―5―
『見回り』が始まってから五日が過ぎた。その間で休暇に入った者は三人。年かさの男性職員二人と、私と同じ年くらいの女性職員一人。それぞれひと月以上の休暇で、ひとが減ったギルド内は少しがらんと感じる。
人員が減っても困らない。仕事が少ないからだ。そして、毎日静かで変わらない日々の繰り返しで、誰もが話す話題が尽きてきていた。そんなだから、唯一外を回っている私に、何か目新しいことがあるんじゃないかと暇を持て余すセイナが絡んでくるのは仕方のないことかもしれない。
「いいなあ、アキ。ジオルドさんと二人きりで毎日お仕事できて」
うらやましいなあ、と率直に胸の内を口に出す恋に夢見る少女。正直なところ少し辟易している。あまりに何度も言われるものだからうんざり顔を取り繕えず、態度もおざなりだ。それでも気にしない図太さは、どこからきているのだろう。
「ジオルドさん、優しいでしょ? 毎日一緒にいたら惚れちゃうんじゃない?」
「そうね、セイナはそうなんでしょうね」
「アキもでしょ? あーあ、いいな。あんなひとと二人きりでお仕事できるって。いいなあ」
「……はあ。もう好きに想像したら」
面倒臭いなあ、と呟きかけて口を噤む。そこまで言ったら、夢見る小娘もさすがに気を害するだろう。
「あれ、そういえば、今日『見回り』は?」
そこでようやく今日はまだ愛しのジオルドさんを見ていないことに気付いたようで、こくりと首を傾げる。よく動く、まあるい目が若々しい。
「今日は二軒だけだから午後からよ。ジオルドさんなら、午前中は狩り依頼を受けてるみたいよ」
「あ、そうなんだ。今日も絶対仕留めてくるんだろうね。強いからなあ」
セイナの言う通り、今日も軽々と獲物を仕留めて納品することだろう。ラビイやディア――三本角の鹿――、ボーア――牙のない草食猪――など、山の獲物を狩るのが狩人だ。親の親の代から腕利きと有名らしいジオルドさんは、回る先の人々にも顔が知られている。新人で異種族で土地勘もない私は、一人だったら毎日こうも簡単に『見回り』してられなかったかもしれない。そういう意味では、
「……頼りには、してるかな」
ぽそりと呟く。なあに、と問われて何でもないと首を振った。
*
その日の『見回り』を終え帰り道。
明日はどうこうという話をし、ふとおとずれた静寂。ジオルドさんとの間では、時々こうして会話が途絶える。相手のことを寡黙だ何だと言いながら、私も大概おしゃべりが不得意だ。日本にいた時も、話題が切れた空白に話し相手ともども気まずくなることはままあった。
今と昔で違うのは、無理矢理話そうとしないですむところだ。ジオルドさんは必要以上に話そうとしないタイプだし、一緒にいる者にも話題を求めない。話したければ話せばいい、無視はしない。そんな空気に、いつの間にか慣れていることに気付く。気付いて、口から言葉が滑り出た。
「今日、セイナと話をしてたんですけど」
さくり、さくりとゆっくり歩きながら。多分彼相手には初めての雑談を振る。
「セイナ、あなたに憧れてるみたい。格好良くて、好きなんだって」
前を歩いていた巨体が足を止める。横に並ぶ。
「よかったですね。若い子にモテて」
くすりと笑って仰ぎ見れば、訝しげな表情でこちらを見下ろしている。いきなり何を言いだしたのかという顔だ。
「……それで、私も結構、好きというわけじゃないですけど、頼りにしてるって思ってるんです」
思い切って勢いにのり続ける。――実は最初は好きじゃなかったんですけど。
「今は、あなたのこと、いいひとだと思ってます」
ぴたり、そこで口を閉ざす。突然の話題に大いに困惑しているのが見てとれた。
「……いきなりどうした」
その第一声は疑問だ。当然の反応だろう。笑ってしまう。
「ですよね。そう思いますよね」
くすくすと笑いがこぼれてしばらく止まらない。笑いながら、薄々気付いてたんじゃないかと思いますけどと前置き、軽く聞こえるようにわざと明るく告げた。
「私、あなたと一緒に仕事をするってわかった時、すごくいやだった」
「……ああ」
頷く彼の顔色は変わらず、やはり気付いていたようだと思う。その表情にまた一つくすりと笑い、続ける。
「初めて顔を合わせた時、腕利きの狩人だと紹介されたから、私はこう言ったんです。私も狩りとかできたらいいのにって。冗談のつもりでしたけど、あなたは気を害したようで。覚悟一つない、異種族の女が、狩りなどできるものか、と」
どの言葉にむかついたのか、傷ついたのか、自分でも明確にはわからない。ただ、その一言で、私はジオルドさんが嫌いになったのだった。
「私も悪かったです。でも、嫌な言い方をするひとだなと思ったんです。背も高くて、余計に怖く感じましたし。……今はもう、そうでもないですけど」
続けるうちに少しずつ耳が伏せっていくので、慌ててフォローしまた笑う。
「今は、一緒に仕事をする機会に恵まれたと思っています。ちゃんと、仲良くしてもらえたらなあと」
つと立ち止まれば、彼もまた立ち止まる。その目を見ながら言う。あえて子ども臭く。友達になりませんか、と。
「だって、一緒に仕事をするのに、距離があるままじゃ悲しいじゃないですか。……勿論、よければ、ですけど」
ジオルドさんは考え込むようにしばらく黙し、そして止まっていた歩みをゆっくりと再開した。隣に並んだまま、私も進む。
「……俺も、はじめはあまり好ましく思っていなかった」
その声は、私の明るさを装った声音とは真逆の重々しい低音だった。
「熊人は裏表がない。好きと言ったら好き、嫌いと言ったら嫌いだ。そういう種だ。……だがお前は、話す言葉が本心かどうかわからなかった。曖昧に誤魔化し、何か嘘をついているかのようにも、俺には見えた。だから好ましく思っていなかった」
的を射た指摘だ。確かに私は嘘をついているし、都合の悪いことは隠している。本能か観察眼か、ジオルドさんは正確に私を見抜いている。肯定するわけにもいかず、じっとその顔を見上げる。
「……だが、今は違う」
彼もまた歩きながら、深い青の瞳で私を見下ろす。固そうな唇を解き、落ち着いた低い声で。
「目が離せない、と思う。俺を頼りにするならば、助けてやらねばと思う」
目が細まり、わずかに口角が上がり。伸びてきた大きな手は、そっと私の頭を撫でた。
「だから、もっと沢山俺を頼ればいい」
友人と付き合うようにな、と。彼は頼もしくそう言う。
「……ええ。頼らせていただきます」
その言葉を聞いた私は知らずほっと息をついていて、自分が緊張していたことを知った。
――この日、私はこの世界で初めての友人を得たのだった。
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