幸せになれると思っていた

里見 知美

第1話

なぜ、こんなことになってしまったのか。


「アイリス…。君を愛していたよ。でも……婚約は白紙に戻された」



私の婚約者、ライアン様は言葉のない私を置いて、部屋を出て行ってしまわれた。


ライアン様と婚約をしたのは私が10歳の時。六年来の婚約者だ。私が18歳になったら婚姻をするはずだった。


だけど、あの忌々しい事件が起こって、目を覚ますと誰もが悲しそうな目をして、私の存在はなかったかのように無視される様になった。



あの日、私は友人のセイラ嬢と共に演劇を見に出かけた。とても評判の良い歌劇でチケットが取れたから一緒に行きましょう、と誘われたのだ。ライアン様は遠征で出掛けていて私もちょうど時間を持て余していたから、気分転換にと出掛けたのだ。その劇の帰り道、私の乗った馬車が襲われた。馬車は横転し、体や頭をぶつけながらも、なんとか馬車から這いずり出たところで、柄の悪い男たちに捕まった。おそらく殴られたのか、意識を失い、目が覚めると自宅のベッドにいた。体をチェックしてみたが、痛いところもないし、傷も見られない。ひどい目にあったわ、と体を起こして見るとベッドの脇でお母様が座っていらした。


「お母様、私……どのくらい寝ていたのかしら」


母は涙を流して、顔を両手で覆った。


「なぜ、私の娘がこんな目に……アイリスがこんな目に遭わなければならないの」


そう言って泣き続け、私は母の肩に手をおき、背を撫でて慰めた。その状況から、もしかすると私は傷物になったのかもしれない。意識を失って、男たちに暴行を受けたのだとしたら。青ざめて、言葉を失っているとお父様が部屋をノックして入ってきた。


「マリア、またここにいたのか。君はまだ休んでいなければいけないよ。さあ、部屋に戻ろう」


「でも、あなた…私、アイリスが不憫で不憫で……」


「ライアン殿が事件の詳細を調べてくれている。どうやらあの件にドビン伯爵家のセイラ嬢も噛んでいるようだ」


「やっぱり!あの女、ライアン様とアイリスの仲を邪魔しようとしていたもの!絶対あの女が何かしたのに違いないわ!」


セイラが何をしたと言うのかしら?私とセイラは学院に入ってからの友人で、あの日も歌劇のチケットを取ってくれた。特別仲が良いと言うわけではなかったけれど、あの日はとても楽しくて。いい友人になれると思っていたけれど。


「まだはっきり分かったわけじゃないんだが、私も証拠を集めている。もう少しで法廷に持ち込める」

「ああ、でもあなた。悔しいわ!私の、私たちの娘がこんな目にあったと言うのに、あの娘はのうのうと生きてライアン様にも言い寄っていると聞いたのよ」


なんてことだ。セイラが私に近づいたのは、ライアン様に近づくためだったのか。あの日の歌劇はエサで私はまんまとそれに食いつき、その帰りの馬車を誰かに襲わせた。それで私は、私は傷物にされたのだろうか。あの夜に起こったことを思い出そうとしても、思い出せない。霧がかかったようにあやふやだ。きっと脳が拒絶しているのだ。


「ああマリア、体が冷え切っているじゃないか。君までも倒れてしまったら、私はどうすればいい?さあ、もう休もう」


お父様はお母様の肩を抱き、立ち上がらせると静かに部屋を出ていった。部屋を出る前にふと私と目があったが、何も言わずに出て行ってしまわれた。


私は話す価値もない娘に成り下がってしまったのか。





それから数日、私の部屋にはメイドが来て掃除をしにくるだけで、誰も訪ねてはくれなかった。掃除に来るメイドも私とは視線を合わさず、静かに埃をはたき、窓を拭き、お辞儀をして部屋を出て行った。私はまるで忘れられた、いないものとして扱われ、来る日も来る日もベッドに横たわり、ゆらゆらと夢と現を行き来した。


何日経ったのか、体の調子も悪くなく立ち上がれる様になった私は、すっかり冬がれた庭を窓から覗いていた。雪がちらほらと降り、バルコニーの手すりにも雪が積もっていく。


「歌劇は夏の終わりだったのに、もう冬なのね。私、何ヶ月も眠っていたのかしら」


時間の経過がすっかりわからなくなっていて、何日寝ていたのか、何が起こったのかいまだに思い出せない。ぼんやり窓の外を見ていると、男の人が歩いてくるのが見えた。近づいてくる人影を見て、それがライアン様だと気がついた。


