第34話 交換こ
「ミ、ミホちゃん!? びっくりした……」
まさかまた部屋の中にミホちゃんがいるなんて。おいおい、これで何回目だよ!
「もう、お兄ちゃんってばー。起こしてるのにぜんぜん起きてくれないんだから」
「ご、ごめん……。っていうか、どうやってこの部屋に入ってきたの? 鍵かかってたと思うんだけど……」
「あぁ、それなら、コレ」
ミホちゃんはピンクのプルオーバーのパーカーの前ポケットから、ジャラっと鍵を取り出した。
「前のお兄ちゃんが、合鍵渡してくれたの。これでいつでも拝みにきていいぞって」
おいおいドルオタ兄貴! アイドル拝ませるために、ミホちゃんに合鍵まで渡してたのかよ!
……ていうか、住人が変わったら鍵も取り替えるだろ普通! 変わってないとかセキュリティガバガバすぎるだろ!
「ちょ! ミホちゃん! それはダメだ! 俺が預かる!」
「え? ダメなの? なんで? ……本当にダメなの?」
ミホちゃん、上目遣いの困り顔でうるうると俺を見てくる。
やめろ、そんな顔卑怯だろーが!
「くっ……。だ、だめです」
「そっかぁ……。お兄ちゃんがダメっていうなら、お返ししなきゃだよね。はぁーあ、残念だなぁ。もう、お兄ちゃんの部屋に入ってこれなくなっちゃうのかぁ。寂しいなぁ。悲しいなぁ……」
明らかにしょんぼりするミホちゃん。やめろ、そんな顔されたら断れねえじゃねーか!
「ぐっ……。そ、そこまで言うなら、持っててもらってもいいけど――」
「ホント!? やったぁ! お兄ちゃん優しい!」
さっきまでの態度とは一変、キャピキャピと明るくなった。さっきの態度、絶対わざとやってたな。
俺はつくづく女の子の意見には刃向かえないなと悟った。見抜けなかった俺が情けねぇ……。
「あは、あはは……。そういえば、この袋、どうしたの?」
俺はテーブルの上においてある「スターボックス」の袋を指差した。
「スターボックス」、通称「スタボ」。ここは「俺、イケてますけど何か?」と言わんばかりの陽キャたちが足繁く通うキラキラ系のカフェのような溜まり場だ、と俺は認識している。
意識高い系を装った人たちがカウンター席でノートPCをカタカタと叩きながらコーヒーを飲んだり、陽キャの女子高生・女子大生が「フラペティーナ」とかいう甘くてホイップが乗ったコールドドリンクを買っては写真を撮ってSNSで公開したりするような、俺が生きてきた世界とは真逆に君臨する陽キャの巣窟カフェ。
そんな陽キャな袋が、何故こんなところに?
「お兄ちゃん二日酔いだったでしょ? 二日酔いには糖分を摂ることが治す近道だから、バイト帰りに甘いもの買って来てあげたの」
え、そーなの? もしかして、ミホちゃん俺に気遣ってくれた!?
「えええ!? そんなことしてくれなくてもよかったのに! ありがとう、嬉しすぎる……」
女の子からお土産をもらえるなんて、人生初だ。こんなことがあっていいのか!?
