第32話 外出
更衣室前でひと悶着あった後。気づいたら、もう時計は15時を示していた。
まじかよ。もうこんな時間かよ。そんなことよりも、腹減ったな……。
そういえば、昨日は歓迎会だから夕飯を出してもらえたけど、さすがに今日からは出してもらえないよな。
俺専用の食材も買い込んでおかないと……。
近くのお店に行くためにぶらつくだけだけど、せっかくシティボーイになったわけだし、ダル着じゃさすがに外には出れないよな。ERINA'S HOUSEの住人たるや、陽キャらしくおしゃれしていかなければ!
スマホで天気を調べると、東京は13℃の曇り空。3月末、まだまだ寒さが身に染みる。昨日はかなり暖かかったけど、今日は寒さがぶり返しているみたいだな。
ちなみにこの館は廊下まで空調がしっかり効いているため、昨日のリオのようなTシャツ短パン姿でも特に支障なく生活できるようになっている。
俺はそんな空調など気にもせず、上京前にネット通販で買ったワインレッド色のカーディガン、白シャツ、そして黒のスキニーパンツを身にまとい、高校のときから愛用している「ウニクロ」の黒いダウンジャケットと布財布を手に持って部屋を出た。
あ、自慢じゃないが、俺はファッションには無頓着だ。無頓着すぎて、上京するときに一番困ったのファッションセンス。中学の時なんか特にひどくて、俺が私服でいるときに女子が通り過ぎる度にクスクス笑い声が聞こえてきてた。相当ダサかったんだろうな……。
受験に合格した後、東京で浮かないためにはどうすればいいか必死に考えた結果、 今まで溜め込んだお年玉を全部使って、いわゆる「マネキン買い」をすることに決めた。
考えるために必死にネットで「オシャレになる方法」で検索してたら、「ファッションセンスが無い人はどうあがいても無駄だからマネキン買いしておけ」って、ネット記事が出てきたからだ。そのうち俺は考えるのをやめた。
今着ているこの服のコーディネートも、ダウンジャケット以外は全部ネット通販のモデルが着用していた服をそのまままるごと購入しただけ。
でも、いつかはこんなことしなくても「オシャレ」って言われるようなファッションセンスを身に着けて、かっこいい陽キャなシティボーイになりたいな……。
いざ玄関まで降りて扉を開けると、庭でハルカさんがシャワーノズルのついたホースで植木に水をあげていた。
どうしよう、昨日の自分の醜態を見られていたかと思うと、なんだか気まずい……。ま、ハルカさんもなかなかの醜態を晒してたけどな。
「あ、ハルカさん。えーっと、おはようございます」
「……こんにちは」
あ、そっか。もう15時なのか。おはようございます、とかいつもの癖で言ってしまったのも恥ずかしい……。
「あ、あの! 昨日は、ご迷惑をおかけしてしまいすみませんでした!」
「……はい。特に迷惑はかかってませんが」
「え? でも、ミホちゃんとバディ組んでたからっていうのもありますけど、俺らがミホちゃんにたくさん飲ませたせいで、間接的にハルカさんのことたくさん飲ませてしまったなって……」
「あぁ。あれくらいなら、全然平気ですよ。いつもよりも量が少なかったかと思いますし」
へ? アレだけ飲んだのに、いつもより少なかっただと? 普段どんだけ飲んでるんだよ……!
「そそ、そうなんですね~、それならよかったです……。あ、そういえば、昼飯とか夕飯の調達をしにいきたいんですが、近くにスーパーかコンビニってありますか?」
小高い丘の上に建てられたERINA'S HOUSEは、駅から徒歩15分ほど歩いた住宅街に立地している。都会の駅、ということもあって近くにはもちろんコンビニや飲食店などもたくさん見かけるけど、そこまで行くのも流石にダルいしな……。
「あぁ、そちらでしたら、門を出て右にまっすぐ5分ほど歩くとスーパーがございますので、覗いてみてはいかがでしょう?」
「そうなんですね! 行ってみます、ありがとうございます!」
俺はペコっとお辞儀をすると、早速門を出てスーパーへ向かっていった。方向的には駅とは真逆の方向なので、初めての道だ。初めて歩く道って、なんだかワクワクする。
てくてくと歩いていると、強そうなドーベルマンや、モフモフしたプードルを連れて散歩している人たちと何人かすれ違った。散歩している人たちは、曇り空にも関わらず皆サングラスをかけている。都会だからか、犬まで凛々しく見えてきた。シティドッグか?
とりあえず、上下スウェットで出てこなくて本当に良かった~!
そんなこんなで歩いていると、なんだか品のよさそうなスーパーが見えてきた。俺が住んでいた田舎のスーパーはもっと庶民が安心して通えるような面構えのスーパーだったから、こんな高級そうなスーパーはちょっと入るのに緊張するな……。
いざ入ってみると、値札に書かれた商品の値段が、結構高い。これが田舎と東京の違いなのか?
この野菜とか、俺の実家の方で買ったら数十円安いよな?
え? この豚こま肉、100gで150円かよ! 高すぎんだろ!
――今度こそちゃんとした自慢だが、俺は料理がそこそこできる。実家では両親が共働きだったこともあり、2つ歳の離れた弟、「日笠影士(エイジ)」と2人で夕飯を食べることが多く、俺がよく飯を作っていた。あのERINA'S HOUSEの調理場を使いこなせるかは正直不安だけど、料理をすることは全然苦に感じない。
小学生の頃から、スーパーへ食材を買いに行くことが習慣化してたから、食材の値段の相場感は熟知していた。けど、さすがにこれは高いよな……。
ちなみに、俺がスーパーに行くときはいつも放課後に私服に着替えてからだったから、通りすがった女子から「ダサい」とからかわれていたのはいつもこのタイミング。あぁ、思い出したくもない過去だ。
あ、ちなみにエイジは俺と違って、素直で明るく男女からも好かれる爽やかスポーツイケメンだ。あいつが家に彼女を連れ込んで紹介されたことだってある。俺と真逆のルートを辿っていて、正直腹が立つし羨ましさしかない。でも、憎めないくらい良い弟なんだよな。ERINA'S HOUSEに来たら、絶対モテモテになること間違いなしだ。
そんなこんなで色々なことを考えながら商品を物色していたものの、すぐにでも何か食べたいのに今から作るのはさすがに億劫だな、と思い惣菜コーナーへ移動した。
案の定高いけど、この際しょうがない。夕飯分も合わせて、ちょっと多めに買っておくか……。
そう思いながら、残り1つとなっていたシャケおにぎりを取ろうとした瞬間。
おにぎりに触れようとした俺の手と、他のお客さんの手が触れてしまった。どうやら同じおにぎりを買おうとしたらしい。
「す、すいません……」
遠慮がちに言いながら手を引っこめ、ふと顔を見やると。
そこには、花柄ピンクのロングスカートに、あたたかそうな茶色いダッフルコートをまとって赤いチェックのマフラーを巻いた若い女の子が、同じように遠慮がちに手を引っこめていた。
背は女性の平均身長よりも少し小さいくらいだろうか。白い陶器のような肌をしていて、顔を包み込むような茶髪のミディアムヘア。髪はツヤツヤで、天使の輪っかのように光り輝いている。
目はくりくりっとしていて、まつ毛もぱっちり。大きな涙袋が目の大きさを増幅させているようだ。
控えめな小さな鼻と鼻下のくぼみがうさぎののようで、可愛らしさと愛くるしさが半端ない。
なんだこの子……。めちゃくちゃかわいいぞ……!
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