4.〈 04 〉

 パワー不足のマサコちゃん、大ピンチです。

 でも腕力的には負けているものの、相手は子どもだからアタシの巧みな言葉で説得すれば、この難局だって切り抜けられるはず。やるしかない、やれるとも!


「金木君ちょっと待って! とても重要なことなんだから!! ねえ金木君ってば、聞いてよ!」

「はい、なんですか?」

「大人の年齢証明できるもの、なにか持ってる? 見た目で18歳未満だし、中学生だってことバレたら警察に通報されて、そしたらあなた逮捕されちゃうよ!」

「え!? そうなんですか?」

「ええ、そうなんですよ!!」


 逮捕されちゃうのはアタシの方なんだけどね。

 でも、この子が怯んでいる今こそチャンス、もうちょい脅してやろう。


「あなた刑務所に入りたいの? 家族にも彼女にも、長い間ずっと会えなくなるんだよ? そして毎日ビスケット2枚だけの朝食で、夜中までつらい強制労働をさせられるわよ?」

「ええーっ! それって本当ですか!?」

「さあ、真偽のほどはどうかしら? ちょいと小耳に挟んだことがあるだけ。アタシはそんなとこ入ったことないもの。今のアタシにいえるのは『まだ間に合う』ということ、そして『ホテルの中へ入ってしまうと完全にアウト、ゲームオーバー、しかもリセット不可!! 金木君のこの先の人生はブラック1色の真っ暗闇、かもよ』ということ。この意味わかるかなあ?」

「わっ、わかりました……」


 ほっ、どうにか説得できた。マサコちゃん危機一髪。ふぅ~~。


「それじゃ先生、逮捕される前に逃げましょう!」

「はっ??」


 今度はホテルから離れる方向に引っ張られる。だから痛いってば!!


「金木君、落ち着いて! 警察はまだきてないから、心配しなくても平気よ!」

「おおっと、それもそうですね。あははは」


 ようやく手を離してもらえた。もう腕が抜けそうだったよ。たかが中2坊やとはいえ、体力面ではほとんど大人の男性並みね。ちょいと思い知らされたわ。


「ねえ金木君、思春期の男の子が、ああいう場所に興味を持つのは仕方ないかもだけれど、でも条例とかいろいろあってね、つまりあなたにはまだ早いのよ」

「すみませんでした、もうしません」

「よろしい。それじゃあ今度は、ちゃんと家まで案内してくれる?」

「その必要はありません」

「え、どうして?」

「小説のことで兄に叱られたというのはウソです。先生をだまして、ここまで連れてこようと考えて」


 そういうことね! 要するに、ラブホへ行って大人の体験がしたいから、そんなサル芝居を思いついたんだよ。やはりこの中2坊や、すこぶるスケベエだわねえ。


「じゃあ、金木君はアタシとホテルに入りたかっただけなの?」

「はい」

「でもあなた、ちゃんと彼女いるでしょ? あの可愛い島家須美しまやすみちゃんが」

「須美は……」


 あ、ちょい待ち! アタシ失敗だったかも!?

 そうよ、お2人さん別れちゃったのよ! それでこの少年は深い悲しみに負けそうなんだ! アタシに慰めてほしいんだ!!


「あ……、あの金木君、もしかして須美ちゃんと?」

「須美のやつはどう見ても18歳未満だから、とても2人でホテルには入れそうにないから」


 違ってた! ていうか、この子たちって進んでるのねえ~。

 いやいや、そういうのは早いってば!! 中学生の正しい男女交際のあり方を教えなきゃだよ。


「だったら普通のデートをすればいいでしょ? 遊園地とかで」

「そういうのには飽きました」

「なっ」


 ムカつくわ! て、違う違う、圧倒されるなマサコちゃん!


「先生の初体験は、いつだったの?」

「あ……、あのねえ、そういうことって、女性に聞くものじゃあないわよ」

「わかりました、ごめんなさい。ボクもう帰ります」

「じゃあ、お家まで送ってあげようか?」

「お構いなく。大森先生さようなら」

「うん、さようなら。気をつけるのよ?」

「はい」


 金木君は肩を落として去って行く。反省してるみたい。

 しっかし、アタシの美貌も罪よ。ああいう少年を惑わしちゃうんだから。

 これからは塾へ行くときの服装とお化粧を考え直さないとね。マサコちゃんも反省しなきゃだ! トホホ……。


 さあて、午後からは『人気だす草なぎ君!』の続きを読むことにしよう、今日はパワーショベルもブログも臨時休業にしますので、と心に決めて帰ってきました。

 そしたら玄関で、父&弟に遭遇。


「ただいま~」

「おお正子、お帰り」

「お2人さん揃い踏みで、どちらへ?」

「横浜に先月オープンした、ブタ背脂スープが自慢の〈ブタ満タンらーめん本舗〉でガッツリ食って、それからボーリングしに行くんだよ。姉ちゃんもくるか?」

「こってり油系の気分じゃないし、体育会系のイベントも疲れるから、アタシはやめとくわ」


 机にかじりついてるアンタには、スタミナ補給といい運動になるだろうて。


「あ、でも夜も外食するなら、アタシを拾いにきてね?」

「そうだなあ、久しぶりに3人で行くとしようか」

「うん! じゃあどこにする?」

「ファミレスでいいんじゃねえか?」

「アタシも正男に1票」

「よしそうしよう。ボーリングの後どこかブラブラしてから、夕方6時半頃に戻ってくる。正子は準備しておけ」

「ラジャー!」


 そしてアタシはお家で1人静かに読書の女。

 3時のお茶前に『初版 人気だす草なぎ君!』を読破した。期待通りエッチシーンが満載でよかった。

 休憩を挟んで次は修正版に挑む。こちらは作品の完成度があがっている。虚史詩さんやるじゃん!


 月曜の昼過ぎに、塾長から連絡があった。

 少し話があるから15分ほど早くきてほしいんだってさ。早出しても、報酬なしノーギャラなのがつらいところ。

 で、イヤな予感がするの。昨日の金木君との1件かもしれないってね。


 そういうわけで19:00ジャスト、講師控え室に入ります。


「こんばんは」

「早くきてもらってごめんね」

「いいえ。それより、なにか?」

「2年生の金木君と島家さんが、ここを辞めたのです」

「へ?」


 アタシとのことが原因かしら。


「大森さん、なにか心あたりはありませんか?」

「えっと、その……」


 昨日までのことを伝えようか迷った。

 でもやっぱ打ち明けるべきだと思い、すべてを話した。

 そしたら「大変なことをしてくれました。非常にまずいです。塾生相手に行為をしているなどと悪い噂が流れてしまったら、こんな弱小塾なんてすぐに潰れてしまいます。だいたい大森さんは、服装にしてもお化粧にしても――」なんてお説教が始まったの。

 反論したいこともあるけれど、ここは黙ってお聞きしましょうぞ。

 マサコちゃん、お耳を10倍にして拝聴してあげますから。大昔の1万円札の人みたいになってね。

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