4.〈 07 〉

 事故発生のとき外でゴミ袋を交換していたお兄さんから父に伝えられたお話は、NY市のテロ事件ニュースより10倍もアタシを震撼させた。

 フレッシュマートの駐車場にゆっくりと入ってきた軽4車両が、急にスピードを出してオバアサンにぶつかりそうになった。

 近くにいた正男が、とっさにオバアサンを抱き込んでかわした。

 それで勢いがついて、そのまま後ろ向きに転倒しちゃって背中と後頭部を〈車止めブロック〉で強打したらしい。結果、正男は頭から血を出していて意識不明の重体。助かったオバアサンはピンピンしているそうだ。

 軽4はコンビニのガラス壁に激突して運転手も大怪我だという。


 聞いたアタシは駆け出そうとした。でも「正子、まずは落ち着くんだ! お前が慌てたところで正男の状態にかわりはない」と制止された。

 まず塾に電話して今日の講義を休むと伝えた。父が「塾に連絡しておけ」といってくれなかったら、危うく無断欠勤するところだった。


 父の車に乗せられて、フレッシュマートの前にきました。

 駐車場には事故車両と他の車両、そして救急車が2台あり、人だかりもできている。パトカーも道路脇に2台きている。お父さんの車は入れそうにないので、アタシだけ先におりて現場へ走る。

 正男はストレッチャーに載せられている。

 周辺にカラメルコーンが散らばっている。下敷きになって袋が破裂したのね。


「アタシがこの子の姉です! 正男はどんな状態なんですか!!」

「お姉さん、まずは落ち着いて深呼吸でもしてください」

「はい! すうぅ~、はぁ~~」


 うん落ち着いた。ていうか、アタシの息より正男よ!!


「弟さんは、意識がまだ回復しません。後頭部は止血しましたが、店員の方から聞いた話では、背中もかなり強く打っているようです。精密検査を受ける必要があります。これから搬送しますので、つき添ってください。受け入れ先は中原総合病院です」

「わかりました」


 道路の向こうにあるパーキングから父が戻ってきた。


「どんな具合だ?」

「意識が回復しないの。今から中原総合病院に運ぶって。アタシが一緒に乗るから」

「そうか。俺は店の人と少し話して、それから追いかける」

「すぐきてよ」

「できるだけ早く行くようにする。だが被害者の家族ということで、警察からなにか問われるかもしれない」

「わかったわ」


 救急車で中原総合病院に到着した。アタシたちが生まれた場所だ。

 正男は処置室に運ばれる。中に入れてもらえないアタシは、取りあえず父のスマホに連絡を入れる。

 しばらく待っていると父がやってきた。緊張の糸が切れる。


「あぁお父さん、ああぁ~、どうしよアタシが、あぁ~ん、アタシがぁ~」

「正子しっかりしろ! 今は落ち着つくことだぞ」

「違うの、違うのよ、ああぁ~~ん、アタシが悪いの! アタシが、あの子のカラメルコーンを食べてなきゃ!!」

「カラメルコーン?」

「うんそうなの、正男が楽しみにしてたの」

「ああ、あれは結構うまいからなあ」


 アタシは泣いて咽びながら、正男との1件について話した。


「気持ちはわかる。だがお前がカラメルコーンを食べてなくても、事故はいつどこで起きるかわからないものだ。な?」

「でも、でも正男だけが、どうして事故に遭わなきゃなんないの! 正男はなにも悪くないわよ!! 悪いのはアタシ、ああぁ神様、神様仏様どうかアタシを、こんな悪いアタシを代わりに殺して! 正男を助けてやって!! ねえお願いぃ~、うっ、うぐぅぅ~~、うわああぁ~~ん」

「お前が死んでもどうにもならんのだぞ!! だからもうカラメルコーンのことは気にするな!」

「違う違う、アタシが悪いのよ、悪いのぉ~、わあぁ~~ん!!」


 アタシは泣き叫びながらも、力をふり絞って立ちあがる。

 ハンドバッグをつかんで歩き出す。


「おいおい正子、どうした!? どこへ行くつもりだ??」

「カラメルコーンよ!! コンビニ限定マシュマロ味のやつ、正男に買ってきてやるのよ! ほら、あの子が目を覚ましたら、すぐ食べられるように」

「待て待て、お前そんなフラフラして外へ出るんじゃない!」


 確かに足元がフラついてる。しっかりしなきゃだ。


「平気よ、アタシ毎日歩いて鍛えてるもん。うん大丈夫! だからお父さんはここで待ってて。正男が起きたとき、誰もいなかったら寂しがるでしょ?」

「いやあ、しかしだな……」

「アタシはしっかりしてる。ねえ見て、もうフラフラしてないでしょ?」

「まあそうだな、少し外の空気を吸うのがいいかもしれん。だがくれぐれも気をつけるんだぞ、お前まで事故に遭ったら本末転倒だ」

「コンビニで転倒しやしないわ。だから行くね?」

「ああ」


 アタシは夜の街を小走りで突き進む。

 そして運悪く、曲がり角で人と衝突してしまった。


「おい姉ちゃんよお、ぶつかっといて侘びなしか?」

「あ、ごめんなさい! アタシ急いでるから」

「あ? 急いでたら、人に体あたりしても許されるってか?」

「だからごめんなさい」


 相手は2人組で、角刈りとパンチパーマ。よからぬ連中かもしれない。


「姉ちゃん、いい体してるじゃんか?」

「やめてください、離して!」

「おうおう、体で侘びてもらおうじゃねえか。なあ姉ちゃん?」


 なにこのベタなセリフ? 今のアタシ、犯され役の女みたいじゃない?

 でもドラマじゃなく現実なのよ、誰かに助けを求めなきゃ。

 あ、こっちに歩いてくるスーツの人、30歳前後のサラリーマン独特の雰囲気と油風味を放ちそう。え、猪野さん!? ウソ、正義の猪野獅子郎さん?


「キミたち、なにをしている?」


 あれ、違ってた! 別の油性サラリーマン仮面だったか。

 背格好だけは似ているけど、声も顔も違う。でも今は誰だって構やしない。


「すみませんオジサン、助けてください! アタシ襲われてるんです」

「おいおい姉ちゃん! 人聞きの悪いこというな!」

「そうだ! おれらは通行マナーを教えてるだけだっつーの!!」

「それならキミたち、もういいだろ? 手を離しなさい。それとも警察を呼んでほしいのか?」

「ちぇ、わあったよ」

「クソオヤジが!」


 チンピラごぼう風味の2人組は去った。ふうぅ~~。

 この人通りの少ない場所は、病院から駅までの中間地点で、日曜に金木君に連れられてきたラブホの前だ。


「キミは落ち着くまで少し休憩した方がいい」

「え!? やだあ、ちょっと、離してください!」

「大人しくしろ。さあ黙って歩け!!」

「やだやめて、離して!」


 金木君なんかよりずっと強い力で腕をつかまれて引っ張られる!!

 こいつもスケベエ男だったのよ! 結局アタシの体がお目あてなんだ!


「おっと、叫ぶなよ。怪我するぞ?」

「うぐぅ……」


 手で口を塞がれちゃった。アタシ一難去ってまた一難! どうしよ!?

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