―10―
三夜極寒を折り返しとして、冬は少しずつ緩み始める。
一人きりの二日間が終わると、段々とひとが戻ってきた。ときおり晴れ間ものぞき、そんな日には数える程度だけれど外を歩く者も見受けられるようになった。――これで女たちが戻ってくればもう春もすぐそこなんだけどな。男性職員同士が軽口を叩いている。冬の中で一番厳しい時期は家で守られている女性たち、その姿が戻ってくる光景は、どうやらこのギルドの冬明けの象徴になっているらしい。私も女ですけど、と無粋な突っ込みはしない。私は冬眠できないし、その分男性たち並みに働いていることは自覚している。
ひとが減っている間色んな条件で依頼を分類してみていたが、それが支部長の目に止まりそのまま採用されることになった。現在『見回り』以外の時間を使って精力的に作業を進めている。そんなひと冬の働きを認められこのまま働き続けないかと誘いを受けてもいる。求められているところで働けるなら嬉しいとは思うけれど、冬前まで働いていた食堂のおばさんは私の戻る場所を空けてくれているはずだ。すぐに返事はできないと保留にしてもらった。
仕事の面では順調だ。けれどジオルドさんには、あの日以来露骨に避けられている。冬眠や本業の方で忙しいとギルドに顔を出さず、『見回り』もジオルドさんではない男性職員と一緒に行っている。
――彼との関係は、このまま遠くなるかもしれない。
そんな予感がしている。
*
それから数日。雪も降りつつ晴れ間もある、三寒四温な冬空を繰り返しながら天気は少しずつ上向いていく。まだ気温は低いから積もった雪はほとんど解けないけれど、日を浴びて瞬くように光る雪道に春の明るさを感じる。
そうなってくるとひとの心は浮つくもので、どこかそわそわした様子を醸し出す職員が増えた。何かあるんですか? 久々の支部長との朝に蜂蜜ティーを飲みながらたずねれば、明日には女性が出てくるだろう? とふくみ笑いする。
「冬眠前は当然だけれどね。冬眠後も、我々にとっては絶好のチャンスなのだよ」
「何のチャンスですか?」
「それはね。……告白の、だ」
――君のいない冬眠休暇は寂しかった。次の冬には、一緒に冬眠してくれないだろうか?
「……とね。かくいう私も、休暇後に告白した口だ」
今年は何人のつがいができるだろうね。楽しそうに声を弾ませ、君にもそういうひとが現れるといいねと微笑みかけられる。私はうっすらと微笑み返し、
「……無理ですよ、私には」
そんなひとできせんよ、と否定する。
「どうしてだい? 君は種族こそ違えど、働き者で真面目ないい子だ。惹かれる男は、必ずいるさ」
支部長は慰めるように、たしなめるように、強めな語調で言い切った。私は曖昧に頷く。そうだといいですね。その態度がお気に召さなかったらしく、あの青年だって、と支部長は言い募る。
「ジオルド君も、君のことは気にかけているだろう。彼はどうも女性の扱いがあまり得意ではないようだけれど、君とはなかなかに親しくしている。例えばそういうところから芽生えるものもあるかもしれない」
無理なんて言っちゃいけないよ。今度こそはっきりたしなめられ、私はまた曖昧に濁した。その表情を見て取ったのだろう。支部長はあれといった様子で見つめてきて、喧嘩でもしたのかいとあながち外れてもないことを問うた。
「そういえば、最近一緒にいるのをあまり見ないね。……すまなかった、そうだったのかい」
なら、この話は今はやめておこう。なに、大丈夫さ、すぐに仲直りできるさ。
支部長の前向きな励ましにそうですねと答えながら、内心ではそれはどうだろうと気が塞ぐ。けれど話題を蒸し返されるのも嫌だったので、私は小さく微笑んだ。
*
明るい女性たちの声は、なるほど、春の気配を連れてくるようだ。
女性たちの冬眠休暇は平均すると二十日ほど。ユイエさんやセイナが戻ってきたギルドは、本当に色がついたように空気が華やいだ。――女性が戻ってくると春はすぐそこ。確かに、にわかに暖かい日が増え春めいてきていた。
『見回り』を終える家も出始め、私の仕事も徐々に室内のものが増えてきている。緊急事態が起きることもなく、このまま穏やかに冬は過ぎていくのだろう。何も起きなかった平和な冬に、ギルドに勤める皆が胸を撫でおろしている。――厳しい寒気が飛び去り溶けゆく雪の下から芽浮きの緑がのぞく頃には、街は春の訪れを喜ぶ声に満ちるのだろう。そうしてあちこちで祭りが開かれ、新しい出会いが結ばれる。それは想像するだけで、幸せな景色だった。
ほどなくやってくる春に思いを馳せながら、私はけれどいつまでも浮かない気分でいた。ついぞジオルドさんに会えないまま、明日から彼が冬眠に入ることを人伝えに聞いたからだ。彼は真冬には起きていて、春前に冬眠する。そして冬眠休暇を終えたらそのまま狩人の仕事に戻る。つまり、もう二人で『見回り』に行く機会はないということだ。
――冬眠する前に、一度ジオルドさんと会いたかった。できることなら、せめて嫌わないでくれとすがりたかった。
そう思いながらも、伝えられなくてよかったとも感じる。このまま自然と疎遠になれば、きっと私はひどく傷つくこともなく、春を迎えることができるから。
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