2.〈 06 〉
まあこれでアタシも、文字化け現象のメカニズムが理解できたよ。
つまりね、テキストファイルが〈UTF-8〉というエンコードで保存されている場合に、その内容を〈Shift-JIS〉形式で取得すると化けちゃうということなんです。
そして、そんな誤った形式のままディスクに書き込みすれば、できあがるファイルは読み専アプリとかで開くと、意味不明な表示になるってわけよ。
そういう複雑なメカニズムによるイタズラで、この前の夜アタシが見て絶叫することになった、ヘンな漢字だか記号だかまったくわけわかんないのばかりで埋め尽くされている画面になるのです。わかりましたですかねえ? ――うん、マサコちゃん、チョッピリ教養高まったよ。
で、解説を終えて満足そうな表情の猪野さんは、ヨーグルトシフォンの最後の1口を食べて水を飲んでいる。
アタシは「小説ファイルも元に戻ったことだし、そろそろ帰るとするか」と思ったんだけど、でも猪野さんが再び口を開きます。
「もしよろしければ先ほど復旧させて頂きました小説ファイルに対して、正しい結合処理を行いましょうか?」
「え?」
「ですから大森さんがお望みになられていました、連載作品を1つにまとめる処理のことですよ」
「それって、すぐできるんですか?」
「はい。先日のプログラムに少し手を入れるだけで〈UTF-8〉として処理をするようにできます。そうしますと文字化けは起こりませんから」
「ほ!」
なんとまあ気性のいい男だこと! あっ、でもサポート代とかどうなのよ?
「猪野さん、質問いいですか?」
「どうぞ」
「それも無料?」
「はい」
なんとまあ気前のいい男だこと! ていうか、もしかしてもしかすると?
そうよ、やっぱりアタシの体がお目あてなんだわ! ――でも、今夜いきなりってのはさすがにねえ。ほらアタシ今日は下着だって、そのちょっとなんだし、そこまではマサコちゃん困っちゃうの。
そして2人は店を出て、手をつないでお城のような白いホテルへ。そこで楽しい結合処理を。なぁ~んて、そんなのダメダメ!
アタシはただ「お友だちから始めるのでも」悪くはないって思ってるだけだよ。せいぜいaくらいでとめとかなきゃね。ていうか、アタシなに考えてんだか、きゃあ、やだやだ!
「大森さん」
「は!?」
「どうかされましたか?」
あっ、えっと、なにかいわないと!
でも、さすがに例のマンネリズム「ちょっと貧血気味で……」は使い過ぎてるし、どうしよ?
「アタシ別に……」
「そうですか?」
「あのアタシ、今夜お父さんと焼肉食べて、あとカラオケ行くんですけど」
「それはさぞ楽しいことでしょう。お優しいお父さんですね?」
「ええ、まあ……」
「大森さん、もしかして時間をお気になさっておられますか?」
「いえ、焼肉は夕方からですし……、だからアタシ、なにも急いでるわけじゃあないんです」
「わかりました。では結合処理をすませて、それで今日は解散にしましょうか?」
あれ!? この男はホントに
どうなんだろ、こういうタイプってアタシ初めてだし、ちょっと読み切れない。どうしよ?
「大森さん」
「あっ、はいはい! えっとじゃあ、お願いしまっす、結合処理! 小説ファイルの方ですけど……」
「承知しました」
なんだか喜んでいいのかどうなのか、さすがのアタシにもよくわからない展開になってきてます。マサコちゃんドギマギ! なぁ~んて、思っていると猪野さんは「少々お待ちください」といって、チェリーエディターで〈combine.wps〉の編集を始めた。
そうよ、この人は今アタシのためだけに、懸命に働いてくれてる。だからアタシ待つわ、どんなにも待つわ、たとえあなたが――。
「できました」
「早っ!!」
ものの10秒ですよ。待った気がしないよ。どういうこと?
「文字コードを指定するためのパラメータ〈
「パラメータ?」
「はい。パワーショベルの各コマンドには、処理内容に応じてパラメータがいくつか用意されていたりします。ファイルの読み書きなどを行う際によく使いますコマンド〈
「ほお!?」
イマイチよくわかんないのだけど、猪野さん仕事ができる。すっご~い!
「テストも実施しておきましょう。しばらくお待ちください」
「わかりました」
およそ1分後、テストとやらが成功して、次は本番の結合処理。
それも数10秒で〈正常終了〉を迎えました。
「ではメモリカードをもう1度お貸しください」
「はい」
「今あるフォルダ〈Novels〉は〈Novels_backup〉に変更しますよ?」
「はい」
「今使いました〈combine_utf8.wps〉もコピーしておきましょうか?」
「無料?」
「もちろんです」
「じゃあお願いします」
「承知しました」
やったぁー、これも無料なんだって。すっご~い!
相手がトンコだったら8千円払わされてたかも。猪野さんでよかったわ。
「完了です。どうぞ小説をご確認ください」
「はい」
メモリカードを再びデジタルフォトフレームにセットして、読み専アプリで『人気だす草なぎ君!』を開いてみる。
「これちゃんと読めますよ!」
「そのようですね。そうしましたら〈Novels_backup〉の方は削除されるか、あるいは別のメディアに移動されるのがよろしいかと」
「そうですね、空き容量がかなり少ないですし。あっそうだ、USBメモリがあるんだった」
念のために持ってきてるよ。なんと用意のいい女だこと!
アタシのデジタルフォトフレームはUSB機器の接続も可能なんだけど、フォルダの移動方法がわからない。
だから猪野さんが代わりにやってくれる。至れり尽くせりだわ。この男、すっかりアタシの下僕よ。マサコちゃん大満足!
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