5.〈 04 〉
帰宅して、栗鹿の子と宇治抹茶入り緑茶をリビングに用意する。ティーバッグのやつ、少し低温で甘味を引き出すのよ。
それを食べつつ飲みつつ、予備校・学習塾のページを探す。思った通り少ない。短時間で高収入のお仕事だから、大学生たちにも人気があって競争がすこぶる激しい。この蜜漬け栗みたいに甘くはないってこと。
しかも国語担当者の募集なんて、いつもほとんど載ってない。小さい規模の塾だと、たいてい数学と英語だけだもんね。
アタシは別に「すべての教科の基礎になるのだから、国語を最重要視すべきだ!」なんて叫ぶつもりはないわよ。
それでも、日本の少年少女たちの国語力低下は嘆かわしいと、常々思っている。
もちろんのこと、数学で抽象的な論理力を磨くことは大切でしょうし、国際語としての英語を身につけることも同じく必要。そしてそれらに加えて求められる能力は、具体的な自分の気持ちを正しく理解・表現する技術、他人の気持ちを考えられる共感性、これらもまた有用だと思うわけよ。言葉の知識をひけらかすとか、そういうのじゃなくてね、つまりはホントの国語力なのよ。
ねえ文部科学省のお偉いさんたち、貴公らもそういう認識でしょ? なぁ~んて、
ていうか、駅でゲットした求人情報誌には、国語講師の募集など1つもなかった。
まあ想定していた結果よ。それで「ネット上で探すのもありだわ!」と気づく。
ノートPCを使い、アタシが望む条件を指定して、いざ検索実行!
「おお、1件ヒット!」
勤務先は電車で2駅のところ。4月以降、月曜~土曜、中1~高3、90分授業、1コマ6千円。とまあ、お休みが日曜だけになっちゃうけど、収入アップで好条件だわ。
このページから直接エントリーできるので、ダメ元で申し込む。面接時間は平日の昼間ならいつでも可。連絡用メアドはWEBメール〈omorimko〉を使おう。
よっし、お次はトンコだ!
《おいトンコ、マサコちゃん失業しちまった(涙)だから、中原駅から3駅の圏内にアタシがやれそうな国語講師だとかデスクワークだとか、4月以降のお仕事あったら、ぜひとも紹介して干し芋。》
待つこと、ものの数分で返信キターッ!!
《正子、塾でなにかやらかしたの? お仕事だけど、あいにく弊社は塾や予備校から講師紹介のご依頼を受けておりません。またデスクワークについては、中原駅から3駅圏内にもいくつかあるにはあるのですが、どれも簿記や会計士などの有資格条件つき案件ばかりです。あなた資格なにか持ってる?》
やらかしたの? ――アタシらの元彼がね。
簿記? ――以前1度やりかけて3日で挫折したっけ? だから青色申告のための帳簿はお父さんがやってくれてる。いつまでも頼りっぱなしはダメだよねえ。
会計士? ――なにする人? ソロバン弾く? ていうか、表計算ソフトとか使いこなす必要があるのかなあ。
《塾の方はだなあ、ちょいとばかり金銭的ゴタゴタがあってね、それで見限ってやったのさ。へっへへへ~。あと資格だけど、アタシは中学・高校の普通1種教員免許(国語)を持ってマスカットゼリー。》
雅彦に100万要求されたとかは、話がややこしくなるから省略しておく。
《教員免許を活かせる案件は、残念ながら弊社にございません。あしからず。》
クソ~、トンコの会社じゃダメか……。
《えぇウッソォ~、残念無念の教員ライセンスイカゼリー。》
《ところで正子、この前たて続けでお見舞いにきてくれたから、そのお礼をしたいと思うのだけど?》
《映画代出してくれるとか、ランチおごりとか、図書カード買ってくれるとか、優しい独身のイケメンを紹介してくれるとか、そんなこといいよ。だってアタシら親友同士じゃん? 親しき仲にも礼儀ありだから、きっちりお返ししなきゃだとか、別にそういうこと1言もいったり、1語もメールに書いたりするつもりなんて、サラサラないんだよ。そんな欲得ずくの邪心はすべて排除します! 無欲ファーストです! だからトンコ、お礼なんてイイヨカンゼリー。》
《正子のダジャレ、もうムチャクチャだようナシゼリー、という冗談は抜きにして、お礼は気持ちが大切だからね。次の土曜の午前10時に横浜駅まで出てこられる?》
洋梨ゼリーときやがったか。トンコのくせに! うふふ。
《土曜10時横浜駅ね。もちろん出て行けますヨーグルトゼリー。》
そういえば、あそこへ行くのも久しぶりだな。もう8年以上になるんだっけ?
前回あの駅を乗り換えで通ったとき、アタシは中3だった。
正男の11歳のお誕生日ということでお父さんに連れてもらってギャラクシーパークへ行った、あの土曜以来だよ。あのとき、トンコへのお土産に〈梅味ロケット煎餅〉を買ってやったんだよ。
その日のちょうど2年前にもお母さんと行った場所。なぁ~んて、しょっぱい風味の家族イベントをふり返っていたら、今度はWEBメールの転送キターッ!!
《大森正子様、当塾へのご応募ありがとうございます。現時点で他に5名の方からお申込みをお受けしております。書類と面談により2、3名を選考させて頂きたく思います。明日(3/9)午後1時に当塾へお越しください。その際、写真つきの履歴書をご持参願います。(担当:桜木花枝)》
採用されるのは1人じゃないのね。となると合格の可能性は高くなるけど、受け持てる授業は週2、3コマだ。
収入激減だけどニートのままでいるよりマシか。ちょいと希望が出てきたわ。
《満開サクラ進学教室 桜木花枝様、さっそくのご連絡ありがとうございます。ご指定の日時に参ります。どうぞよろしくお願い致します。》
そうと決まれば履歴書を作成せねばならぬ。善は急げ、鉄は熱いうちに打て!
ええっと、写真は1年前に撮ったのを使っていいよね? ――うん、経費削減ですよマサコちゃん。
それから教室までの経路もちゃんと確認しておけよ。――うん、正男のプリンターを拝借して地図を印刷しよう。
これで準備万端、メデタシだよ! なぁ~んて、高をくくってたんだけど、張り切って始めようとしたところが、履歴書1枚も残ってない! あれ、写真見つかんない!? しかもプリンターのインク切れちゃってるしぃ!! とまあ、テンヤワンヤでしたよ。トホホ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます