第4章 大森家に差し込む不幸の影
4.〈 01 〉
今日と明日は、正男が国立2次に挑む大切な2日間です。正男の受ける大学では後期日程での選抜が廃止されているので、チャンスは1回のみ。
ともかくアタシは、いつもより早く起きてお弁当を作ってやった。
試験会場へは余裕を持って着くのが受験生のセオリーだけれど、そうかといって早過ぎると体が冷えてきたり、気持ちがソワソワしたりもする。だからベストなタイミングを見計らって家を出るべし。
沸かし立ての番茶を魔法瓶に入れて持たせる。お昼にはちょうどいい加減の温度になってるよ。
「晩ご飯は奮発してあげるから」
「ありがと」
「受験票、ハンカチ、ティッシュ、カイロ、下痢ストッパー、入れてる?」
「うん」
「消しゴムとか忘れてない?」
「大丈夫さ」
「勇気と希望も忘れてない?」
「もちろん」
「じゃあ行っといで、しっかりね!」
「わかった」
今年の正男は落ち着いている。問題なさそうね。
今年のお父さんは自分の大学で試験監督をするため、もう少し早くに出かけた。
アタシはお家で1人待つ女。10年前の昨日を思い返す。
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お母さんがいなくなってから、そろそろ3か月になる。家事にも慣れてきた。
正男が風疹にかかってしまい、木曜から町田市の伯父夫婦のところで預かってもらっている。そこは父の兄の家で、お婆ちゃんがいるから面倒を見てもらえる。明日くらいには帰ってこれそうだとか。
「正子、秋葉原へ連れて行ってやろう」
「アキハバラ?」
「そうだ。いつも家のことをやってくれてるご褒美だ。行くか?」
「うん、行く!」
まずはお昼ご飯ということで、アタシは生まれて初めて喫茶店に入った。
可愛らしいフリフリのお洋服を着ているお姉さんたちが、「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様」といって迎えてくれた。喫茶店って、すっご~い!
注文したチキンオムライスが2つ運ばれてくる。
それを見たアタシは「ウソ、ケチャップかかってないじゃん! テーブルの上にも置いてないし」と思った。「これぞまさしく『画竜点睛を欠く』というやつだよ!」と心からの叫びをあげた。覚えたての格言をね。
でも、そんな怒りはすぐに収まる。なぜなら、運んできたお姉さんがケチャップの容器を持っていて、この場でアタシたちの名前を描いてくれるから。
お客の目の前で〈最後の仕上げ〉を施すだなんて斬新。お姉さんやるじゃん!
アタシも、お姉さんみたいにお化粧すれば綺麗になれるのかなあ……。
で、このオムライス、見た目は綺麗なんだけど、味の方は普通以下のレベル。
これならアタシの方がもっとおいしく作れるよ!
喫茶店を出て、2人で周辺のお店を見てまわる。
歩き疲れてきた頃、魅力的なデジタルフォトフレームを見つけた。在庫処分品だから75%引きなんだって。秋葉原って、すっご~い!
お父さんが1万290円を出してくれて買うことができた。すこぶる嬉しい。お母さんがいなくなってから、アタシにとっては1番いい日になったよ。ありがとね、大好きなお父さん!
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さあて、ビーナピターさんにどう返信しようか?
アタシのブログを見てくれたんだから、まずはお礼だな。あとどんなところがおもしろかったのか聞いてみよう。
どういう人かも知りたいけど、プライベートなことは質問しちゃ失礼ね。でもまあ「アメリカ人ですか?」くらいならいいかも。
よっし、それで決まり!
《ビーナピターさん、ブログ見てくれてありがとうございます。どこがおもしろかったですか? あと、もしかしてアメリカ人ですか? よければ返信お願いします。ブログのコメントでもいいですよ。ていうか、ジャパニーズOK?》
これで送信。どんな返答がくるのかな? マサコちゃん
さあて、お買い物をすませてきて、昼飯タイムにしましょうか。
およそ30分で帰宅して、ちゃちゃっと明太子パスタを作って食べた。
よっし、頑張ってるマサオちゃんに〈お姉ちゃんパワー〉を送ってやるか!
《おい正男、国語できたか? 弁当食ったか? うまかったか?》
ムダに長いお昼休憩が半分過ぎた頃だね。1度家に帰ってこれなくもない時間だけれど、そうするとちょっと慌ただしくなるもんね。
5分くらい経って返信がきた。
《国語は結構できたよ。弁当うまかった。ありがとな、姉ちゃん。》
よっし! 午後はアンタの得意な数学だし、こりゃあいいスタートを切れたね。
明日は理科と外国語。今年のアンタなら英語もどうにかなるだろう。きっと受かるでしょうよ。
で、アタシは2階へあがる。
と、ここへスマホにメールの着信。WEBメールの転送だ。
《ビーナピター is 日本人、デース! そやからジャパニーズOKおたく。カムサハムニダ、シェシェ! そんでビーナピターの得意はハッキングね。つまり、I'm a ハッカー。ところでエムコはゲーム作る会社あるか、社長しとるんけ? ブログでワロタんな、〈獅子郎〉が〈迯・ュ宣ヮ〉に化けちゃうの、てなオチよ。エムコは小説とか読んどんかい、なんかオススメあるんかい?》
こやつはホントに日本人なの? 韓国人とか中国人じゃあないの?
それにハッカーだなんて、もしかしてパソコン使って悪いことしてる人なのかしら? 関わって問題ないか? 架空請求こないか?
あと、エムコは〈M子〉という意味なんですけど、もしかしてそういうゲーム制作会社があったりするの?
疑問符だらけね。まあ深く考えるのはやめておくとしよう。どうせネット上での交際なんだから。
それよか、小説のお勧めねえ……、今アタシが読んでるWEB小説でもピックアップして知らせようかしら? どんなジャンルが好きなのかな?
立て続けにメール送るのもなんだし、次は明日の朝にでも書くとしよう。ていうか、ブロンド&トパースの夢も、たった7時間で潰えちゃったね。あー残念!
固いチェアに座ってパソコンを起動する。お尻が痛くなってくる。やっぱ廉価品はダメダメ! 今度〈100均〉でクッションを買おう。
今日は条件分岐〈if~elseif~else文〉と繰り返し〈foreachループ〉を理解しよう。こういうのを使いこなせるようになれば、もう少しプログラムらしいものが作れるわけよ。
休憩を挟んで今度はブログのマイページを開く。
今日学習した内容を記事にして投稿完了!
「ふにゃ~~、疲れたよ~」
時計を見ると16:30になったところ。
マサオちゃん、1日目の試験終わったな。バッチリできたよね?
気をつけて帰っておいで。疲れてるだろうし、明日のパワーもつけなきゃだから、チョッピリお高い牛肉を買ってある。すき焼きなのよ、アンタ好きでしょ? ていうか、アタシとお父さんもだけど……。
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