第15話 テヘペロ

***

※お酒は二十歳になってから。

***


 初めてお酒を飲んでしまった。


 厳密に言うと初めてではないけど。


 小学生の頃。いつもガブガブ親父が飲んでいたビールを見て「ビールって美味しいの?」と無邪気に聞いたら、試しに飲んでみろって言われてほんのちょびっと、口を付けたことはある。


 あの時は、苦くてまずくてピリピリして、コレがお酒!? とびっくりしたことを覚えている。 


 世の中のオトナたちは、こんな怖い飲み物をウマイウマイと言って飲んでるなんて。当時の俺からしたら、全く信じられなかった。




 そんなことを思っていた俺が、遂にお酒デビューを果たす。

 

 とはいえ、今回はビールではなくスパークリングワイン。




 改めて、初めてのお酒の味は……あれ? 甘い。


 甘いけど、ジュースとかそういう甘さじゃなくて。なんだろう、控えめに甘い感じ?


 そして微炭酸よりは強めの炭酸が舌をコロコロと転がって、アルコールも相まってか、程よく舌をピリピリとピリつかせてくる。



 エリナさんチョイスで高価なお酒っぽいからかもしれないけど、あれ? お酒って、こんなに美味しいの!?


 

 こんなに美味しい飲み物があるなんて知らなかった。

 俺の知らない世界だ。

 俺、今まででなんでこんなに美味しい飲み物の存在に気づかなかったんだろう。



 一気に視界がひらけて、視野が広くなった気がする。



 もっとお酒を知りたい。

 もっと色んなお酒を飲んでみたい。

 もっともっと、お酒がほしい!




 ――気付いたら、俺は自分の持っているグラスを一気に飲み干していた。

 他のみんなは1口飲んだだけだったようだが、俺の飲みっぷりを見て、驚いている様子だった。


 やべっ。もしかして、ここはゆっくり飲むべきだったか?




「おっ! いいね! いい飲みっぷり!」


 俺の飲む姿を見て、エリナさんがパチパチと拍手をしてくれた。


 え? 飲んだだけ拍手くれるんですか!?


「お兄ちゃん、もしかして昔からお酒飲んでた? 良かったー! アタシとも一緒に飲めるじゃん!」

「さぁグラスをこちらへ渡してください。注ぎますので」


 ミホちゃん、ハルカさんも、俺が一気に飲んだ様子を見て、なんだか嬉しそうな顔をしている。



 もしかして、お酒がたくさん飲めることって、喜ばれることなの?


 こんなに女子にチヤホヤされるの、初めてなんですけど。


 え? こんなのでいいんだったら、いくらでも飲みますよ!?




 なんだか楽しくなってきた俺。ハルカさんに「あ、お願いします」と澄ました顔で2杯目のワインを注いでもらった、その時。




「――もう一杯ください」



 ちらっと振り向くと、リオがムスッとした顔で、腕をぐいっと伸ばしてハルカさんへグラスを差し出した。

 そして俺の方をちらっと見て、まるで俺のことを煽っているかのような目つきをしてくる。



 おっ? なんだ?

 俺と飲み比べしようとしてるのか?

 ……もしかして、俺のチヤホヤに嫉妬してるのか?


 俺はただ単純にお酒が美味しいから飲んでるだけだぞ?

 リオがお酒が得意がどうなんて知らないけど、競う気なんて更々ないぞ?




「あれっ! リオちゃんもイケるクチなんだ! いいねー、今年は沢山飲める子が2人も入ってくれたねー」


 エリナさん、両肘をテーブルの上に立て、両手を口元で組みニコニコしている。なんだか楽しそうだな。


 ん? 「今年は」ということは……やっぱり、シェアハウス内のみんなで定常的に飲んでたんだ!


 やっぱりここは陽キャの巣窟だったか! 俺の読みは当たったな! よし! この調子で俺も陽キャの仲間入りを――。




 そう思った矢先。


 リビングの扉が勢いよくバタンッと開いた。




「うぃ~! 遅くなっちゃった、ごめんなさ~い!」



 扉の方を見ると、片手に『ストロングゼロ』のロング缶を持ち、もう片方の手にビニール袋をぶら下げた女性が、ふらふらとした足取りで現れた。


 この人もまた、身長が高い。おそらく、リオやハルカさんと同じくらい高い。胸くらいまで髪の長さがある茶髪で、髪が巻かれている。


 白黒ストライプの上下のジャージ姿でゆるっとした服装。胸のあたりまでジッパーを締めているが、露出度高めの白いUネックシャツから、大きく膨らんだたわわな胸と谷間がこんにちはしている。ちょっと、目のやり場に困るんですけど……!


 ぱっちり二重とブラウンのカラコンが入っているからか、引き込まれそうな強い目ヂカラを持っている。キュっとした口元でストゼロをグビグビと飲み、「プッハー!」と言いながら溢れんばかりの満面の笑み。……この人、よっぽどお酒が好きなんだな。


 服装といい、ゆるんだその顔といい、こんな露出度高めの美人が酒飲んでフラフラしてたら、下手すりゃ痴漢にあってもおかしくないぞ。




「マナミ! お酒買いに行くって言ってからずいぶん遅かったじゃん。どうしたの?」


 エリナさんが質問すると、その女性は「エヘヘ~ごめんごめん」とニヤニヤしながら舌をペロッと出して、ペコっとお辞儀した。


 コレが俗に言う、テヘペロというやつか!!!

 か、可愛い……。


「スーパーでお酒買ったところまでは良かったんだけどねー。お店の外に出たら、サークルの子たちに見つかっちゃってさー。ウチがお酒持ってたもんだから、一緒に飲みましょーっておねだりされちゃって、帰してもらえなくてー。仕方ないから、ちょっとだけ飲んできたの。ごめんねー」


 言ってる最中もずっとヘラヘラしている。

 うん、ぜんぜん反省してなさそうだ。


「そんなことだろうと思った……。まぁ、いいから早く座って! 新しい子たち、いい飲みっぷりしてるよ!」


「おお~! お酒飲めるんだ! いいねいいね! 奥にいるのは……リオちゃんだ! 手前の男の子は……、名前は何て言うの?」


 ストゼロを飲みながら、おぼつかない足取りでこっちに向かってくる。




 なんだかヤバそうな住人がもう1人現れちゃったんですけど!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る