3.〈 09 〉
駅を出てバス乗り場にきたけれど、附属病院行きは発車まで15分もある。
迷わずタクシーの方へ走って飛び乗る。飛び乗ったところでタクシーが空飛ぶわけじゃないけれど、やっぱりアタシはそうせざるを得ないの。
「横女医大病院までお願いします!」
「はい、発車しますね」
「親友が生死をさまよってるんです、急いでください!!」
「わかりました」
どれだけ頼んだところで、このオジサンは信号無視できない。
もどかしい! トンコのブタ鼻顔がチラつく。
過労死とかニュースでよく耳にする。あの子、資格の勉強だとか、最近は寝不足だとかいってたし、しかも契約取るために日曜もお仕事だなんて、もしかして営業ノルマのことで上司からきつく叱られてるのか?
あのノウブルビッグバンって会社、まさかブラックなの!?
いろんな憶測が頭を駆け巡り、ようやく病院前に着く。
お財布の中には、あいにく千円札が1枚もない。
「お釣りいりません!」
「そう? ありがとうございました」
ふん、5千円がなんだってぇの! トンコの命にくらべたらタダ同然じゃん!
早足で進みながらハンドバッグからスマホを取り出す。
「もしもしおばさん、着きましたよ!」
『1階ロビーで待ってるわ、大型テレビの近く』
「わかりました!」
走りたいけど、人の往来が多くて危ない。落ち着けマサコちゃん!
おばさんはすぐに見つかった。東棟へ向かい、エレベーターで5階にあがる。
廊下を少し歩き、番号510の病室に入る。
「ああっ、トンコ!」
「あら東子、気がついたのね」
2人して驚いたよ。トンコがベッドの上で上半身を起こして、なんでもなかったような様子でこちらを見てるから。
その顔の中心がガーゼで覆われていて、なんだか痛々しい。
「正子? お母さん?」
「あなた倒れちゃったのよ、覚えてないの?」
「ワタシ、なにも……」
「トンコ、アタシ心配したのよ」
「ありがとう、正子」
少し照れ臭そうにしている。可愛いね、このトンコってやつは。
「お仕事大変なの? ブラック企業じゃないの? ゆうべも遅くまで資格のお勉強してたの?」
ちょっと安心できたせいか、アタシってば矢継ぎ早に質問しちゃってる。
「ううん、そうじゃないの。昨日の夜中に猪野さんから『人気だす草なぎ君!』がメールで届いて、読んでたの。初版と修正版の両方を読み終えたら朝になってた。えへへ」
「は……?」
「え……?」
2人して呆然となったよ。徹夜で読破したってか?
あの小説は、文庫本にしたら800ページは優に超えるよ。それを1晩で2冊分とは、ウルトラ読み専のアタシも少しビックリ。上には上がいるんだね。
「トンコってば、ムチャし過ぎだよ!」
「そうよ。もうどうして東子は、いつもそんなに小説に熱中するのよ」
「ごめんなさい。読み始めたらとまらなくて、水曜まで有給取ってあるし……」
その気持ちはわかるよ。集中してたら、アタシもそうなるし。
でもねえ、もうちょっと体のこと考えなきゃだよ。
鼻血ですんだのは不幸中の幸い。尖ったところとかガラスとかに頭打ちつけてたらどうなってたかだよ。道でふらついて車にぶつかってたら、それこそ大参事だよ。
「お母さん、ワタシお腹すいた」
「朝食べようとしたときだったからね。なにか買ってくるわ」
「ワタシ、玉子のサンドイッチとオレンジジュースがいい」
「わかったわ。あ、その前に先生に診て頂かないとね」
おばさんはナースコールでトンコが目を覚ましたことを伝えてから、病院内のコンビニへ向かった。
トンコとは少し話せた。ブログはやってないんだってさ。それでもお勧めのブログサイトを1つ教えてもらえた。それと「コメントは簡単にはもらえない」とか「もしメアドを載せるなら不特定多数用のWEBメールを用意した方がいい」というアドバイスをもらえた。
4分くらいして、若い女看護師と担当医らしい白髪のオジサンがやってきて、続いておばさんも戻ってきたので、アタシは帰ることにした。
なにはともあれ、トンコが生きててよかったわ。
家に帰って、ブログのアカウントを作ることにした。
マイページのタイトルを〈M子のお勉強部屋〉にしようかと思ったのだけれど、ありがちなので、もっとカッコいいのを考えることにした。
それでやはり、アタシのパワーショベルの師匠とも呼べる猪野さんをリスペクトする意味で〈虚史詩さんの1ファンのお勉強部屋〉に決めた。
でも、〈虚史詩〉を無断で使うのはまずいかと思い直し、承諾を得るためのメールを猪野さんに送った。
ブログを始めようとしてることは書いたけど、パワーショベルのことは内緒にしておいた。これから作るアタシの記事がある程度まともになるまでは、達人さんに見てもらうのは恐縮だもん。
「昨日のやつの返信もきてないし、やっぱ猪野さん忙しいんだろうね。連続で送ったのはまずかったかな……」
お昼ご飯は軽くお茶漬けですませる。動いたわりには空腹じゃないのよ。
それから部屋に戻ると、猪野さんからの返信があった。
《大森さん、メールをくださりありがとうございます。まず先日のUSBメモリですが、返却は不要です。そして〈虚史詩〉はお使い頂いても構いません。その際に「虚史詩の許可を得ている」ことと「虚史詩は現在WEB創作活動を一切していない」という2点を明記して頂けると幸いです。どうぞよろしくお願い致します。》
ブログのアカウントを作った。ユーザー名は〈エムコ〉で、趣味は「小説を読むこと」と書いておく。
コメントじゃなくアタシだけにメッセージを送りたい場合にも備えて、新しいWEBメールアドレスを載せる。トンコのアドバイスに従って、もう1つ作ったのよ。
パワーショベルのお勉強をしながら少しずつ記事を書こう! なぁ~んて、張り切りつつ5日間が過ぎた。
けれどまったく反応ナッシング。こんな活気のないブログ生活、チョッピリ飽きてきたかも……。
そして迎えた2月25日の朝、いつもより早く起きたアタシは、いつものようにスマホをチェックする。
おおっ、転送メールの新着が1件あるよ!? やっと反応あったぞ!!
《My ハンドルネーム is ビーナピター、デース! ブログ、ミタヨ(笑)》
なんだこれ!? 外国の方かしら? しかもアタシのブログが笑えるってか?
もしかしてもしかすると、頭が
そうだとすれば「ホントの恋愛に向かって」があり得るかもよ。まあお相手が殿方かどうか不明だし、顔が見えない。可能性として低いか。あー残念!
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