第28話 木帝・剣帝・土帝と魔王・魔王軍
わたしはルーカスに言われるままにその場から出て行っちゃったけど、正直心配でたまらなかった。
ルーカスのあの姿……憎しみが実体化したもので、それに塗れるとあのような姿になってしまう。
実質悪魔と変わらないし、最悪は一生あの姿のまま……。
あんな姿になってしまったルーカスを、わたしは見たくなかった。
戦いが始まる前、ルーカスはわたしにその魔法を教えてほしいと頼まれた。
勿論、わたしは断固拒否だった。
あの魔法は自分の心を飲み込み、敵味方関係なく殺しまくって、最後は自ら苦しんで命を奪う……そんな恐ろしい魔法を教えるわけにはいかなかった。
でも、ルーカスは、
『頼む! 今回ばかりは負けたくはないんだ……だから頼む!』
と、わたしに頭を下げてまでお願いしてきた。
わたしは悩んだけど、そこまでされると断ることが出来なかった。
『ありがとうアンラ。これであいつにも対抗できる術が増えたよ』
ルーカスはそう言ってわたしに微笑んでいたけど、今思い返せば、ルーカスは相当焦っていたんだと思う。
このままでは自分は勝てないと思ったのかもしれない。
でも、わたしがあそこから出る直前、ルーカスはあの魔法を制御できるようになったと言っていた。
もしかしたら、あの魔法を本当に自分のものにしてしまうの?
そしたら、またいつものルーカスの姿を見れるのかしら?
「そんなことが出来たら……ルーカスかっこよすぎない?」
わたしは顔がどんどん熱くなっていくのを感じた。
また彼のいつもの顔が頭の中に思い浮ばせながら、ぼーっとひたすら走っていると、
「――――! 魔王様、ご無事でしたか! 我々も安心しました!」
「――――! フィル?」
「ええ、そうです魔王様。第二陣隊長のフィルです!」
わたしに突然声をかけてきたのは、眼の前の敵と戦闘を繰り広げていた第二陣隊長のフィルだった。
――――あれ?
わたし……戦場のど真ん中にいる?
「ったく、前を見ないで走ってたもんですから驚きましたよ。危うく頭切り裂かれそうになったんですからね!」
「う、うそ……」
ルーカスのことを考えているうちに、わたしはいつの間にかここに入り込んじゃったっていうの!?
はあ……わたしってドジなのかしら……。
「ありがとうフィル、お陰で助かったわ」
「これぐらい大したことないですぜ! 今は我らが優勢です!」
「わかった……あとはわたしに任せて! 一気にやっちゃうよ!」
「わっかりました!」
みんなこんなに頑張っているところを見たら、わたしも黙っていられない!
わたしは魔法を構築し始める。
「『イーシフ』!」
わたしの詠唱によって強風が吹き荒れ始め、敵たちはみんな飛ばされていった。
すごい……ルーカスの回復魔法は体力だけじゃなくて魔力も全回復している。
ルーカスって出来ないものないんじゃない?
こんなに強くて素晴らしい人を追放する理由が、わたしには本当にわからない……。
「やっぱりいたわね……。あ、魔王様ご無事だったんですね!」
「ディージャジャ! あなたもここにいたのね」
「はい! 魔王様のお顔をまた見られて嬉しいです!」
わたしの横に寄ってきたのは空部隊の隊長で、唯一の女の子のディージャジャだった。
彼女は無邪気にわたしのところに来たのも束の間、すぐに向こうの方へ視線を移した。
向こう側には樹木の根っこで覆われたところがあった。
ズルズルと樹木の根っこが地面へ潜っていって、その中から現れたのは3人組の人だった。
「やはりか……」
向こう側にいる3人を見て、フィルの顔が強張った。
ルーカスが言っていた特徴の通りなら、間違いなくあの人たちね。
「木帝、土帝、剣帝ね」
木帝カラー・ハキハ、土帝アキト・ツチダ、そして剣帝セイフ・フォスター。
ルーカスから聞いた情報だと、3人はティフィーや聖帝コウキ・アラミツほどの力は持っていないけど、油断は出来ない相手。
「――――げっ! 七帝の人たちじゃん!」
「おう、ヒサンじゃねえか」
わたしの後ろから声がして振り向くと、馬の顔が特徴的な第一陣隊長バカラだった。
「ご無事だったんですね魔王様! 僕も一安心しました!」
「ヒサンも無事で良かったわ……。そういえばバカラは?」
「それなら魔王様の後ろに……」
バカラはわたしの後ろを指さした。
指したほうへ振り向くと……眼の前に巨大な体がわたしの眼に映り込んだ。
「わあ! ごめんなさいバカラ!」
「――――大丈夫です」
牛の頭とどっしりとした体付きが特徴の、第三陣隊長バカラがいつの間にかわたしの後ろにいた。
咄嗟に謝ったけど、バカラって普段からこんな感じだから……本人は許してくれているんだろうけど、こんなふうに謝られるとすごく虚しい気持ちになっちゃうのよね……。
「魔王様、あの3人をどうしましょう?」
「多分戦うことになっちゃうわね。でも、1つ案があるとすれば……」
「ま、魔王様!? 何をする気ですか!?」
わたしは1つ賭けに出てみた。
もしかしたら、また七帝と戦うことになるかもしれない。
でも、これを伝えれば3人は戦意を失くすんじゃないのかなって思った。
「ねえ、誰か近づいてくるわよ?」
「誰? 女の人?」
「でも、人って感じじゃないっすよ? もしかして魔王軍じゃないっすか!?」
「あなたたちは七帝の人たちで良かったかしら?」
「え……ええ、そうよ」
「はじめまして、わたしの名前はアンラ・スルターンと申します。あなたたちが言う魔物の国シャイタンの魔王です」
「なっ……!? ま、魔王だって!?」
「魔王が来ちゃったらわたしたち負けちゃうわよ! ほ、ほら! アキト何とかして!」
「無理っすよカラー! 俺たちに魔王に対抗する力なんてないっすから!」
「ほ、ほらセイフも!」
「無理だって! 僕にもそんな力ないから!」
3人はお互い押しつけあって、わーわーと騒いでいる。
七帝の人たちっていつもこんな感じなのかしら?