「ライアン様だわ!お見舞いに来てくれたのかしら」


私は嬉しくなって窓辺により手を振った。ライアン様は不意に顔を上げ、私に気が付いたのかハッとして私を凝視した。その顔にはいつものような笑顔はなく、顔を硬らせていた。


不思議に思って自分を見下ろせばネグリジェにショールを羽織っただけ。あっと気がついて周知に顔を赤らめた。


「こんな格好で、私ったら!」


私は慌てて踵を返し、ベッドに入り込んだ。髪を整え、上半身を起こし、お行儀良くベッドに座る。ベッド脇のテーブルにはお気に入りの詩集を置いて、ライアン様が部屋に訪れるのを期待してドキドキする胸を押さえた。


けれど、その日ライアン様が私の部屋に来ることはなかった。


誰もが私をいない者として扱っている。部屋の掃除は一週間に一度になった。誰かが訪ねてくることもなく、私はひとりぼっちだった。


なぜ。

私が何をしたと言うのか。


たとえ、傷物になったのだとしても、私のせいじゃない。いない者として扱われるのなら、修道院にでも預けてくれればいい。部屋に閉じ込められて誰との接触もなく、空気の様に生きているだけなんて。それとも生きている価値もなく、ただ朽ち果てていけばいいとでも思っているのか。


ひどい。確かに生き恥を晒すよりは、監禁しておいた方がよほど家のためにもなろう。でもそれなら、そこまで恥だと思うのなら、出家させてくれればいい。縁を切って追い出してくれれば、せめてどこへなりとでも行き、私のことを知らない土地で生きていけようものを。


私は癇癪を起こして、部屋中にある調度品を壊した。花瓶を壊し、鏡を割り、シャンデリアに椅子を投げつけた。そんな凶暴性が自分にあるとは思いもしなかった。その音を聞きつけたメイドが慌てて部屋に来て悲鳴をあげ、慌ただしく逃げていった。


ああ、この残骸を片付けなければならないメイドには悪いことをした。怪我をしなければいいけれど。私はふと我に返り、後味の悪さから部屋をうろうろした。お父様とお母様が慌ててやって来て、部屋の状態を見て青ざめた。


「あの…ごめんなさい。私、誰にも相手にされなくて、癇癪を起こしてしまったの」


「ああ、あなた!アイリスが」


「ああ。なんてことだ。神よ」


神に祈るほどひどいことをするつもりはなかったけれど、確かに部屋はひどい有様だ。以前の私がこんな癇癪を起こすことはなかったのだから、本当に申し訳ない。


「お父様、お母様、ごめんなさい。あの、私」


「このままでは収まらない…。やはり神官を呼ぼう」


「ああ、アイリス。ごめんなさい。ごめんなさい!」


お父様は青ざめて部屋を出ていき、お母様は泣き崩れて頭を床につけんばかりに謝り始めた。


「お、お母様、私が悪いのです。ごめんなさい。癇癪を起こしてこんな暴挙に出てしまうなんて」


「あなたの仇は必ず取るわ。だから安心してちょうだい。必ずあの女を貶めて見せるから、どうかどうか怒りを鎮めて頂戴」


あの女というのはやはりセイラのことですよね?あの方、まだライアン様に纏わりついているのかしら。本当に彼女が裏で糸を引いていたのだとしたら?私がこんな目にあっているというのに。ライアン様欲しさで私を貶めようとしたのだとしたら、許さない。


いつもは静かに閉じられる扉も、お父様が慌てて出て行ったおかげで、大きく開いたまま。メイドたちはたちすくんで母を見下ろし、誰も動こうとはしない。私はお母様の背を撫で、泣かないでと囁いた。


ピクリ、と母は泣き止み顔を上げた。


「アイリス?」


「お母様。私セイラ嬢に会いにいきますわ。大丈夫、心配なさらないで」


ぼんやりと宙を見つめた母を置いて、私はメイドたちに母を頼むと告げ、久しぶりに部屋から外に出た。


お父様はよほど慌てていたのだろう、玄関の扉も大きく開いたまま、家令もあたふたと部屋と外を行ったり来たりしている。こんなに慌てたお父様を見るのは初めてだわ、と思いつつ父の馬車に一緒に乗り込んだ。


