第5章 ニートでもハートに希望
5.〈 01 〉
犯罪者の心理なんて、アタシにはわからない。
もしかして彼らの胸中では、見つかりたくないという不安や恐怖や焦りのせいで気持ちがねじれて、逆に自分を探してほしいと願う思いが生じるのだろうか? それとも、あやつは単なるバカ者か?
オキハサム〈okihasam〉の正体は100%、絶対に雅彦〈masahiko〉です。
アタシも人のことはいえないけど、こんな単純明解なメアドで接触してくるとは、彼もそうとう追い込まれてるみたい。なんとも哀れなお話だこと。
「しっかし、女を弄ぶだけに留まらず、犯罪にまで手を染めたか。どうせキャンブルにでも嵌まり込んで借金作ってやがるのよ。元彼とはいえ実に情けない男だわ。でも、どう対処しよう?」
うーん、そうねえ、取りあえずはオキハサムが雅彦だという確証を得て、説得するのがセオリーだな。ここは1つ、ストレートに投げよう。
《おい雅彦、まだ間に合う! 犯罪者の中へ入ってしまうと完全にアウト、ゲームオーバー、しかもリセット不可!! 近衛君のこの先の人生はブラック1色の真っ暗闇なんだよ。この意味わかるかなあ?》
これで送信。さあて、どう出てくる?
こちらも万全で臨みたいし、ちょいとトンコに聞いてみるとするか。
《おいトンコ、雅彦の婚約者の名前と年齢知ってるか? あと父親と兄弟はいるか? 知ってたらそれも教えて栗金団。》
《近衛君の婚約者は23歳の金木水菜(かなきみずな)さんよ。小学校がワタシと同じだったの。その子は私立の中学へ行ったから、正子は面識ないでしょうね。お父さんの名前までは知らないのだけど、ワタシたちが小学6年生のときに離婚したわ。兄弟は2歳下の曜太(ようた)という弟さん。でも卒業後は彼女と会ってないから、今の家族構成は知りません。》
金木家は婿養子を迎えていたのね。その人が水菜と曜太の実の父親だ。
歳の離れた弟の星人には別の父親がどこかにいるのよ。つまり、金木夫婦が離婚した原因は妻の浮気という線が濃厚。マサコちゃん、名推理だね!
その先としては、雅彦に脅された曜太が星人を脅してアタシをラブホに連れて行かせ、隠れて写真を撮った。あるいは雅彦と曜太が2人で星人を脅したか。まあその辺りはどうだっていい。雅彦が首謀者なのは確定だからね。
《ご協力ありガトーショコラ。》
でも、トンコにしてはベラベラとしゃべってくれたものよねえ。お仕事以外で得た情報は漏洩しても問題ナッシングってか?
《さっき書き忘れたけど、個人情報の扱いにはくれぐれも気をつけてください。それから正子のダジャレ、いつもおもしろくないよ。》
《了解しまし鯛焼き! トンコには遊び心がたりてないね(笑)》
やがて夕方がきたけれど、オキハサムからの返信はこなかった。
アタシはもうお仕事に行かねばならぬ。
そういうわけで家を出て5分ほど歩くと、塾の建物が目に入る。
そこには見覚えのあるオバサンの姿。
「こんばんは」
「大森さん、ちょっとこちらへ」
「はい?」
なぜか建物の裏へ連れて行かれる。アタシをどうするつもり?
オバサン塾長は手にスマホを持っている。その画面がこちらに向けられる。
「あ!!」
なんと、例のアタシと金木君の写真です!
「これを送ってきたオキハサムという人の銀行口座に120万円をふり込んでほしいそうよ。理由は大森さんから聞けばわかるだとか。これ、どういうことなの?」
雅彦のやつめ、アタシがダメなら職場からせしめようって魂胆ね。しかも金額アップしてやがる!
「ええっとですねえ、それを送った男は、金木君のお姉さんの婚約者です」
「へ?」
「詳しいことは、講義を終えてからにしましょう」
「そ、そうね、約束よ?」
「はい」
今夜は
小学5年生の授業を終えて講師控え室に戻ってきた。
英語担当のバイト学生と「お疲れ様です」みたいな社交辞令を交わす。それで彼女は帰る。いつものことだ。
少なくとも20分は待つ必要がある。今日の塾長は中3数学の80分授業をしていて、しかもあの人ってば、講義に熱が入ると10分くらい平気で延長しちゃうからね。
もうちょい子どもたちのことを考えろってぇの! あなたは知らないでしょうけど、あなたの通り名は〈延長保育ババア〉なのよ。
壁のデジタル時計が21:01になった瞬間に塾長が入ってきた。やっぱ今日も10分オーバーだったね。
で、どうでもいいお約束の「お疲れ様です」を互いにいい合ってから、大事な方のお約束の話をした。
「つまり大森さんは
「そうです」
「ここにも請求がくるなんて迷惑なことだわ。警察に相談しなさい」
「そうしてもいいのですが、騒ぎになるとこの塾に風評被害があるかもしれませんからねえ。どう思います?」
「それはそうね。どうしましょう、困ったわ」
それはアタシだって同じよ。しかもこっちは、弟と父が大変な事態になっているという、トリプル困ったの状況なんだからね。
少し考えていた塾長が、唐突にポンと手を打つ。
「そうよ! 大森さん、あなたは今日でここを辞めて頂戴」
「へっ!?」
「いえねえ、一昨日のことがあったから、
「……」
ふん、さっき帰った4角の黒縁メガネ女ね。いかにも「あたしインテリです」みたいな英文科3年生。ムカつくわ!
「南海ちゃんの先輩で、国文学を専攻していた人がいてね、家庭教師の経験が長くて教えるのがうまいそうよ」
「……」
アタシも国文学を専攻していた人です。家庭教師の経験はないけど。
「今回のことだけじゃないのよ。以前から、大森さんはこの塾の風潮に合わないと思っていたの。だから双方合意ということで、今日限り講師契約を終わらせましょう。よろしいね?」
「横暴です」
「訴えないでね?」
「……」
まあいいか。こんなアタシの肌に合わない塾なんか辞めてやるよ! オールドミス延長保育クソババア!!
「2月分と3月の今日までのを、15日にまとめてふり込むようにします。それと退職金というわけではないけど、1万円多く払うから、手を打ってくれない?」
「できれば2万円多くでお願いします」
「1万2千円?」
「1万8千円!」
「仕方ないわね、中点を取って1万5千円よ。いいでしょう?」
「わかりました」
理不尽なことで定収入かつ低収入の職を失いました。手切れ金はスズメの涙ほど。
まさに前途多難。いきなり1人ぼっちになっちゃって、しかも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます