第31話 専用
もう14時か……。貴重な一日のうち、午前中を潰してしまったんだな。
あぁ、まだミホちゃんの残り香が漂ってる……!
肝心の体調はだいぶマシにはなったけど、そこまで二日酔いは治ってない。
あー、腹減ったけど食ったら吐きそう……。
そして何故か身体がベタベタしている気が……。
あ、そういえば昨日風呂入れてないじゃん!
このまま昼飯を調達しにいくのはさすがにまずいよな。飯買いに行く前にシャワー浴びておくか。
俺は重い腰を持ち上げ、タオルと着替えを持って廊下の向かい側にある更衣室へ向かった。
更衣室の奥に浴室があり、更衣室には服を入れるカゴやタオルが置かれている。タオルはクリアボックスに入っており、それぞれのボックスには名前が書かれていた。なるほど、あとで俺の分もタオル類を詰めに来なければ。
そして浴室は湯船が広めのユニットバス。鏡の横の洗剤を置くスペースには、様々なシャンプーやトリートメント、ボディソープ等が並んでいる。
ボヤけた視界でよく見ると……。ボトルにはそれぞれ名前が書かれていた。俺が知らない人の名前のボトルも置かれているが、前の住人だろうか。高そうなシャンプーボトルには「田中専用」と書かれている。
自分が持ってきた物は、共用スペースで他人に使わせないために名前を書いてマーキングしておくのか。なるほど、さすがシェアハウス。
ていうかやべぇ、自分用の洗剤なんて買ってねぇ!
田中って……表札出てたよな、確かリオの苗字か? 流石にあいつのシャンプーとか使ったら、通り過ぎた時に匂いで判別されて「ワタシのシャンプー使うな変態もやし!」って言われるんだろうな。あいつの行動パターン、段々学習してきたぞ。
そんなことを思いながら、申し訳なさを感じながら「諏訪部専用」と書かれてるボトルの洗剤を使い、そそくさとシャワーを浴びた。なんだか甘いバラの香りが全身をまとってしまっており、明らかに男子が使う洗剤の匂いではないが……。
パパッと身体を拭き、着替えて更衣室から出ようとドアノブを触ろうとした瞬間。
ドアが勢いよく開き、俺の額にゴツンとぶつかった。
「痛って! なんだよいきなり……」
俺は額を手で擦りながらドアの方をチラッと見ると、ドアの前で着替えを持ったリオが立っていた。
「ちょ、なんでアンタが更衣室から出てくるの? ヘンタイ!」
「なんでそうなるんだよ! 俺はただシャワー浴びてただけなのに」
「は!? アンタ、ここの浴室使ったの!? ホントありえない! キモすぎてワタシが入浴できないんですけど!」
「知らねーよ! なんで俺が使ったからって浴室使えないんだよ! 同じ2階同士なんだから仕方ないだろ」
「いや、まじ無理。生理的に無理。キモすぎ。せっかく二日酔いが治ってきたってのに、気持ち悪さがぶり返してきたんだけど。どうしてくれんの?」
なんでコイツここまで命令されなきゃいけないんだ!? 俺より1日早く入居しただけだってのに!
「な、なんでお前にそんなに言われなきゃいけないんだよ! 俺だって人権くらいあるだろーが!」
「いや、だってそこ、女性専用だし」
……へ? 女性専用?
メガネを掛けないで出てきてしまったためよく見えなかったが、ドアの前に貼られた表札に顔を近づけて見てみると、確かに『女子更衣室・浴室』と書かれていた。
えええええ!?!? 俺、男子禁制のところでシャワー浴びちゃったの!?
だから、俺が使った洗剤も女子みたいないい匂いがするやつだったのか! たまたまだと思ってた!
「え、知らなかったの!? ……クンクン。もしかして、置いてある洗剤、勝手に使ったでしょ?」
「え!? あ、いや、これはその、なんていうか、知らなくて、たまたまお借りしただけというか、えっと……」
「最っっっ低。キモすぎる上に勝手に人の洗剤使うとか、どういう神経してんの? ……早くここから立ち去って。そして二度とこの部屋に入ってくんな、ヘンタイもやし!」
リオはそう言い残すと、俺を無理矢理更衣室から引っ張り出し、バタンと思いっきりドアを閉めた。中から「あーキモキモキモキモ!」と言いながら、なにやらプシュプシュと消臭剤か何かを猛プッシュしている音が聞こえてきた。
ごめんよ、本当に知らなかったんだよ。そんなに責めないでくれよ。ていうか逆に男子の浴室はどこにあるんだよ。
はぁ、とため息をついていると、マナミさんが通りかかった。やばい、また飲まされる……!?
「あれ、ヨウくんじゃん。更衣室の前で何してんの? もしかして、ノゾキ? 覗いたら罰符だなぁー」
「ちちち違います! 実は……」
俺はマナミさんに事情を説明した。
「なるほどね。じゃあ、ヨウくんは意図せずに女子更衣室に入ってしまって、シャワーを浴びてしまったと。で、リオちゃんに鉢合わせして、散々罵られたと」
「はい、まぁそんなところです……」
「ふーん。だからヨウくんからウチのシャンプーの匂いがしてるのか」
え!? 俺が使った『諏訪部専用』ってシャンプー、マナミさんのだったの!? そういえば昨日、苗字も自己紹介されたような……。ていうか、この家の決まりで全員下の名前で呼び合ってるのに、なんで持ち物は苗字扱いなんだよ! ややこしいから全部統一してくれよ!
とにかく使ってしまったことには変わりないし、謝っておくか……。
「す、すみません。……あの、男子更衣室ってどちらにあるんでしょうか?」
「あぁ、それなら3階だよ。ハルカさんから説明受けなかったの?」
3階なの!? 聞いてねえぇぇぇ!!!
「ま、今度から気をつければいいってことだよ、あんまり気にしないで。……そんなことより、今ってここの浴室でリオがシャワーを浴びてるってことだよね?」
「は、はい。リオが入ってますが――」
「ヨウくん。ナイスです」
そう言い残すと、マナミさんは鼻の下を伸ばし「じゅるり」とよだれをすすり、颯爽と更衣室の中へ入っていった。ドア越しからかすかに声が聞こえる。
「リオちゃーん! 一緒にお風呂はーいろー!」
「え、マナミさん!? なんでワタシがここにいるって知ってるんですか?」
「まぁまぁ、そんなことは置いといてー。リオちゃん、すごく良い身体してるねぇ。お姉さんがお背中流してあげよっか? エヘ、エヘヘヘ」
「け、結構です! ――ちょ、ちょっと、どこ触ってるんですか! やめてくださいっ! ぁあっ!」
ドア越しから聞こえてくる声。ドアの向こうでは一体なにが繰り広げられてるんだ……!
とはいえ、これ以上居続けたらまたキモいとか言われるに違いない。
俺はぐっと気持ちを堪えて部屋に戻ったのであった。
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