見てるわたしも楽しそうに感じちゃう……。
「んん! 揉めている途中申し訳ないんだけど、わたしに対抗する気なのかしら?」
「えっ……敵になぜそんなこと聞くんですか?」
剣帝セイフはガタガタと震えながら、わたしに聞いてきた。
他の2人もガタガタと怖がっている。
「――――聖帝コウキ・アラミツはルーカスに劣勢状態」
「――――は?」
「氷帝ティフィー・ヒムロもわたしに負けて、もう頂点に立つ人は動けない状態。それでもわたしたちに対抗する気?」
わたしの話を聞いた3人はガクリと膝を落とし、絶望に陥った表情に変わった。
「そ、そんな……じゃあわたしたちはどうなるの?」
「僕達は殺されるのか?」
「一生牢獄生活とか嫌っすよ!」
「そんなことはしないわ」
「「え……?」」
「も、もしかして労働とか……」
木帝カラーの言葉にわたしは首を横に振った。
そしてわたしはその場にしゃがんで3人に近寄った。
「そんなこともしない。わたしたちの目的は七帝を殲滅させることじゃないの」
「じゃあ何すか?」
「この国の国王を殺すこと」
「「「――――!?」」」
3人は驚いたように眼を大きく見開くと、お互い眼を合わせた。
あまり、理解できていないみたい。
「つまりね、ルーカスとわたしはこの国の国王を潰して、わたしの国に吸収しようとしてるの」
「――――! しょ、正気なの?」
「本当のことよ。今、国王は聖帝コウキ・アラミツの術中に嵌っていて、完全に操られている状態なの。でももう元に戻せる方法は殺すことしかないの……」
「そ、そんな……」
「わたしたちは、完全に王様の言いなりになっていただけなのね……」
3人が顔を俯かせている時、突然通話魔法が発動された。
『あー、聞こえるかアンラ』
「ルーカス! 無事なのね!」
『ああ、コウキも降参したよ。こいついきなり俺に謝って来やがった。はは、全く変なやつだよ』
「ふふっ……良かったわねルーカス」
ああ、やっぱりルーカスの声を聞くだけでとても安心する。
何だか、顔が熱くなってきちゃった。
「あ、そうだ。今わたしの目の前に残りの3人いるから話してみる?」
『おう、頼む』
わたしはモードを切り替え、3人にルーカスの声が聞こえるようにした。
『おう、久し振りだな3人とも』
「この声は……本当にルーカスの声っすよ!」
「ほ、本当だわ……」
『ははは……お前たちは相変わらず仲良しだな。っとそんなことはどうでもいいんだ。アンラからは聞いたと思うが、俺たちは国王を殺し、ここをシャイタンの領地にしようと計画を立てているんだ』
「何で?」
『俺は七帝にいた頃からずっと思っていたことだ。自分の故郷がこんなにも荒れた国になってしまっていることを、俺は許せないからだ』
「「「――――!」」」
『お前たちもわかるだろ? この国の有様を。庶民たちの生活の困窮はますます酷くなってきている。俺がシャイタンに連れられてからしばらく経ったが、俺はこの国は素晴らしいと思っている。みんな平等で助け合って生活して……これこそが本当の幸せだなって思ったんだ。みんなだって幸せで充実した生活を送りたいだろ?』
「「「――――」」」
『それで3人にお願いがある』
「な、なんすか?」
『この国がシャイタンの領地になったら……お前たちには国を守る役割をしてほしいんだ』
「――――!? わ、わたしたちが!?」
『そうだ』
『わたしからもお願い!』
「その声はティフィーちゃん!?」
木帝カラーは氷帝ティフィーの声に体を前に乗り出した。
――――え……ティフィーが生きてる?
あの時聖帝コウキ・アラミツの攻撃で命を落としてしまったんじゃ……。
「大丈夫なの!?」
『ううん、一回死んじゃった』
「ええ!? じゃああなたはティフィーちゃんじゃないの!?」
『違うよカラー。一回死んじゃったけど、ルーカスが蘇生してくれたの』
そ、蘇生!?
ルーカスってそんなことも出来るの!?
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