第2章 キャンパスライフ・新歓編

第1話(36話) 初日の朝


 ――ピピピピッ! ピピピピッ!


 けたたましい音でアラームが鳴る。


 俺、日笠ヨウは、「う~ん」と言いながら、スマホのアラームを止めると、時刻はAM7:30を示していた。



 今日は大事な大学生活の初日、4月1日。オリエンテーションということで、学科ごとに授業が始まる前の準備や説明会が行われる予定だ。

 さすがに二度寝して寝坊なんてしたら、初日から同じ学科中から笑いものにされるかもしれない。


 仕方なくベッドで伸びをすると、伸ばした手がベッドの天板にゴツンとぶつかった。痛っ!


 身長が180cmあるので、腕を上に伸ばしたら天板がぶつかってしまうのだ。



 ……とりあえず、まずは身支度しなくちゃだな。


 俺は枕のすぐ横に置いてある度数強めのメガネをかけると、シェアハウスの部屋を出て、共用の洗面室へ向かった。




 洗面室は洗面台が3つ付いていて、全面鏡張りになっている。俺が住むシェアハウスことERINA'S HOUSEは全ての設備が整っており、洗面台も付属のアメニティも全てがキレイにメンテナンスされている。


 一番奥の洗面台に行き、ふと鏡を見る。上京前にイキって染めた茶髪のくせっ毛は、案の定寝癖でボサボサだった。

 あー、この寝癖も直さなきゃいけないのか、面倒くせぇ。高校は男子校だったし、女子に見られる機会もなかったから髪型なんて気にしてなかったもんな……。


 メガネを外しヘアバンドを頭に巻いて顔全体を出し、昨日スーパーで買った男性用の洗顔料を塗りたくっていると。


 どうやらもうひとり、洗面室に入ってきたみたいだ。



「うっわ、なんでアンタがここにいるの? 無理すぎ! キモいから早くどっか消えてくんない?」


 この否定的な強い語調は。


 ――リオだ。田中リオ。

 見た目だけはモデルみたいなボンキュッボンスタイルとキレイな顔立ちをしていて可愛いやつなのに、俺を毛嫌いしてくる同い年の腹立つ女子だ。

 女子と話すのが苦手な俺は最初は謙遜してやっていたが、コイツの度重なる態度に呆れて女子というフィルターが外れ、会う度お互い喧嘩腰になっている。なんでこいつと同じ大学に通わなきゃいけないんだか。


「うっせぇな。洗面台ここしかないんだから仕方ないだろ」

「は? 3階があるでしょ? 3階行きなさいよ!」

「上の階にいる先輩たちの階で洗面台使えって言ってんの? ……お前、先輩たちに俺を押し付けるなよ」

「うっさい! じゃあ顔なんて洗わなきゃいいでしょ?」

「無茶言うなよ。俺だって見た目くらい清潔にしておきたいって」

 

 そう言いながら、俺はT字ひげそりでジョリジョリとヒゲを剃りだした。


「あーキモ! ヒゲを剃るところ見せてくるとかマジ無理!!」

「見せたくて見せてねーし、別に俺の方見なきゃいいだけだろ。早く自分の準備しろよー」

「うっ。……は、早く消えてよね、同じ空気吸ってるのが無理なんだから」

「はいはい、分かりましたよー」


 俺はパパッと洗顔をヒゲ処理を終え、歯を磨いてコンタクトを装着し、髪を濡らして寝癖を整えた。着替えたら、美容院で買ったワックスを付けに戻ってこよっと。


 ジャブジャブと顔を洗っているリオの横を通り過ぎる時にちらっと横目で見てみると、いつものショーパンにピタッとしたTシャツスタイル。ショーパンから長くて細い脚が露わになっていて、つい視線が移ってしまう……。

