第16話 じゅるり

***

※お酒は二十歳になってから。

***



「あ、僕、日笠陽って言います! よ、よろしくお願いします!」

「ふーん、ヨウくんね。よろしくー。 アタシは、諏訪部マナミ。まぁ、好きに呼んでくれていいよ。とりあえず、一緒に飲もっか」

「は、はい!」



 マナミさんって言うのか。それにしても、酒のせいなのか足取りがフラついてるけど大丈夫か?


 マナミさんは片手に持ったビニール袋をダイニングテーブルの上に置くと、ガラガラッとガラス瓶や缶がテーブルにぶつかる音がした。

 きっとお酒なのだろうが、ぶつかった音の感じから、量がめちゃくちゃ多い気がする。


 一体、何を何本買ってきたんだ?



 そしてマナミさん、席につくやいなや、リオのことをトロっとした目で見つめると、リオの腕をギュッと抱いてくっついた。


「いやぁーリオちゃん! 待たせちゃってごめーん! 初めて一緒に飲めるね! ウチ、この日が来ることずっと楽しみにしてたんだぁ! 飲めるクチみたいだし、沢山飲もうねぇ、楽しもうねぇ!  エヘヘ、ヘヘヘェ……じゅるり」



 あれ、今「じゅるりっ」てよだれをすする音しなかった?


 マナミさん、すごくニヤニヤしている。

 そしてマナミさん、Tシャツからはちきれそうな、強調されているリオの胸をじっと見つめている。


 ――俺にはわかる。このニヤニヤした顔をその目は、男がエロいことを考えているときと全く同じ表情だ。



 おいおい、まるで視姦しようとしてる勢いじゃねーか?


 リオもなんだか顔が赤くなってるし!


 もしかして、マナミさん、酔っぱらってるだけじゃなくて、相当な変態なんじゃ……。




 ハルカさんはそんなことお構いなしに、俺とリオ、そしてマナミさんのワイングラスに、スパークリングワインを慣れた手付きで注いでくれた。

 


 後で調べて知ったんだけど、スパークリングワインは、注いだときに溢れそうなくらい泡がたってしまうから、だいたい3回に分けてちょびちょびと注ぐらしい。


 グラスに注いでもらっている間、マナミさんは我慢できなかったのか、リオの身体をジロジロと眺めながら、持ってきたストゼロのロング缶をグビグビと飲んでいた。



 リオの身体をつまみに酒だと!? ていうか、もうすぐワイン注がれるのに、待ってられないのか?


 そして誰もその愚行を注意しようとしない。これが当たり前かのような様子で、エリナさんとミホちゃんは楽しくおしゃべりをしている。


 この状況に慣れきっているのか!? 明らかにヘンタイ親父が目でセクハラしてるぞ!?

 

 


 そんなことを考えている間に、全員のグラスにはワインが注がれた。

 エリナさんは、その状況を把握すると、グラスを持ち上げる。


「よし、じゃあみんな揃ったってことで。 改めて、ERINA’S HOUSEへようこそ! あ、ちなみに今来たマナミは、お酒好きだし女の子が好きだし楽しいことが第一優先でだらしないところもあるけど、面倒見が良くて姉御肌のすっごくいい子だから、仲良くしてあげてね」



 ん? 「女の子が好きだし」だって? 今、サラッととんでもないこと言わなかった?



「あっちゃー! エリナさん、まだそれ言うのは内緒にしててって言ったじゃーん!」


 マナミさんは隠し事がバレたからか、ヘラヘラしながら手の平をオデコに当て「やっちまったー」と言わんばかりのポーズを取る。



 それを様子を見ていたミホちゃん、ジトっとした目でマナミさんを見つめると。


「でも、どうせすぐ知ることになるんだし別に良いんじゃない? ……リオちゃん、夜は鍵掛けて寝なね、じゃないと、どうなっても知らないよ?」


 ミホちゃん、被害者なのだろうか。小声だがマナミさんに聞こえるようにリオへ耳打ちした。

 リオ、マナミさんを一瞬見て「ひえぇっ」と震えている。




 なんだ、この構図は。


 酔っぱらいで露出度高めの爆乳お姉さんが、モデルみたいなキレイな女の子を悪魔のような目で視姦している。

 それを見て、天使のような可愛い子が、悪魔には近づかないよう忠告している。




 ……いやいや、別に羨ましいとかそういうわけじゃないし?

 ただ、震える女の子を助けたいって思って同情してるだけだし??

 別に、爆乳お姉さんにエロい目で見られたいとか、1ミリも思ってないし???

 まぁそんなに嫌そうなら、リオがいるポジションと変わってやってもいいけど????



 理性が爆発しそうな俺のことは気にもせず、エリナさんは「まぁまぁ、茶番はココまでにしてさ」と割って入ると、乾杯の音頭を取った。



「じゃ、改めまして。かんぱーい!」


「「「「「かんぱーい!!!」」」」」



 改めて乾杯の声があがった瞬間、マナミさんはとてつもない早さでワインを一気飲みしていた。


「くぅ~! おいしー! おかわり!」



 はっや!!!

 この人、さっきまでストゼロ飲んでたよな? 何ならその前もサークルの人たちと飲んでたんだよな? どうしたらそんなテンションで飲めるんだ? これがパリピってやつなのか?



「あれ、ヨウくん。お酒、残ってるよ? いらないならウチがもらっちゃうけど……いいの?」


 マナミさんがニヤニヤしながら俺をけしかけてきた。

 え? まさかの煽ってくるスタイル? 俺、2杯目はちゃんと味わって飲みたいって思ってたんだけど。

 でも、ここで渡しちゃったら、きっとカッコ悪がられるに違いない――。



「い、いや、大丈夫です! 僕、飲みますから」


 そう言って、俺はぐびっとスパークリングワインを喉の奥に流し込んだ。

 ちょっとだけ、胃の中がポカポカしてきた気がする。


「お~! いいねいいね、そうこなくっちゃ!」



 マナミさんがヘラヘラと笑いながら、俺のことを褒めると。


 その様子を見ていたリオは、同じく一気に飲み干し、俺の方を向いて勝ち誇った表情を見せてきた。



 いやいやいやいや。なんで俺、お前と競ってるみたいになってるの? 別にお酒飲むのとか、勝ち負けとかじゃなくねーか?


「えー! リオちゃんも飲めるじゃん! よしよし、お姉さんとも一緒に飲もーねえ」


 マナミさんはリオの頭をわしわしと撫でると、リオは「止めてくださいよ……」とグラスで口元を隠して照れた顔をしている。




 さっきまで震えてた奴が、なんで撫でられてまんざらでもない顔してるんだよ!

 どんだけ褒められたがりなんだよコイツは……。




 こんなかたちで改めて始まった俺たちの歓迎会。


 楽しく飲めると思ったのもつかの間。


 ここから、まさに地獄絵図となっていくのであった――。

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