「神殿まで急いでくれ」


御者にそういうと、お父様は扉を閉めた。


「なぜ神殿に行きますの?」


お父様が私の質問に答えることはなく、俯き両手を組んで額にのせ難しい顔をしたままだった。


「私が悪魔付きになったとでも?」


「そんなはずはない」


お父様はつぶやくように言うと、それきり言葉を発することはないまま、神殿についた。御者がドアを開けたので、私も馬車を降りた。あの日雪が降っていたと思ったら、今日はすっかり春らしい天気で神殿の周囲の桜は満開になっていた。


「季節感がおかしいわ。私どうしちゃったのかしら」


あの事件以来、寝ていても起きているようなふわふわとした感覚が消えないでいる。気がつけば数日経ってるような、それでいて目覚めが悪いわけではない。やはり、頭を打ったりして記憶が曖昧になっているせいなのだろうか。


桜の花を見ていると父は私を置いて、神殿に急足で行ってしまった。


「慌てん坊のお父様を見るのも初めてだわ」


それでも久々に外に出られた私は、少し浮き足立っていた。ここからセイラ嬢のタウンハウスまでそれほど遠くもない。御者に私はドビン家まで足を伸ばすから用事が済んだら先に帰ってねと告げ、歩き始めた。ひらひらと舞う桜の花びらに目を向け、ほんのり薄いピンクの花吹雪に目を細める。


ほんの1時間も歩くとドビン家に辿り着いた。以前来たときはもっと煌びやかな感じだったと記憶しているが、ずいぶんガタが来ているようで門は錆びて半開きで、蔓草が伸びている。門番もいないし、一体どうしたのだろうかと首を傾げ、中に入った。少し坂を上がったところに屋敷があるのだが、どう見ても手入れが行き届いていない。


「おかしいわね。住まいを変えたのかしら……」


玄関まで行くと、ちょうど誰かが出てきたところだった。声をかけようとして、それがライアン様だったことに気がつき、私は固まった。


なぜ、ここに、彼が。


思わず木陰に隠れ様子を伺ってしまった。


本当に、セイラ様と通じてしまわれたの?六年も婚約者でいて、あと二年で結婚する私を捨てて?愛していると言ったあの言葉は嘘だったの?


少し疲れた様子のライアン様は、おそらくはドビン家の家令である男性に何事か伝え踵を返し、私には気が付かず、坂を降っていった。玄関先には頭を下げ微塵だにしない家令の姿があり、その家令も打ち拉がれた様子だった。


財政難、なのかしら。ライアン様は王宮に仕える文官で、もしかしたら勅命を持ってきていただけなのかもしれない。あるいは、私に関係のあることで、調べられているのかもしれないわね。だって、あの時お父様が言っていた。ライアン様が事件の詳細を調べていると。


「こんにちは。セイラ様はおいでかしら」


私が声をかけると、家令は頭をあげ、玄関のドアを閉めようと扉に手をかけた。


「ちょっと!失礼よ。声をかけているのに、扉を閉めるなんて!」


私は慌てて家令を追いかけ、文句を言ったものの、彼は何も言わずため息をつき扉を閉め私の前に立った。睨みつけられているのかと怯んだが、彼が睨みつけているのは私ではなく階段の上、踊り場に立っている人に向かっていた。


「お嬢様。いい加減罪を認めてはいかがですか」


「スチュワート。私が何の罪を認めるというの!私は何もしていないわよ!」


「セイワール様は、諦めませんよ?」


「ライアン様は今は悲しい顔をしているけど、すぐ忘れて私に夢中になるのよ!アイリスの事なんかすぐ忘れるわ」


「人の心はそう簡単に変えられるものではありません。お館様が追い詰められているのが分かりませんか」


「お父様はもうダメね。悪事に手をかけるくせに、度胸がないのよ。すぐにボロが出るから捕まるんだわ。全く役にな立たない」


私は、何を聞かされているのか。階段の上と下の言葉のキャッチボールを視線で追う。


「私はね、家格が上というだけで、おバカで器量の悪いアイリスに情けをかけて歌劇に誘った。それだけよ。その後で誰に襲われようと私の知った事じゃないわ。その悪漢を手引きしたのも私じゃないわ」


「お嬢様がお館様にお願いされたのでしょう」


「そうだとしても、話に乗ったのはお父様よ。悪漢を用意したのもアイリスを襲わせたのも、お父様。私はライアン様さえ手に入れば、それでよかったのに」


「お嬢様は悪魔のような方だ。お館様は牢に入れられ、奥方様は離縁され、ご実家に戻ってしまわれた。あなたのお兄様は武官としても後の伯爵家を継ぐものとしてもご立派に生きていらしたものを、あなたが握り潰してしまわれた」


