―6―
冬が始まってから、ひと月が過ぎようとしている。ギルドの職員も半数にまで減っていた。明日には一気に残った五人の女性が休暇に入り、これから十日ほど、女子は私一人、男性もたった二人という、少ない人数でギルドを回すこととなる。
というのも、間もなく冬季の中で一番凍える三夜極寒と呼ばれる嵐がやってくるからだ。北からの冷たい強風が流れてきた二日後に来る、痺れるほどに寒い大風が吹くその三日間は、より体力がなく、より非力な女子や子どもにとって、冬の間でもっとも危険な数日だ。この日に合わせて休暇を取る女性は多く、その間は男性が女性、子ども、家族を守る。
私も、その間の出勤時間は午後からの三時間程度と短くなっている。危ないから、という理由だ。それほど強い嵐になるのか、未経験の私はまだ半信半疑ではあるけれど。
しばらく会えないね、気を付けてね、と皆が声をかけ合っている。それを横目で見ていれば、アキ、とユイエさんに呼ばれる。
「はい」
「明日から皆お休みで、ごめんね。できる限りで業務をやってくれればそれでいいから、無理はしないようにね」
「わかりましたよ。もう、何度目ですか?」
「だって、心配で……」
この三日を働いて過ごす女子なんて聞いたこともないから、と不安げに言うその目元は、物憂げに垂れている。一昨日ぐらいから、ユイエさんは心配性だ。
「ねえ、やっぱり、休んだらどう?」
「そういうわけにはいきませんよ。『見回り』もありますし。そもそも、冬眠しない私が休暇をとっても仕方ないでしょう?」
「そう、なんだけど……」
どう言っても不安いっぱいなままのユイエさんに困っていれば、アキ、と別所からまた呼ばれる。
「冬眠明けのパーティーの日にち、決まったよ! 参加するんだったよね?」
空気を読まずに明るく場に割って入ったのはセイナだ。春祝祭の翌日になったから予定空けといてね、とニコニコ喋り、私たちの間の妙な雰囲気にようやく気付いて小首を傾げる。
「ええと……どうかしたの?」
そんなセイナに味方が現れたとばかり、ユイエさんは私に言ったのと同じ内容でどれだけ心配かを語り、だからやっぱり休んだ方がいいわよねと賛同を求める。けれど、
「そうかなあ。私は、アキは休暇を取らない方がいいと思う」
セイナは、はっきり否定した。私もこれには驚いた。どうして? と不満げに問うユイエさんに、だってとセイナは理由を告げる。
「ユイエさんには旦那様が、一緒に冬眠するひとがいる。私も家族がいる。でも、アキにはいないの。休暇をとったら、その間一人になっちゃう。一人きりになっちゃうくらいなら、ここにいた方がいいもの」
その言い分に、ユイエさんはぐっと黙り込んだ。
「アキも、そう思うでしょ? 一人で冬を越すのは、考えただけでも寂しいよ」
そうね、と私は万感込めて頷いた。――考えただけでも、寂しかった。
その時点で、完全にユイエさんの負けだった。彼女はまだ心配げな顔のまま、でも何にも言えなくて、そっと目を伏せた。
「……それにしても、いいなあ、ユイエさん!」
しょんぼりしてしまった空気を追い払うように、セイナが話題を変えた。
「今年が初めての旦那様との休暇でしょ? うらやましいなあ。告白はやっぱり旦那様から? 『一緒に冬眠したい』って言われた?」
熊人の定番告白であるそれを、言われていないはずがない。新婚のユイエさんは先程と打って変わって頬を染め、ええ、と幸せそうにはにかむ。いいなあ、私も言われたい! セイナは悶えるように身をくねらせ、いつも通りの恋に夢見る少女になる。
私には一生縁のない言葉だなとふと思い、どうしても湧き上がる疎外感にほうと息をついた。だって、私は人間だから。一緒に冬眠はできないのだから……。
*
皆が一斉に休暇に入り活動を縮小したギルド内は、ただただ静かだった。こうなるともうやることもなく緊急事態の時のために開けているようなものだから、仕事に来ている私を含めた三人とも、暖炉の前に陣取って時々話をしながらただただ暖をとっている状況だ。
――外は、大嵐である。窓や扉に風が吹き付け、ガタガタと音を立てている。朝はまだたいしたこともなかったのに、午後を過ぎたら唐突に、三夜極寒はやってきた。三夜、と言う通り、三回夜が過ぎるまではこの通りの天気なのだという。
「『見回り』、明日もあるのか?」
ぽつりと言われた一言に、はいと頷ききながら、私も不安だった。今日は午前中に行ったからいいけれど、明日は一日嵐だろう。はたして無事に『見回り』ができるのか……。
「明日は、やめておいた方がいい。危ない」
言葉少なな忠告に、私もそうは思いますけど、と自分でもわかるくらい口が重い。
「お仕事ですし、こんな嵐だからこそ、心配だから、できれば」
様子見に行きたいなと思うんですけど、とそう言いつつ、でも危ないよね、と自分でもわかっている。渋い顔の男性二人は私の頭上で顔を見合わせ、気持ちはわかるがやめておけと説得してくる。ううん、とかでも、とか理性と気持ちの間で揺れていれば、あっという間に終業時間になっていた。
「とりあえず、明日は駄目だ。家にいろ。いいな」
「それより、帰りはどうする? 俺たちのどちらかが送っていくか?」
「いや、そうするとここに戻ってくる間、一人になる。行くなら三人で行かないと」
「でも、その間ギルドは? 無人になるのもまずいだろう」
「そうだな……」
終業となったら、途端に男性二人が慌てだした。緊急時対応のために二人はこのまま泊りでギルドにいる予定だけれど、そこに私がいてはいささか都合が悪いということだ。主に、恋人同士でもない男女が同じ場所で一夜を越すという点で。
それを即座に理解した私は、一人で帰れますよ、と申し出た。けれど二人は声を揃えて絶対駄目だと拒否をする。危ないからと。……さっきからずっと危ないとしか言われていない気がする。
「でも、冬眠しない私より、寒さに当たると冬眠してしまうあなたたちの方がより危ないですよね。たった数分の距離です、大丈夫、一人で帰れますよ。それで万事解決でしょう?」
「いや。それでは何一つ解決しないだろう」
……主張しあう私たちの背後から、唐突に声が割って入った。揃ってばっと振り返れば、頭に、肩に、身体中に雪を濃くまとったジオルドさんが、立っていた。
「ジオルドさん。どうしてここに?」
今日の『見回り』は終わっているし、ギルドはもう閉めるところだ。まさか何かあったのかと顔色を変えれば、彼は体に積もった雪もそのままに、何だか呆れたような様子でゆるりと腕を組む。
「こんなことになっているのではと思って来てた。……俺が送っていく。それでいいだろう」
ちらりと男性二人に視線をやり、問うというより決定事項として告げる。二人はほっとした顔で、よかったそれなら安全だ、と大きく頷いた。
一人蚊帳の外のままあれよあれよと決まった状況に数秒ぽかんとしてしまったが、我に返って何か言おうとし、でも何も言葉が出てこずにきゅっと唇を結んだ。
――こんな嵐の中。わざわざ、来てくれたのだ。私のために。
胸がきゅっとしたような気がして、私はにやけ顔を隠すために俯いた。
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