第14話(49話) 黒虎 

 お酒臭いミホちゃんに腕を抱きかかえられながら連れて行かれた先は、どうやら大衆居酒屋だった。

 そこでは、ガイダンスの後に配られたトートバッグを持った新入生たちが入り口の前で集まっている。ざっと見て20人くらいだろうか。どんどん居酒屋の入り口に吸い込まれていってるけど……。


 そしてその集団を動かす陣頭指揮をとっているのは……。あれ、ショウ?

 ていうか、よく見たらチラホラ『ブラックタイガー』のウインドブレーカーを羽織った先輩たちがいるような……。


「ねぇ、ミホちゃん。これって、何の飲み会?」

「えへへ~。何だと思う?」


「も、もしかして、まさかブラックタイガーの飲み会……?」

「ピンポーン! 当ったり~!」


 うわっ! 今一番入りたくないサークルの飲み会に連れてこられた!


 ていうか、ミホちゃんが腕にしがみついてるところをみんなに見られてるんですけど! なんか新入生たちから殺気を感じるんですけど! 離れてくれませんか!?


「さ、お兄ちゃんも行こっか!」

「いやいやいやいや! ちょっと待って、俺ぜんぜん行くつもり無いんだけど?」

「えー? せっかくここまで来たのにぃ?」


 ミホちゃん、悲しい顔をしながら俺の腕を両手で掴んでプラプラと横に振ってくる。あぁ、可愛い。何その可愛らしい仕草。


「わ、分かったよ。じゃあ、最初だけ、ちょっとだけね」

「わーい、良かったぁ! 早速入ろ?」



 またもや引っ張られ、入り口に入ろうとしたその時。


「あれ? お兄さんですよね? なんでここにいるんですか?」


ショウが声をかけてきた。


「ミホのことは見守ってくださいって言ったじゃないですか。今日は新入生のためのお食事会ですよ。お兄さんは対象外です」

「いや、あの、俺、実はミホちゃんの本当のお兄ちゃんじゃ――」

「ショウさん、違いますよ。お兄ちゃんは1年生なんです」


 ミホちゃんがフォローに入ってきた! けどこれってフォローになってなくね? 余計こじらせてね?


「え? お兄さん、1年生なんですか? もしかして、ミホと同じ大学に入るためにもう一度大学生やり直したとか? あ、もしかしてかなり浪人して入学したとか?」

「い、いえ、違います! 現役合格してますし、そもそも僕ミホちゃんのお兄さんじゃないんです!」

「え、え、え? どういうことですか? 浪人してないし、お兄さんでもない? ……ミホ、どういうこと?」


 ショウは混乱しているようだ。そりゃそうだ。誰だってそーなる、俺もそーなる。


「えーっと……、お兄ちゃんは、正確には本当のお兄ちゃんじゃないってことです」


 おい、ミホちゃん! その言い方は色々と誤解が生まれるって!


「本当のお兄ちゃんじゃない……。なるほど、複雑な家庭環境ってことなんだね。詳しく聞くのは止めておくことにするよ」


 案の定誤解されてる! もっと詳しく聞いてくれよ!


「お兄さん、お食事会の参加を許可します。その代わり、ミホには過保護になりすぎないようにお願いしますね」

「どちらかというと過保護なのはミホちゃんの方なのですが……。なんか、ありがとうございます……。」



 こうして、俺は結局誤解が溶けぬままブラックタイガーのお食事会に参加させられるのであった。




 店内に入ってみると、店内は2人~6人掛けのテーブルがたくさん置かれていたが、俺たちは一番奥にある「宴会場」に案内された。和室の店内のため、宴会場に行くために靴を下駄箱にしまう。

 それぞれの宴会場はふすまが閉ざされていたが、1箇所だけやけに外に声が漏れている場所が。


 ふすまを開けると――ぱっと見50人くらいだろうか、ワイワイがやがやと各々が話して盛り上がっていた。新入生とウインドブレーカーを着た人たちがびっしりと交互になって座っている。

 全員のテーブルの上には瓶ビールだったり、ピッチャーに色の付いたカクテルのようなものがたくさん置かれていて、いつでも宴会がスタートできそうな雰囲気だ。


 新入生は、どちらかというと男子の方が多い印象。ウインドブレーカーを着た先輩たちは、髪の色を茶髪や金髪に染めていてなんだか華やかな雰囲気。女子の先輩たち、みんなキャピキャピしてるなー。清楚っぽい雰囲気の人はミホちゃんくらいしかいなさそうだ。


 もしかして、ショウと一夜を共にしたと噂される女の子がこの中にいたりして……。その人と話すと思うとなんだかいたたまれない気持ちになるな。


 どうやら俺は最後尾の入場だったようで、席もなく端っこに座らされた。ミホちゃんはどうやら他の人が別の席を確保していたようで、イケイケな新入生の男子たちが座るゾーンに放り込まれていた。

 男子たちのテンションが一気に上がり、ミホちゃんにたくさん話しかけている。そりゃそうだよな、あんなに可愛い子が近くにきたらテンションあがるよな。

 でもお前ら知ってるか? 俺、ミホちゃんからお兄ちゃんって言われてるんだぜ? スターボックスのフラペティーナで間接キスしちゃってるんだぜ?


 少し勝ち誇った気分になったものの、端っこの席に座らされて遅れてきたからか話の輪の中に入れない。あぁ、やっぱりこういう席は苦手だな。早く帰ってアニメ見たい……。




 そわそわしながら待っていると、ショウが部屋の中に入ってきて、パンパンッと手を叩いて注目を集めた。


「新入生の皆さん! 『ブラックタイガー』のお食事会に来てくれてありがとうございます! 僕がこのサークルの代表、立川ショウです! 今日は思う存分、楽しんでいってください! 先輩たちとたくさんお話して、ブラックタイガーのことを好きになってくださいね!」


 部屋の人たちから拍手を受け、満足げな顔をするショウ。

 ショウってサークルの代表だったのか。案外まともなこと言うじゃんか。


「ありがとう、ありがとう! 皆さんグラスにお好きな飲み物を注いでください!」


 そう言われて各自、テーブルの上の飲み物を注ぎ出す。上級生が新入生に飲み物を聞いているようで、俺も隣に座っているキャピキャピした女子の先輩から飲み物を聞かれた。誰が見ているわけでもないのに格好つけてビールを頼んだ。


 みんなのグラスに飲み物が注がれると。


「皆さん、お手元にグラスは行き渡りましたかー? では、今日でブラックタイガーを好きになってくださいね! かんぱーい!!!」


「「「「「かんぱーい!!!」」」」」


 各々がグラスを一斉にコツりとぶつけあい出した。



 俺も近くの人たちとグラスをぶつけて「か、かんぱい」とぶつけてみると、最初は俺をハブいて話していた卓の人たち5人が、輪の中に入れてくれた。


 あれ、もしかして席についたときは気づかれなかっただけかも? 案外俺みたいな陰キャでも受け入れてくれるんだな。ブラックタイガー、結構良いサークルなんじゃね?



 ビールを一口飲みつつ、早速何を話しているのか聞いてみると。

女子の先輩たち3人は、それぞれ隣に座っている新入生の男子の腕に、自分の腕を通しはじめた。


「バディ制自己紹介ターイム!」

「「いぇーい!」」



 え、いきなり何ですか? 見ず知らずの俺みたいな陰キャにも腕を通すとか正気ですか?  一体今から何が始まるって言うんですか?

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