「スチュワート。あなた、無礼よ!誰に向かって口を開いているのかわかってるの!?大体、お父様が牢に入れられたのはお父様の悪事のせい、お母様との仲はすでに薄氷の上にあったようなものだったし、お兄様は無骨すぎて暴力沙汰を起こしたのよ!私のせいじゃないわ!今この家の主人は私よ!」


「私はお館様に使える家令で、貴女にではございません。この伯爵家はもう終わりです。屋敷にもあなたと私がいるばかり、メイドも侍従も全て暇を出しました。私はお館様が帰って来られるまでこの場を預かる者でしかない。それも数ヶ月のうちに方がつくでしょう。そうなればあなたも伯爵令嬢ではなく、没落貴族の娘で罪人でなければ平民落ちがいいところです。セイワール様に釣り合う立場ではないというもの」


「馬鹿にしないで!私は何があってもライアン様を手に入れるのよ!その証拠に今日だって彼はきてくれたじゃない!アイリスをなくして悲しみに暮れる彼を慰め続けている私に心を開くのは時間の問題だわ」


「ふざけたことを言わないで!」


それまで黙って聞いていた私は、セイラ嬢の勝手な言い草に我慢できず声を荒げた。セイラ嬢はびくりと体を震わせ、私を見た。大きく目を見開き、幽霊でも見たかのような顔になる。


「ひっ……え?あ、アイ、リス…?」


「そうよ。アイリスよ。あの忌々しいことは、あなたが仕組んだことだったのね。私は馬鹿みたいにあなたと友達になれるかもと喜んでいたわ。まさか、ライアン様を奪う算段をつけて私に近づいたとは、貴族令嬢の隅にも置いておけないわ」


私はセイラ嬢を睨みつけ、一歩、また一歩と階段を上がる。セイラ嬢はガクガクと震え顔色を悪くして後ずさった。


「す、スチュワート……」


震える声でセイラ嬢が家令の名を呼ぶが、彼は身じろぎひとつしない。まるで金縛りにあったかのように、肩で息をしているようだった。自分が招き入れたようなものだ、失態だと青ざめているのだろうか。でも今彼にかまっているわけには行かない。私はセイラに対して怒っているのだ。


「あの悪漢たちを押し付けたのはあなただったのね」


「ち、ちが、う。私じゃない…っ」


「ライアン様は侯爵家の次男で私の婚約者よ。なぜあなたが手に入れられると思うの。私を辱め、傷物にして。あなたが私の代わりに擦り寄ろうというわけ?」


セイラ嬢の顔は青を通り越して白くなっていく。吐く息までが白く、凍りついたようにその場に立ち尽くした。


「許さないわよ。あなただけは、絶対に許さない。たとえ地獄に堕ちようと、あなたを恨み続けるわ」


あの日を境に、私がどれだけ日陰物の扱いを受けたか、知らないでしょう?誰にも話しかけられず、親からも見捨てられ、無視され続けた日々を、あなたは知らないでしょう?そして、そうしている間にもあなたは自分の親兄妹を貶めてまで、自分だけ欲しい物を手に入れようとしている。私のライアン様を。


「あなたには絶対渡さないわ!」


私の中の怒りや悲しみがブワリと広がり、セイラ嬢に襲いかかった。


「きゃあっ!きゃあああーーーーーっ!ごめんなさい!ごめんなさい!私のせいじゃない!殺すつもりなんて無かったのよっ!殺せなんて頼んでなかったのにぃっ!」


セイラ嬢は泣きじゃくり、頭を抱えてしゃがみ込んでしまった。ごめんなさい、ごめんなさいと狂ったように叫び、頭を床に打ちつける。


私は数度瞬きをして、気がついた。気が、ついてしまった。




私は、すでにこの世にいないのだと。




だから。誰も私を目にすることはできず、誰も話しかけて来なかった。


だって、私は死んでしまったのだから。




あの日、馬車から引き摺り出され、私はナイフを首に突きつけられて、数人の男に凌辱された。屈辱的でライアン様に申し訳なくて、両親のことを考えて、私は突きつけられていたナイフに自分の首を押し付けた。男たちは慌てたけれど、ナイフは喉元深く切り込みを入れ、私は声を上げることもなく、事切れた。