 リオのTシャツの背中には、杖を持った魔法少女が「エクスプロージョン」と呪文を叫ぶイラストが描かれていた。


「エクスプロージョン」


 ぼそっと俺がつぶやくと、リオは「は、はぁ!? 何見てんの!? 最っ低!」と叫び始めた。


 コイツと起きる時間帯がかぶると、これから毎回こんな感じになるのかな……。




 部屋に戻った俺は着替えるためにクローゼットをガラッと開けた。

 今日の最高気温は15℃。大学初日ということもあるから、目立つ服装はさすがにやめとこうか……。


 俺は無難な格好として、ウニクロでなんとなく買った白シャツとグレーのカーディガンをチョイス。もやしのような細い体型なのでユニクロの黒いスキニーデニムを履いてみたが、若干ゆとりがあるのが貧弱そうに見えるのを加速してしまう。

 まぁ、俺のことなんて誰も気にしないだろう。とにかく目立たきゃいい、目立たなきゃ……。



 ……ん? ちょっと待てよ。俺、なんのために上京したんだっけ?


 陽キャラな大学生活を送るために来たんじゃなかったっけ!?




 目的を思い出した俺は、急いで上半身の服を着替え始めた。


 ……よし、これだ! 明らかに陽キャ感あるよな。初日はばっちり目立ってなんぼだろ。陰キャから陽キャに生まれ変わるんだから、これくらいやらなきゃな!




 俺は着替えを終えると、ワックスを持って洗面室に向かった。リオはもう部屋に戻ったようだ。

 美容師さんから教わった髪のセットをやってみる。ダメだ、今日はなんだかいい感じにまったくセットできない。ワックスの量が足らなかったのかな?

 試行錯誤したが、何をやってもただの癖毛感が否めないため、諦めてそのまま向かうことにした。まぁ、髪なんて誰も見ないよな!



 よし。大学初日だし、一応エリナさんとハルカさんに軽く挨拶してから家を出よう。いくら俺が根暗陰キャといえど、礼儀はちゃんとしないといけないしな。

 


 俺は1階に降りて行き、共同リビングの扉を開けると。

 部屋右側のダイニングテーブルで、エリナさんはタブレットを読みながら、スムージーのような緑のドリンクを飲んでいた。

 上下薄いベージュのセットアップに白いTシャツ、といういかにもキャリアウーマンの格好をしており、長い前髪をかき上げている。やっぱり、いつ見てもキレイだし、オトナの色気がムンムンしてる……。

 


「お、おはようございます……」


 俺は挨拶をすると、エリナさんは「おはよー」と言いながら俺を見るや否や、いきなりぎょっとした。


「ちょ、ヨウくん……、これまた随分派手な格好だねー」

「あぁ、は、はい。コレ、いつも着ている私服です」


 嘘です。通販で粋がって買った服です。何なら全身初めて着ました。


「そ、そうなんだー。ヨウくん、なかなか派手な服が好みなんだねぇ……」


 エリナさん、明らかに動揺している。

 もしかして俺、エリナさんを動揺させるほど着こなせちゃってる? 陽キャ感出てる?



「ま、まぁ、好みは人それぞれだもんね……。あ、冷蔵庫に私が飲んでるスムージー、まだ入ってるから飲んでいいよ、アハハ……」

「え、いいんですか? なんかありがとうございます……では、お言葉に甘えていただきます」



 遠慮がちに冷蔵庫に向かう俺。エリナさん、なんで俺の服見て動揺したんだろう?




 不思議に思っていると。

 

 再びリビングの扉がガチャッと開く音がした。


 

 パッと振り返ると、そこにはリオが。


「うわ、ダッサ!!! きっも!!! センスなさすぎ!!! まじ無理!!!」





 エリナさんのあの反応。リオの拒絶。そして、窓越しに反射して映る俺の全身。



 それは、通販サイトでカッコいいモデルが着ていた、白地の上にプリントされた真っ赤な薔薇の花柄シャツと、その上に真っ赤なカーディガン。春っぽいピンクのデニムに、赤いベルト。



 ――俺は、自分がカッコいいと思う服装は恥ずかしくて痛々しい格好になってしまうことに初めて気づいた。

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