4.〈 09 〉

 しっかし、我が家はどうしちゃったというのよ!

 両親の離婚はつらかったけど、でもこの10年間、ずっと平穏な暮らしが続いてきたのに……。


「大森家に差し込む不幸の影。ふん、『水曜サスペンス』じゃあないのよ!! お父さんの無実はすぐに証明されるわ。正男だって、あ、そうよ病院へ行かなきゃだ!」


 連絡がこないのは状態に変化がないということだけど、取りあえずお父さんのことは伯父たちに任せて、アタシは正男の様子を見に行こう!

 ということで、家を出ようとしたら電話が鳴った。


「もしもし」

『大森さんですよね?』

「はい」

『今回のことでは大森数正氏も大変なことになり、心からお見舞い申しあげます。えっと、あなたは大森氏のお子さんでしょうか?』

「はい、数正の娘の正子です。そちらは?」

『やっぱり正子さんでしたか、お父さんからお聞きしていますよ。あ、申し遅れましたが、私は弁護士の鷹司耕次郎です。このたび大森氏の件を任されることになりました。どうぞよろしくお願いします』

「まあそうなんですか、助かります」


 さっそく手配してくれたんだね。やるじゃん町田市の伯父さん!


『まずは保釈金が必要になります。今すぐ現金300万円を入金してください。ふり込み先は――』

「あ、ちょっと待ってください。メモを用意しますから!」


 ふん、こりゃあ100%絶対に詐欺だわ。

 男のウソを見破ることにかけては女神級の女、この大森正子様をそんな口車でだませると思うなよ、インチキ弁護士オジサンめ! メモ用紙は最初からあるんだよ。

 で、さりげなく録音ボタンを押す。


「もしもしお待たせしました、番号お願いします」

『はいはい、東京UFO銀行の麻布幕内支店、口座番号が――』


 だまされてるフリを続けてメモを取る。


「あのう、念のためお聞きしますが、町田市に住んでるアタシの祖父から連絡があったんですよねえ?」

『は……?』

「町田市の祖父から連絡があったんでしょ?」

『ええと、はいはい。あいえ、ちょっと電波の方が。あー、すみません、もう1度いって頂けますでしょうか?』


 しらばっくれるな、バカ!


「アタシの祖父の大森熊吾郎から頼まれたんですよね?」

『あっ、ああはいはい、その通りです』


 引っかかりやがった! 熊吾郎は猪野さんのお爺ちゃんですから。


「よかった! 別に疑ったんじゃあないんですよ。さっき祖父から連絡もらったばかりで、それにしては早いなあ? と思いましてね。おほほほ」

『はいはい、ご心配されるのも当然です。ですが私はあなたのお爺さんから頼まれましたので、なんの問題もございません。私はですねえ、仕事が速いことをモットーにしておりまして、それで迅速に対応させて頂いているのですよ。あははは』

「わかりました。じゃあ300万円はすぐふり込みますので、どうか父のことをよろしくお願いします」


 通話を終えてすぐ伯父宅へかけた。知り合いの弁護士は一条さんなんだとさ。もちろん鷹司なんて知らないってよ。

 続いて警察に通報。通話中再生機能を使って、犯人との会話を向こうで録音してもらう。あといろいろと聞かれるので素直に答える。それで「ご協力感謝致します!」となる。マサコちゃん大手柄! へっへへへ~。

 さあて、中原総合病院だ。待ってろ正男、お姉ちゃんが会いに行くからね。


 集中治療室に入らせてもらった。

 頭を包帯で巻かれ、呼吸器や点滴のチューブやらがついている。

 この痛ましい姿の正男は目を閉じたまま。涙が込みあげて声が出そうになる。昨日まで元気だった子なのに……、うくっ……。


 アタシ1人の大森家に帰ってきた。お父さんのことも心配だよ。

 この不安と悲しみをトンコに話そうか? ――いいや、やめておこう。アタシには長い時間が経ってるように感じるけど、あの子の自殺未遂は昨日のことだもんね。


 ともかくお昼にしようと決めた。ちゃんと食べなきゃだ。

 マサコちゃん特製ミートソースのスパゲティがいい。少しは元気が出るはず。アタシたちそれ好きなのよ。

 今日はムリでも、また2人に食べさせてあげよう……。


 食後、家の電話で塾に連絡を入れる。開口1番、「今日は休みませんよね?」と釘を刺される。だから「行きます」と答える。これに対して「弟さんの状態はどうですか?」なんて返されることはなく、「ではお願いします、地味な服装とお化粧でね」とイヤミですよ。ため息を吹きかけて受話器を置く。

 と、ここへスマホにメールの着信。WEBメール〈omorimko2〉からの転送だ。


《大森正子様、こんちわっす。オキハサムです。添付の写真を見てもらってから、あなたと1番連絡を取りやすいメアドを使って空メールください。そうすれば用件をお伝えします。この件スルーしたら、どうなるか知りませんよ?(笑)》


 なんだこれ!? こいつも詐欺師かしら? ビーナピターじゃないよね?

 メアドのユーザー名が〈okihasam〉で沖は寒オキハサム。沖へ出ると海風が冷たくて寒い、ということか? そりゃあまだ3月だもんね、おバカさん。


 しかもヌケヌケと「1番連絡を取りやすいメアド」ですって。

 スマホのメアドを聞き出そうとしてやがるみたいだけど、誰が教えてやるかってぇの!


 で、添付の写真ね……、アタシ初めてだわ。このクリップマークをタップすればいいんだよね?

 あ、ちょい待ち! 不審なメールの添付ファイルは開いちゃダメダメ!

 でもなあ、スルーしたらまずいかも。たぶん脅しでしょうけど……。


 どうしたものかと悩むこと数分、1つの方針を打ち立てた。

 まずノートPCからWEBメールにアクセスして、この添付ファイルを「名前をつけて保存」で保存する。それをウィルスチェックして、問題なければ開いて確認。

 で、その計画通りにやってみた。


「やだ、ウソ??」


 なんと、アタシと金木君が写ってます!

 あの子が「逮捕される前に逃げましょう」とかいったときのショットだ。ラブホから離れる方向にアタシが引っ張られてる瞬間を撮られちゃったのね……。

 しっかし、こりゃあまずいわ。だって見方によっては、逆にアタシが少年をホテルに引きずり込もうとしているようにも見えるから!


 仕方ないので、同じメアド〈omorimko2〉で空メールを送ってやる。

 少しして返信がきた。


《大森正子様、さっそくのメールありがとう。写真見てくれたよね? それでオキハサムからのお願いなんだけど、東京UFO銀行に100万円ふり込んでほしいのよ。口座番号は次の通りね。そんじゃよろしく。スルーしたら写真ばらまくぞ。》


 思った通り強請ゆすりだったか。トホホ……。

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