「ううん、バイト先だから社割りで買えるし、気にしないで」
「え? もしかして、ミホちゃんのバイト先って……」
「うん、スタボだよ。言ってなかったっけ?」
す、スタボ!? やっぱりミホちゃんも陽キャだったのか! お兄ちゃんとは言ってくれてるけど、ミホちゃんとの距離感が一気に遠く感じるわ……。
「そ、そうなんだ……。実は俺、スタボ、恥ずかしながら行ったことなくて……」
「そーなの!? じゃあ、アタシが買ってきたものも飲んだこと無いよね? 開けてみて開けてみて!」
ミホちゃんにそそのかされて袋を開けて、取り出してみると。
そこには、イチゴがゴロゴロと入って、ホイップクリームがたくさん入った「フラペティーナ」が2つ入っていた。
「どう? 新作のフラペティーナだよ! ストロベリーチョコチップフラペティーナと、こっちはストロベリービターチップフラペティーナ! お兄ちゃん、どっちがいい? 一緒に飲もっ?」
こ、コレが噂のフラペティーナ! 見るからに甘そう、ていうか名前長っ! そしてミホちゃんと一緒に飲むとか、やってることカップルみたいじゃんかよ……。
「あ、ありがとう、初めてのフラペディーナ……! じゃあ、チョコチップの方で」
「ふふっ、よかった喜んでくれて! はいっ、ストロー。 ホイップは甘くないから、ストローで下の方からまぜまぜした方が美味しいんだよ?」
なるほど。見た目ほど甘くないってことか。俺は言われた通りに太めのストローを指し、混ぜ混ぜしてみた。
「ゴロゴロしたものが入ってるみたいけど、コレってなんだろ?」
「あ、それはイチゴだよ! カットされたイチゴがたくさん入ってるの! 美味しいんだよー」
ニコニコしながら自分のフラペティーナを混ぜるミホちゃん。
――イチゴ、という言葉を聞いて、ふと俺の脳裏にあの女の子がよぎった。
そういえば、あの女の子、イチゴのいい匂いがしたな……。
「――お兄ちゃん? どうしたのぼーっとしちゃって?」
「……ん? あぁ、ごめん、なんでもない」
こんなに可愛い妹(自称)が俺のためにお土産を買ってきてくれたのに、なんてこと考えてるんだ俺は! 気持ちを切り替えなくては!
首をぶるんぶるんと横に振ると。
ミホちゃんに「じゃあ、いただきます」と告げ、恐る恐るストローを吸って口に含んでみた。
「……う、旨い!」
シャリシャリした氷の感じと、イチゴジャムのような甘いソースと、時折入ってくるチョコチップ、そして甘くないホイップが混ざり合って、絶妙な甘さとおいしさ!
陽キャはいつもこんな美味しいデザートを飲んでるのか?
極めつけはこのイチゴの果肉! ゴロっとストローから口の中に入ってくる感じ、たまらん!
こんな旨い飲み物、初めて飲んだ!!!
俺は無我夢中でチューチュー吸っていると、ミホちゃんは「お兄ちゃん、一気に吸いすぎ~」とケラケラ笑ってからかう。
「じゃあ、アタシもいただきまぁーっす」
ミホちゃん、もストローをパクリと加えてチューッと吸い出した。
「んん~! 美味しぃ~! イチゴの甘酸っぱさと、コーヒーチップががいい感じにマッチしてる~! やっぱりストロベリービターチップフラペティーナ最高~!」
ミホちゃんは一口飲んだフラペティーナを頭上に掲げ、カシャッとスマホで写真を撮っている。
「お兄ちゃんの方はチョコチップだよね? 食べさせて? アタシのコーヒーチップの方もあげるから!」
ミホちゃん、自分の手元のフラペティーナを俺に差し出し、俺が持っていたフラペティーナをバッと取り上げた。
え? もしかして、交換こしちゃうんですか!?
俺の戸惑う様子など気にもせず、ミホちゃんは俺が飲んでいたフラペティーナをチューっと吸うと。
「ん~! やっぱりチョコチップの方も美味しいー! ねぇ、はやくはやく、お兄ちゃんもアタシの飲んでみてよ」
うおおおお!!!
俺が口をつけたストローがミホちゃんの口に!!!
間接キスじゃないですか!
やってること、まるでカップルみたいじゃないですか!
「ちょ! こ、コレ飲んでいいの!?」
「もちろん! 早く飲んで?」
「そ、それじゃ、遠慮なく……」
し、幸せやぁ……。
ドキドキしながらミホちゃんに差し出されたフラペティーナのストローに口を付けようとした瞬間。
フラペティーナから、イチゴの香りがふわっと香る。
そしてあの子の顔がちらついた。
あぁ、俺、好きな人ができたのに、ホントにこんなことしていいのかな……?
なかなか口をつけようとしない俺を見て、ミホちゃんは心配そうに顔を覗く。
「お兄ちゃん、どうしたの? もしかして、アタシの飲むのが嫌だったとか……?」
「……ん? あぁ、ごめん、そういうことじゃなくて。……イチゴを見ると、さっきあったことを思い出しちゃって……。って、あ!」
やばい! 思わず口走っちまった!
「え? さっきあったことって、何……?」
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