第2話(37話) 自信喪失

 『ファッションセンスが無い人は、どんなに良い服を着てもオシャレに着こなすことができない』


 確か、どこかのネット記事で読んだことがある。



 上半身は赤、下半身はピンク。

 

 窓ガラスに映る自分の姿を見て、驚愕する俺。



 目立つことを意識しすぎて、配色が絶望的なダサさになってる!



 大学で恥を晒す前に、言われてよかった……。




 さて。俺のことをダサいと言った、モデルのようなスタイルと整ったキレイな顔立ちをしているリオの方だが。


 胸のあたりに黄色い横文字で『JAJA』と書かれたゆるっとしたグレーのスウェットと、水色のスキニーデニムを履き、これまたゆるっとしたベージュのチェスターコートを羽織っている。


 

 シンプルな格好なのに、モデル体型だからかめっちゃオシャレに見える。『JAJA』って、あの『JAJAの奇妙な冒険』のことだよな? アイツどんだけキャラ物の服持ってるんだ? まぁ今回はキャラ物じゃないけど、それにしてもなんでこんなオシャレに見えるんだ?



「アンタさ……。まさかその格好で大学に行こうとしてないよね?」


 リオからの鋭い質問。

 うっ……。この格好で行こうとしてました、なんてとてもじゃないけど言えない……。


「そそそ、そんなわけねーじゃん! これは、なんだ、その……、気分だよ! 気分を上げるために着てるんだよ」

「……はい? 気分を上げるためにそんな格好してんの? アンタ、まじキモいね。大学行くだけなのに意味わかんない」


 苦し紛れの言い訳。そりゃそうだよな、言ってる俺だって意味わかんねーし……。


「う、うるせーな。初日が大事ってよく言うだろ」

「いや、意味分かんないし。クソダサいアンタと同じ家に住んでるって大学の他の人たちに見つかったら、恥ずかしくて大学通えなくなるわ。本当にそれ着て行くの、一生やめてよね」

 


 そこまで言わなくてもいいだろうに。ひどい、ひどいよ……。



 リオは「やれやれだぜ」と、JAJAに出てくる主人公のセリフを吐きながら、エリナさんの元へ近づいた。


「エリナさん、おはようございます」

「うん! おはよー」

「今日から大学生活が始まるので、挨拶しに来ました。改めて、これからもお世話になります、よろしくお願いします」

「うんうん。リオちゃん、よろしくね。たくさんこのERINA'S HOUSEで、一緒に思い出つくろうね!」


 エリナさん、やたら自分の家のことERINA'S HOUSEって強調したがるよな。

 

 エリナさんはニコッとリオに笑顔を向けながら握手をすると、俺の方にパッと顔を向けた。


「ヨウくんも。リオちゃんと一緒に、たくさん思い出つくろうね!」

「はぁ!? なんでワタシがコイツと思い出なんか作らなきゃ作らなきゃいけないんですか!?」


 リオ、信じられないというような顔をしている。


 おいおい、お世辞でエリナさんも言ってるんだろうから、そんなところで突っかかってくるんじゃねーよ!



「ありがとうございます。……お、俺、早速気分上がってきたので、着替えてきますね、はは、ははは……」


 さっきのエリナさんのぎょっとした態度の原因は俺がクソダサい格好をしていたことだったと気づき恥ずかしさがこみ上げて堪えられなくなってきたので、そそくさとリビングを出ることにした。




 ……だめだ、完全に思い上がってた。陽キャになるための服って、目立ってなんぼ、って訳じゃないんだな……。大人しく、最初に着ていこうとしてた服に着替えるか。



 陽キャになれると思って着た矢先。クソダサいと言われて恥ずかしさがこみ上げテンションも下がった俺は、元通りウニクロの白シャツとグレーのカーディガンに着替え直した。




 時刻は8時半。部屋から出て玄関で靴を履いていると、後ろから「いってらっしゃませ」と抑揚のない声がした。


「うおぉ!?」


 背後の人がいる気配を全く感じなかったので驚いて後ろを振り返ると、きれいな黒髪をポニーテールにくくった管理人のハルカさんが、俺に向かってペコっとお辞儀をしてきた。


 高身長でスラっとしていて相変わらず姿勢も良く、黒いスーツ姿がビシッときまっている。外国人のようなキレイな顔立ちだが、そこに笑顔は一切なく、無表情。なんだろう、もしかして怒ってんのかな?