私の遺体は、どうなったのだろうか。


どうか、ライアン様がその姿を目にすることはないよう、願うばかりだ。お父様とお母様にも申しわけないことをした。一人娘だったのに、もう少しで幸せな家庭を築くばかりだったのに、私は自分で自分の命を絶ってしまった。せめて、安らかな寝顔で死ねたらよかったのに。あの馬車の御者はどうなったのだろうか。目撃者だからと、一緒に殺されてしまったのかもしれない。可哀想なことをした。


ライアン様は、犯人を捕まえるため、奔走していたのだろう。とても疲れた様子だった。お父様も、お母様もそうだ。お母様は泣いてばかりだった。


ああ。


ごめんなさい。たくさんの人を悲しませてしまった。


その日、私は記憶を取り戻し、たくさん泣いてたくさん恨んだ。私の大切な人たちを苦しめ悲しませた人たちに呪詛を吐き、神様に懺悔をした。





桜の季節も終わり、初夏の風が吹き、蝉が鳴き始めた頃、ライアン様が私の部屋にやってきた。


「セイラ・ドビンがようやく白状したよ」


ずいぶん痩せて、無精髭が生えていた。こんなライアン様を見るのは初めてで、胸が痛んだ。ライアン様はベッドの脇の椅子に腰掛けて、虚空を見つめていた。私は彼の目の前に座り、俯き加減の彼の頭を撫でた。


「一年もかかってしまって、ごめん。ドビン家は色々悪事を重ねていてね。総浚いするのに時間がかかってしまったんだ。でも、ようやくドビン伯爵家は取りつぶしになって、親子ともども絞首刑の判決が出たよ。……ただ、セイラを除いては。本当はね、全員を法で裁かなければならなかったんだけど、僕はどうしてもセイラだけは許せなくて。罪を犯してしまったよ。だから、僕も罰を受けることになった。そんなことをしても、君を取り戻せるわけじゃないんだけど……」


「ライアン様」


「アイリス。君を愛していた。僕は本当に、君さえいればよかったのに、君を失ってどうして生きていられようか」


「ライアン様」


「自死できれば、どれほど楽か。何度も考えたけど君のご両親がそれだけはしてくれるな、と。アイリスが悲しむから、命だけはと」


私は泣き喘ぐライアン様を抱きしめた。


「ライアン様、愛しています。私は常にあなたのおそばに。あなたが天命を全うするまでずっとおそばにいます。だから生きて。私の分まで生きてください」


ライアン様はハッと目を見開き、手を彷徨わせた。


「アイリス、そこにいるの?」


「はい。ライアン様」


私はたまらず、ライアン様の頬に手を当てると、ライアン様は私の手に頬擦りをするように首を傾げた。


「ああ。アイリス。君に会いたい」


私の姿が見えないライアン様は泣きじゃくり、崩れ落ちた。


ライアン様。私はここに。あなたのおそばに。

愛しています。

ずっと、ずっと愛しています。

だからどうか生きて。

そして愛する方を見つけて、子を儲け、幸せになってほしい。




それから数年経って、刑罰を償ったライアン様は我が家の養子になった。セイワール家から頭を下げられ、後継のいなかった我が家はありがたくその案を受け取った。罪人ではあるが、アイリスのために仇を打ったライアン様を両親は喜んで迎え入れた。ライアン様は生涯結婚をすることはなく我が伯爵家を継ぎ、領地を盛り立てた。


ライアン様は屋敷中に私の居場所を設け、暇があればお茶を二人分用意し、ひとしきりその日あった出来事を話してくる。私は相槌を打ちながら話を聞き、どこへ出かけるにもついて行った。穏やかな日々が永遠に続くかと思われたある日、ライアン様が養子を取った。10歳くらいの男の子で、どうやら我が家の親戚筋から引き取ったようだ。


その子がすくすくと育ち、ライアン様の背丈を超えるころには、ライアン様はベッドの中の人になりつつあった。


「僕にももうそろそろ、お迎えが来るかもしれないな」


「あらあら。まだまだですよ、ライアン様」


「早く君に会いたいよ、アイリス」


このところ毎日のようにそうつぶやくライアン様に、私は困ったように微笑むだけ。両親はとうの昔に天に召され、ライアン様もお年を召されて、豊かな焦茶色の髪はすっかり白くなってしまわれた。


「もうすぐですよ、ライアン様」


あなたが光を纏われたら、結婚式をあげましょう。ずっとずっと一緒にいられるよう、神様にもお願いしましょうね。


私はそっと、愛しい人に口付けた。





















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幸せになれると思っていた 里見 知美 @Maocat

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