4.〈 06 〉

 病院から戻り正男の部屋に入った。でもここの殿は不在。参勤交代にでもお成り遊ばしたのかしら?

 パソコンデスクの上にコンビニの袋が投げ出されている。アタシも好きなお菓子が入ってる。

 あとマンガ雑誌。スケベエな男どもが喜びそうな表紙だわ。そもそも女の胸なんてのはだなあ、ただ大きけりゃいいってものじゃあないんだからね!


「お、このカラメルコーン、コンビニ限定マシュマロ味だって!?」


 迷わず開ける。

 まずはお1つ。


「なかなかいける味だよ!」


 こうなってしまうとお昼ご飯を食べ損ねちゃったアタシには、とめられない終われない、カッラメルコォ~~ン♪ おっほほほぉ~~っ!

 サクサクサクサク、とまあ軽くてサクサクの食感がたまんないのよ!

 たかがジャンクフードだとか、決してあなどるなかれ。こんなにもお腹の中へ満ちて行くスナックは久しぶりだよ、マサコちゃん!

 だからサクサクサクサク、とまあ次から次へと食べちゃいますのよ。もう体重のことなんて気になんない!

 マンガの方もサクサクと読みつつ、食べ続けて数分が経ったろうか? なにかの気配がするので目を向けると、ドアの前に正男らしき男の姿。


「おいおい姉ちゃん、それっ!?」


 やはり100%無添加のマサオちゃんでした。


「なに?」

「なにじゃねえだろ! オレのカラメルコーンだよ!」

「浪人、吠えるでない」

「はぁ?」

「だってアンタ、こんなの別に減るものじゃないでしょ?」

「それは減るものなんだよ!! 食ったらそんだけ減るんだ! ていうか、あー、もう1つも残ってねえじゃんか!」


 あらまあアタシってば、いつの間にか全部食べちゃってる。てへへ。


「ねえ、これカロリーってどんくらいあんの?」

「そんなこと知るか! 裏にちゃんと書いてあるだろ? あいやいや違う、そんなのどうでもいい。オレがせっかく休憩用にしてたのにってことだ! そういう人の楽しみを勝手に食うなって話なんだよ!!」

「ごめんねマサオちゃん、お姉ちゃんがまた買ってくるから」

「もういいよ!」

「浪人、ふて腐れるでない」

「黙れバカ女! もう出て行ってくれ!」

「ふん、わかったわよ」


 なにさ、カラメルコーン1袋くらいのことで大の男が! 大恩ある姉様のアタシとどっちが大切だってぇの! なぁ~んて、ムカつきながら1階へおりる。

 爆弾テロのことを思い出したので、リビングに行ってテレビをつける。

 チャンネルをかえていると、そのニュースをやってる局が見つかった。


《日本人と思われる死亡者1人、20代くらいの女性。》


「なっ!?」


 アタシと同世代だよ。可哀そうに……。

 もっと詳しい情報をと、食い入るようにテレビ画面を見つめる。


《日本人と思われる重傷者が2人、20代くらいと30代くらいの男性が1人ずつ。それぞれ既にNY市内の病院へ搬送されています。2人とも意識はあり命に別状はない様子。》


「20代くらいの男性!」


 またイヤな予感が蘇ってくる。

 でも、20代の男性は世界に数億人いるよ。猪野さんだなんて、宝くじで1等があたる可能性より低いはず。

 あ、違うわ!! 今NY市にいる20代日本人男性はもっと少ない! しかも、20代女性と30代男性が一緒という条件を加えると、さらに限定される。4等ぐらいなら当選かもだ。

 と、ここへスマホにトンコから着信あり! またなにかあったのか??


「もしもし、トンコ!?」

『うん』

「どしたの?」

『正子、テレビのニュース観た? NY市の爆弾テロ』

「ちょうど観てるところよ! 日本人も被害に遭ってるんだよ!」

『うん。会社から連絡があったわ。その1人が猪野さんなの』

「げえっ!?」


 悪い予感が的中しちゃったよ!!


『亡くなった女性は、猪野さんの婚約者なの』

「なぬっ!?」


 なんと、なんとも惨い事件よ!!

 どうしてあんなに親切丁寧で善良な男性が重傷負って、婚約者まで失わなけりゃあなんないってぇの!? そんな世界、神も仏もないじゃない!! もっと他に、死んでも許されないぐらいの悪人なんて、たくさんいるじゃない!


「どうして?? ねえどうしてなのよ! トンコ命は大切なのよ! かけがえのないものなの、トンコわかる?」

『それをいわれると、ワタシ穴に入りたいわ』

「おっとごめん! アタシどうかしてるわ。トンコはなにも悪くない。トンコだって苦しかったのよね? それをアタシ、ちゃんとわかってなかった……」

『いいのよ正子、ワタシこれからは猪野さんの分も生きるわ』


 え??


「あ、あのトンコ、猪野さんは命に別状ないんでしょ? それとも違うの!?」

『あっそうね。ワタシも気が動転してて。猪野さんの婚約者の分も生きるよ』

「そうね、トンコはもっと生きて、ちゃんと恋をしなきゃだよ!」

『正子もね』

「わかった」


 大丈夫、アタシもトンコも人生これから。一花咲かせようじゃありませんか?

 電話を切ってからテレビも消して、2階へあがった。

 猪野さんにお見舞いメールと思ったけれど、でもやめておく。入院されてるならWEBメールとか読めないし、それよりもなによりも婚約者を失った悲しみのことを考えると、ちょっとやそっとの言葉ではどう仕様もないから……。


 リビングに戻ってニュース番組を観る。反米テロ組織が犯行声明を出したらしい。

 中途半端な時間にカラメルコーン1袋を食べたから夜は抜くことにして、塾へ行く時間までテレビを観ていようと思う。

 夕方になりお父さんが帰ってきた。事件のことと、猪野さんと婚約者の不幸を伝えた。


「許せないことだな」

「うん」

「それより正男はどうした?」

「あ……、出かけたのかも」


 あやつを怒らせたままだ。

 お部屋にはいなかったみたいだし、カラメルコーン買いに行ったか?

 と、ここへ家の電話が鳴った。


「もしもし、大森です」

『ええっと僕は、コンビニ〈フレッシュマート〉中原西店の者ですが、大森正男さんのお宅ですよね?』

「はい、そうです」

『正男さんが店の駐車場で事故に遭われまして』

「はい……?」

『先に救急車を呼んだので、すぐくると思います。倒れている彼の近くに財布が落ちていて、中に予備校の学生証があったので、ご家族に――』


 頭の中が真っ白! この聞き覚えのあるアルバイトさんの声が、ずっと遠くにあるような感覚なの。


「ちょっとお父さん! 正男が、正男があぁ!!」

「どうした!?」

「正男事故だって!! フレッシュマートで正男が!」

「おいこら落ち着け、父さんが聞くから貸すんだ」

「うんうん!!」


 父に受話器を手渡した。アタシの手はブルブル震えていて、それが体にも伝わってくる。

 車がぶつかった!? 正男になにが起きたってぇの!?

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