたカーテンの先に、陽射しの暖かい外が見えた。

誘われるように外へ出る。


赤信号の交差点の真ん中、楽しくてふわりふわりとターンする。

誰かが言うには、この世界は何重にも重なり合って出来ているらしい。

だからきっと、別の世界では普通に一秒後がきて、一日後がきて、一週間後がくるのだろう。


私が時を止めたこの世界は、この瞬間、終わったのだ。


きっとこんな風に、今までいくつもの世界が終わって、いくつもの世界が生まれてきた。付け足し付け足しで、世界は続いていく。今さらひとつ止まった所で、世界はどうともしない。


横断歩道の白い部分だけを踏んで渡って、何度も往復して、交差点の真ん中で回って。

ただそれが面白かった。

手の腕時計は律儀に時を刻んでいて、私は一日経って、三日経っても飽きなかった。腕時計の日付表示がくるんと回った。


街の中を移動する。

ふと思い立って、私は自分の通っていた病院まで行くことにした。

ふわりふわりとターンしながら、バレエを踊るみたいにゆっくり移動する。

疲れはない。ただ楽しくて仕様がない。


開いたドアから入って、ドアの開いた病室に適当に入った。

そこではひとつのベッドの上にひとりの病人がいて、周りに大勢人がいて、心電図は途中から真っ直ぐな線になっていた。

ああこの人はもうすぐ死ぬんだ。

でもまだこの瞬間は死んでいない。

終わった世界では、死んだらどこへ行くのだろう。

この人はどこへ行くのだろう。


病室に一匹の蝶々が遊びに来ていた。

他の部屋へも入ってみようかと考えて、どこもドアが閉まっていたから止めた。

閉じたドアは開かない。

病院を出た。


私は止まったこの一瞬に、自分の痕跡を残したくなかった。

少しでも何かに触れてしまうと、全て壊れてしまう気がした。

そうしてだんだんと、私は時を進めるのが怖くなった。


この美しい瞬間を永遠続けさせたかった。

きっと動かしたら動かしたで、また美しい瞬間はあるのだろう。けれども私は、この瞬間が一番好きだった。

最初は、爆弾でも仕掛けて、全て吹き飛ばしたい欲もあった。

でも今はそんな事考えていない。

世界を今終わらせたい。


そんな気持ちでふわりふわり回る。

赤い靴の少女みたい。けれどあの子は可哀想。

こんな時にだって救世主も神様も現れないのね。案外世界は薄情だ。

誰かは理不尽なんて言うかも知れないけれど、これは私の自由意志なの。


これは私に与えられた祝福。

とてもとても素敵。

美しい世界と私は永遠ふたりぼっちなのね。

さよなら祝福。

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