「あ、ハルカさん! い、いってきまーす」

 

 なんだかびくびくしながらお辞儀をすると、リビングの方から「ハルカー! ちょっと来てー!」とエリナさんの声が。


 すると、ハルカさんは一気にクシャッとした笑顔を浮かべ、「はーい! 今行きまぁす!」とタタタッとリビングに駆けていった。

 本当、毎回忠犬みたいな反応してエリナさんに尽くしてるなぁ……。




 玄関を開けると、外は雲一つない青空。めちゃくちゃ天気が良い。


 大学までは、ERINA'S HOUSEから徒歩15分。駅の近くに大学があるので、交通費も浮いてちょうどいい。


 館の門の外を出て早速向かうと、平日だからか、スーツを着たイケてるビジネスマンだったり、コツコツとヒールの音を響かせるキャリアウーマンが闊歩していた。 

 田舎に住んでたから、朝にこんなにイケてる人たちが歩いてるところなんか、もちろん見たことがない。



 これが東京の朝なのか。これがイケてる人たちなのか。これが俺の通学路になるのか。


 やべぇ、どうしよう、こんな俺みたいな陰キャがこんな道歩かせてもらっていいのかな……。


 クソダサいと言われて自信を無くした俺。

 陽キャになる夢を抱くどころか、気持ちが陰キャにどんどん向かっていって、歩くことさえ恥ずかしくなってきたのであった。





 大学に近づくにつれ、除々に大学生と思われる人たちがチラホラと現れ始める。


 俺、ちゃんと大学生活やっていけるかな、大学で浮かないかな、ちゃんとこれから陽キャになれるかな、友達できるかな、彼女できるかな、そして童貞卒業できるかな……。

 

 緊張で心臓の鼓動がどんどん早くなってきたのを感じつつ、色々な心配事を頭によぎらせながら歩いていると、遂に、大学の校門が見えてきた。




 横断歩道の向こう側では、門の前にものすごい人だかりができていて、お祭りのごとくガヤガヤと賑わっている。


 おそらく大学1年生ではなさそうな人たちが、新入生と思われる人たちにビラを配ったり、ひたすら声を掛けているんだが……。


 あの人たち、何やってるんだ? もしかして、新手のナンパか? 今からあんな人だかりの中に入っていかなきゃいけないとか、めちゃくちゃ怖いんですけど……。



 横断歩道の色が青に変わり、恐る恐る門に近づいていくと。

 キョドりながら歩く俺のまわりに、案の定上級生と思われる人たちが一斉にビラを持って集まってきた。


「君、フットサル興味ある? よかったらこのビラもらってよ」

「落語研究会でーす、よろしくお願いしまーす!」

「どこに向かってるの? 構内、広くてよく分からないよね? 私が案内してあげようか?」

「あ! 今、目があったよね? うちのサークル遊びにおいでよ!」

「疲れちゃったよね? 部室で休んでいかない?」



 どこからともなく声をかけられる。


 なるほど、これが新入生のサークル勧誘する大学の風習、新入生歓迎活動、略して「新歓」ってやつか! 


 こんなに一斉に色んな人から声をかけられるなんて、おそらく人生で初かもしれない。

 ていうか、こんなにキラキラした世界の人たちと一緒に関わったことないからどんな話すればいいか分かんねぇ……。下手なこと喋ったらキモがられるかもしれないから、下手なこと喋れねぇしなぁ……。



 怖くてうまく話せる自信もないので、俺は地面視線を落とし、誰から声を掛けられてもシカトできるような態勢をとった。


 こういうとき、陽キャなら堂々と前を向いて、新歓してくる上級生たちとワイワイ話し合うんだろうな……。あぁ、俺こんな調子で陽キャになれんのかな……。



 人混みをなるべく避けながら、もらったビラを抱えて歩いていくと。

 俺の目の前に、テニス服を着た女の先輩と思われる人が立ちふさがった。



「あれ? お兄ちゃん? お兄ちゃんだよね!?」


 聞き覚えのある声。


 ふと顔を見上げると、そこには自称俺の可愛い妹こと、ミホちゃんが立っていた。

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