4.〈 03 〉

 朝食の後片づけをしてからリビングで心身を休める。

 でも心の底からはくつろげない。駅前の喫茶店へ行く? そこには誰が待ち構えている? そしてなにを要求される?


 お父さんに打ち明けて、念のためついてきてもらうのがいい? ――お店の中なら手荒なこともできないだろうし、やっぱり1人で行こうと思う。

 それとも正男が適任? ――でも大学で習う数学とかを今から会得してやるといって、もう2階にあがってお勉強タイム。

 じゃあトンコ? ――あの子も営業のお仕事大変みたいだし、資格の勉強だって頑張ってる。日曜の時間をムダにさせるのは悪い。


「どうした正子、悩みごとか?」

「ちょっとね。ていうか、体重増えちゃって。だからアタシも、ダイエットとかしようかなあって」


 ぼんやり新聞読んでるだけに見えてたけど、ちゃんとアタシの様子を気にしてくれてるんだね。やっぱお父さんはお父さんだ。


「若い女性が見た目を気にするのは当然だとしても、それも健康があってこそだ。決してムリはするなよ?」

「わかった。お父さんも、ずっと健康でいてね?」

「しおらしいじゃないか、不気味だぞ」

「もうお父さん!」

「はははは」


 よっし、決めた!

 喫茶店へはアタシ1人で行く。お父さんに余計な心配をかけちゃダメだし、お休みの日だからノンビリしててほしい。


「ところで正子」

「なに?」

「正男のパソコンのことだが、そろそろ返してやれ。あいつもプログラミングの勉強を始めたいらしい」

「えっ、パワーショベルを?」

「それとは違う別の言語、ビーだ。知っているか?」

「知らない」


 エッチの第2段階じゃないことくらいはわかるけど……。

 ていうか、アタシがパソコンを独占できるのもここまでだね。仕方ないよ、入試が終わるまでという約束だったし。


「そうかあ、正男もプログラミングをねえ」

「ああ。それでなあ、お前もなにやら頑張ってるみたいだし、手頃なノートパソコンを買ってやろうか?」

「えっ、それホント!?」

「もちろんだとも。長年に渡って家のことをやってくれてるご褒美だ。それと父さんにも少しは貸してくれよ。お前が使ってないときでいいから」

「うん! ねえどんなの買ってくれるの?」

「通販で5万くらいのを探すといい。それを注文したら正男にパソコン返してやれ」

「わかった」


 やったぁー、これでアタシもパソコン持ちだよ!

 やっぱ自分のでなきゃね。アタシみたいに遠慮深い人間は、借りっぱなしだと、気になって仕様がないんだもん。


 お父さんとアタシの部屋へ行って、大手通販サイトをチェックする。

 いろいろ比較して、本体価格4万4千600円、11.6インチのワインダーズ10搭載ノートPCを選んで決済完了! もちろんお父さんのクレカを使ってね。


 で、時刻は9時を過ぎている。

 出かける準備を整えて9時半に出発。死ぬなビーナピター、アタシが行くまで早まるんじゃない!


 そういうわけで駅前まできて、喫茶店の建物が目に入る。

 そこには見覚えのある少年の姿。


「えっ!? もしかして……」

「はい、ボクがビーナピターです」

「あらまあ!」


 なんと、アタシの初めてのネット交際相手は、金髪・黄玉のアメリカン好青年どころか、日本国内ご近所の塾で顔を見知った中2坊やだったのです!

 フルネームは金木星人かなきせいと。いつも生意気なことをいう少年。


「大森先生、きてくれてありがとう」

「うん。あ、えっとどうしよ、入る?」

「そうですね」

「なによ、中で待ってればよかったのに?」

「こういうところは中学生が1人で入っていいのか、わからなくて」

「そうねえ、別にダメってことはないんじゃないかなあ、お茶飲むくらい」


 実際どうなんだろ? アタシも中学のときはお父さんに連れて行ってもらった、あの秋葉原での1回限りだし……。

 ていうか、後で知ったことだけど、あれは特別な喫茶店なのよ。お父さんもスケベエだわねえ。


「金木君、なに飲む?」

「アメリカンコーヒーをブラックで」

「なっ」

「先生、どうしました?」

「あ、別になにも」


 アタシはダージリンのセカンドフラッシュを注文する。

 しっかし、中2でブラックコーヒーなんて飲めんの? アタシのお父さんでもお砂糖とミルクは入れてるよ?


「ビーナピターというのは、ビーナスとジュピターをくっつけて縮めたのよね?」

「そうです」

「アタシのブログを見つけたのは偶然だけど、掲載してるWEBメールアドレスが、塾の連絡用メアドに似ているからアタシだってわかったのね?」

「その通りです」


 よしよし、予想的中。

 で、本題はここからだよ、マサコちゃん。


「それで、金木君が死ななきゃならないほど悲しいことって、なに?」

「大森先生が教えてくれたWEB小説を印刷して、机の上に置いていたのですが、それを兄に見られてしまって」

「兄?」

「はい、7歳上の兄です。あの小説って15歳未満は閲覧禁止なんでしょ? そのことでボクは叱られました」


 あちゃー、アタシがお勧めした作品の中に〈R15〉のものがあったんだ!

 そこまで考えてなかったよ。ビーナピターさんが、まさか中学生だなんて思いもしなかったから。


「そうだったのね。悪かったわ」

「ボクの無実を証明しにきてください」

「どういうこと?」

「兄に会って釈明してほしいのです。ボクの家には父がいなくて、兄がボクの父のような存在なんです」


 そういうことか。この子より7歳上ということは、21歳前後ね。

 この子がイケメン候補生だから、お兄さんはイケメン青年の可能性が高い。アタシより2歳下だけど、もちろん許容範囲。て、いや違う違う! 私的感情は一切捨てるのよ、マサコちゃん。


「わかったわ。誠心誠意謝罪しましょう!」


 そういうわけでお店を出ることになった。

 コーヒー代もアタシが払うといったのだけれど、金木君が「お金のことはきっちりしておくべきです」といったので各自持ちになった。しっかりした子だわ。


 それから彼に連れられて歩くこと5分、ヘンな場所に着いてしまった。


「ここは大人の男女がくるところよ」

「ボクの体はもう大人だよ。背も大森先生より高いし」

「年齢の話です」

「でも……」


 未成年者と一緒にこんなところをウロウロしてちゃまずいわ。


「冗談は終わりよ。さあ、あなたのお家へ行きましょう」

「でも、ボクは本気なんです!!」

「え!? あぁん、ちょちょ、やだ離して!」


 いきなりアタシの手を握り、ホテルの入り口に向かって引っ張りやがる! しかもその力がハンパなく強い!

 中2のくせに大人の女を連れ込もうとするだなんて、まったくスケベエだわねえ。

 ていうか、ここへは絶対に入るわけにはいかない!!

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