第5話(40話) 友達


 時刻は8時59分。急いで5号棟の2階大講義室に入った俺は、息を切らしながら重たい扉を開けた。


 中には大勢の新入生が、ワイワイがやがやと盛り上がっている様子だ。

 そして長机を挟んで3つ、新入生たちの列が。列の先頭には、今日のガイダンスで使うと思われるレジュメが数枚並んでいた。


 なんだよ、まだ全然ガイダンス始まる気配無いじゃん。急いで来た意味……。


 俺は少しガッカリしながら、息を整えつつ空いている席を探す。中央よりも前の端の席に座ることにした。

 席にかばんを置いて場所を確保し、列の最高尾に回り込む。

 

 俺の列の前の人は、古着だろうか、黒いペイズリー柄のかなりゆるっとした分厚めのシャツに、これまたダボッとした紺色デニムを履いている茶髪パーマの男。大きなヘッドホンをしながらポケットに両手を突っ込んで並んでいる。

 うわ、なんかオシャレだなぁ。こんな見た目してるやつが本当に新入生か? 俺とは今までの住む世界が違ってそうだな……。



 不思議に思いながら列に並びつつ、レジュメを全て回収して席に戻ると。


 まさかのそいつが横に座っていた。


 うわ、まさかの隣かよ! こいつ、絶対陽キャだよな。なるべく変に思われないように黙っておこう……。


 俺は陽キャになる目的を忘れれて萎縮し、目線を下げてレジュメを読むことに専念することにした。



 列が途絶えることはなく、なかなかガイダンスが始まらないのでレジュメをつらつらと読んでいると。

 横から警戒していた男に声をかけられた。



「ねー。君さ、ボールペン持ってない?」

「え? あぁ、ありますよ。どうぞ」


 初対面なのにタメ口? まぁ同学年だから別にいいけどさ。

 筆箱からボールペンを手渡す。

 こいつ、イケメンだけど18歳っぽいイケメンじゃないというか、明らかに18歳の見た目じゃなさそうというか……。


「おー、サンキューな。まさか初日から筆箱忘れるとは思わなくって。君、話しかけやすそうでよかったわ」

 

 そいつはニコっと微笑みながらボールペンを受け取ると、両手を合わせて軽くお辞儀した。

 あれ? なんか、意外と良いやつっぽいかも。


「いえいえ。色々と記入する欄あるし、ボールペン無いと今日しんどそうですもんね。今日一日お貸ししますよ」

「え? いーの!? サンキュー! お前、いいヤツだな! あ、俺、須藤カケル。よろしく!」


 須藤カケル、とやらは俺に向かって手を差し出してきた。握手だろうか。俺もすかさず手を出して握り返す。


「あ、俺、日笠ヨウって言います。須藤さん、よろしくお願いします」

「おう、じゃあこれからはヨウって呼ぶわ! 俺のことはカケルでいいし、タメ口でいいよ」

「お、おう。じゃあ、カケル、よろし――」

「ま、俺2浪だけどね」


 あ、やっぱり歳上ですか? そんな気がしたんですよね。


「あ、なるほど……。じゃあ、歳上だしやっぱり敬語で――」

「いや、いいっていいって! 普通にタメ語でいこうぜ、同じ学年なんだし」


 じゃあ食い気味に2浪って言うなや!


「お、おう……。じゃ、じゃあやっぱりタメ語でよろしく」


 ちょっとまだ掴めない人だが、悪い人では無さそうだ。だが、今まで俺が生きてきた人生の中でつるんでいた男子の中では、明らかに陽キャに見える。これは、こいつと一緒につるめば陽キャに近づけるんじゃ……?


「うい、よろしくな! ところでさ、ヨウはどこか入るサークル決まった?」

「え? いや、声はかけられてるけど、まだ決まってないかな……」


 そういえば勧誘を避けてばかりで、どこのサークルに入ろうかなんて全く考えてなかったな。


「そーなんだ。でも、声かけられるだけまだ羨ましいわー」

「え? そうなの?」

「俺、2浪してるしこんな見た目じゃん? だからさ、多分俺、新入生に思われてないっぽいんだよね、誰にも話しかけられねぇんだよ」


 なるほど。確かに俺が見ても同族に感じないもんな。そりゃあ先輩方も判別つかないわけだ。


「だからさ、これからはヨウと一緒に行動させてもらって、俺もサークルに新歓されるように手伝ってほしいんだわ」

「……ん? カケルが俺にくっついて来れば、俺と一緒に声かけてもらえるかもしれないってこと?」

「そう! そういうこと!」


 こいつ、俺のことカースト的に下に見てるな? まぁ、実際そうなんだけどさ……。


「わ、わかった。ついてくるのは全然構わないけど、俺、何人か大学に知り合いがいて。その人たちと話してるとき、お願いだから勘違いだけはしないでほしいんだ」

「は? 勘違いって?」

「あー、えっと、俺、今シェアハウスに住んでるんだけどさ。そこの住人の人たちも大学通ってて。もしかしたら、会って変なこと言い出すかもしれないなーって」

「へー! お前シェアハウス住んでるんだ! かっけーな! 変なことってよくわからんけど、まぁ行き当たり場たりでなんとかなるっしょ」


 カケルはどうやらあまり興味がなさそうだ。絶対勘違いしてくれるなよ。俺は言ったからな。




 こんな感じで他愛のない会話していると、ガイダンスが始まった。


 教科書はコレを買え、パソコンで大学のアカウントを作成しろ、履修する授業と単位〆切までに提出するように、だとか、事務的な連絡がほとんどだったが、改めて大学の仕組みについて知る機会となった。


 俺はついに大学生になったわけか。こうしてガイダンスを聞いてると、なんだか成長した気分になるな。


 チラッと横を見ると――。カケルは机に突っ伏して両腕で顔を隠し眠っていた。

 おい! 結構重要な話してるぞ! こいつ、後で俺に全部聞いてくる気だな……。




 ガイダンスは休憩を挟んでお昼まで続き、しっかり大学の仕組みについて叩き込まれた俺たちは、外へ出る前に2階の窓から外を見下ろした。


 早速外では上級生たちが新入生たちを勧誘するために溢れんばかりの人でごった返している。


「あー、羨ましいなぁー、俺も勧誘されてー!」

「俺が横にいればきっと勧誘されるんだろ?」

「そうだと思うんだけどさー、俺のせいでヨウも上級生っぽく見られちゃったりして……。うわ、あそこ見てみろよ、すげー人だかりができてる」


 カケルが指差す方を見てみると、そこにはものすごい人数で新入生を囲っている集団が。



 よく見てみると、その中心には、フリフリのピンクのブラウスにトレンチコートをはおった女の子が。


 あ、村本さんだ! また囲われちゃってるのか。可愛いっていうのは大変なもんなんだな。ていうか、早く誤解を解きにいきたい……。


 ん? あれ、待てよ。もう1人、同じように勧誘受けてる人がいるぞ。

 グレーのスウェットに黄色い『JAJA』の文字……。




 あれ!? もしかして、リオ!?

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