第33話 イチゴの残り香
こんなに人のことを可愛いって思ったの、初めてかも……。
ERINA'S HOUSEの住人たちももちろんみんなキレイだけど、このうさぎ顔の子は、出会った中でダントツだ。オーラも輝いて見える。
なんでこんなにドキドキしてるんだ? このドキドキの感覚、緊張とかそういう次元のドキドキじゃない。胸騒ぎが収まらない。
――って、ちょっと待て、落ち着け! たかが手が触れただけだぞ。ここはスーパーだぞ。こんなところで、恋に落ちるとか、そんな馬鹿げたことあるわけないだろうが!
一旦冷静になろう。何事もなかったかのように、スマートにおにぎりを譲ろう。
俺はおにぎりに向かって手を差し伸べて「どうぞ」と遠慮気味につぶやくと、その女の子は俺に向かってニコっと微笑みかけた。
「うふっ。いいんですか? ありがとうございます。それじゃ、遠慮なく」
女の子は、甘くて優しい声色でお礼を言うと、おしとやかにおにぎりを手に取り、腕にひっかけている買い物かごへ1つ入れると、ペコリと会釈をしてその場を立ち去った。
シャンプーなのか柔軟性なのか香水なのか、イチゴの香りが俺のあたり一面にずっと残っている……。
…………………………。
ぬわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!
なんだあれ!? かわいすぎる!!! 愛しすぎる!!!!!!
おしとやかなあの動作、あの姿勢、あの優しい声、あのか弱い感じ、イチゴの残り香、あの品の良いうさぎ顔、とにかくもうたまらん!!!
視覚も嗅覚も聴覚も、おにぎり取ろうとしたときに触れてしまった触覚までも、俺の感覚という感覚が脳に訴えかけてくる。
お前はあの女の子が好きになってしまったんだ、と。
一目惚れをしてしまったんだ、と。
そうか。俺は一目惚れをしてしまったのか。
東京に来て2日目にして、楽しいことだらけじゃねぇか。まだ大学生活始まってないのに。
――はっ。とりあえず、お昼ごはんと夜ご飯を買わなくては。
俺は半分ぼーっとした状態で買い物かごに惣菜を詰め込むと、あの子はまだいないかな、とスーパーをぐるっと歩いてみた。だが、どこにも見つからない。ももの残り香もない。
仕方なく、そそくさとレジに並んだ。
レジに並んでいる間、俺はあの子のことが忘れられなくて、おにぎりを見つけてから起こった一連の出来事が何度も頭の中でリピード再生される。
「……あのー、お客様ー、お客様!」
「……はっ、はい!」
「カゴ、置いてもらっていいですか?」
気づいたらレジの列はもう無くなっていたらしい。レジ係のおばちゃんに、買い物かごを置くよう急かされた。
買い物を終え、惣菜をビニール袋に詰めてスーパーを出ても。
帰り道でも、あの子とイチゴの残り香がずっと頭から離れない。
またスーパーに行けば、あの子に会えるかな。また会いたいな……。
呪縛だ。もう、何も考えられん……!
その状態はERINA'S HOUSEに帰宅しても変わらなかった。
ERINA'S HOUSEの門をくぐって、まだ庭の手入れをしていたハルカさんから「おかえりなさい」と声をかけられ、会釈する。だが頭から離れない。
そそくさと部屋に戻り、ビニール袋を置く。ここでも頭から離れない。
洗面台に行き手洗いうがいをする。やっぱり頭から離れない。
だめだ、マジで頭から離れない!
他のこと、頭に全く入ってこない!!!
洗面台から離れ部屋に戻ろうとすると、更衣室から風呂上りであろうリオが通りかかった。
リオの事をスルーして部屋に戻ろうとすると。
「うわ、アンタもしかしてまた更衣室入ろうとしてた? キモっ! マジ無理なんですけど!」
「……ウン」
「へ? 本当に入ろうとしたの?」
「……ウン」
リオが言ってることがちゃんと頭の中に入ってこず、適当にウンと返事してしまう。
だが、そんなことどうでもいい。どうでもいいというよりは、あの子のことで頭がいっぱいで頭の中の情報にリオのことが入ってこない。
「……うっわ! 無理無理無理無理! 最っ低! もう一生話しかけてこないで!」
「……ウン」
「そうそう、分かったならよろしい……って、え? 本当に?」
俺はリオの顔も一切見ず、部屋に戻った。
とにかくあの子のことで頭が一杯だった。今、どこで何してるんだろう。おにぎり食べてるのかな。家はどのあたりなんだろう? またスーパーで会えないかな?
……いかんいかん! これ以上考えると、ストーカーみたいになっちまう!
俺はやっとお昼ごはんを食べることにした。
むしゃむしゃと惣菜のカニクリームコロッケを食べる。
ああ、旨ぇ!!! 高いだけあって、全部旨ぇ!!! 二日酔いがだんだん和らいでいく感じがする!!!
無我夢中に食べまくり、一気食いをして昼飯を胃の中に流し込むと。
なんだか無性に眠くなってきた。
二日酔いで憔悴した身体に鞭打って、スーパーへ買い物に行ったんだもんな。しかも衝撃的な出会いもあったし、頭から離れてくれないし。
久しぶりにご飯が入ってきて、脳も胃もびっくりしているんだろう。一旦昼寝して、休ませてあげよう……。
俺は座椅子に腰掛けたまま、深い眠りに落ちていった――。
――ちゃん。
誰かに肩を叩かれている。
――お兄ちゃん、お土産買ってきたよー。
ん? お土産?
――お兄ちゃん、起きてってばー。
俺はローテーブルに突っ伏して寝ていたようだ。
パッと目を開いて顔を上げると、テーブルの上には「スターボックス」の紙袋が置かれている。そして俺の横にはミホちゃんが。
って、また勝手に俺の部屋入ってるし! ていうか、鍵掛けたのにどうやって入ってきたんだ?
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