第12話 共通

 俺は今まで女子と全く触れ合ってこなかった。


 そんな生き方をしていたから、「漫画やラノベっていうのは男子が読むものだ!」という固定観念で頭が凝り固まっていた。


 たとえ女子がいたとしても、そんなのはどうせ空想の世界でしか存在しないもの、と思っていた。




 ……でもまさか、こんなモデルみたいなキレイな女の子も、壁中をポスターだらけにしているだなんて。


 一気に視界が開けたような気がした。


 この子と唯一、お近づきになるための、一筋の光が見えたがする……。




「あーっ! リオちゃんも『JAJA』持ってるんだ! しかも、たっくさんある!」


 部屋の中からミホちゃんの声が聞こえた。


 むむっ? JAJAだと!? リオさんもJAJAが好きなのか!?



「ちょっと、勝手に本棚見ないでくださいよ! ――てか、アンタ! 何覗いてんの! キモすぎ!」



 リオさんに、外から部屋を覗いているのがバレてしまった。どうしよう、言い訳を作らなくては……。



「え、その、えっと、たまたまドアが閉じようとしてたから、つい反射的に支えちゃって――」

「は? キモキモキモキモ!!! ドアに触らないで! ドアが溶けるから!」


 リオさん、ゾンビの侵入を拒むかのような表情でドアに近づいてくる。どうやら俺を排除したいらしい。


「そ、そうですよね、すいません、閉めま――」



 いつものネガティブ陰キャモードが発動しそうになった、その時。

 ふと、疑問が浮かび上がった。




 ――あれ? 俺、本当にここで、ドアを閉めていいのか?


 素で何を言い出すか分からないお転婆なミホちゃんを、ここに置き去りにしても良いのか? 

 置いていったら、またリオさんが俺のことを勘違いするような発言を言い出すんじゃないか?

 そうなったら、これから4年間、ずっとキモ男扱いを受け続けることになるんじゃないか?



 ――何のために、俺は必死に勉強して都内の大学に受かったんだ?

 何のためシェアハウスに住むことにしたんだ?



 華の大学デビューをするために来たんだろ?

 陰キャから陽キャに生まれ変わるために来たんだろ?

 女子からモテまくるために来たんだろ?



 だったら、ここで閉めたらダメじゃないか?

 コレは陽キャになるための試練なんじゃないか?

 もっともがいて、陽キャになるための壁を、今ここで乗り越えきなきゃいけないんじゃないか?



 ――俺は、自分の『運』をこれから乗り越える!!



 リオさんがドアを閉めようとした、その時。

 俺は無意識かつ反射的に、セリフを吐いてしまった。




「――だが断る」



 リオさんの動きがピタッと止まった。


「……は? ちょっと、何言って――」


 俺は、ドアを思いっきり開いた。


「この『日笠ヨウ』が最も好きな事のひとつは! 俺を『キモい』と言うやつに『NO』と断ってやることだ!!!」




 ――つい、大声で叫んでしまった。


 あーあ、言っちゃった。


 つい無意識で、俺のバイブルから露伴先生の言葉を借りて言い放ってしまった。



 ……このあと、もう一生、話も聞いてもらえないんだろうな。





 リオさん、ポカンとした表情で俺を呆然と見つめていたが。


 しばらくすると、厚くでふっくらとした唇から「プッ」と笑い声が漏れ、ケラケラと笑い始めた。



「あははっ! 急に何? JAJAのセリフじゃん! きっも!」


 畳み掛けるようにセリフが俺の喉から溢れてくる。


「俺は『正しい』と思ったから言ったんだ! 後悔はない……」

「うわ、それもセリフじゃん! よく言えるね、それ言えるものマジでキモいんですけどー」


 リオさん、口を手で抑えてゲラゲラと笑っている。

 ていうか、それをJAJAのセリフだって知ってるリオさんもどうかと思うんだけど……。


 顔をクシャッとさせて、笑うとタレ目がさらに下がるんだな。大人っぽい顔つきしてたけど、こうやって子供みたいに笑ってる顔を見ると、なんだか同い年に見えなくもないかも。


 リオさん、笑ったとき、こんな顔するんだな。



「……知ってたんですね、セリフ」

「当たり前でしょ! そこに漫画も置いてあるし、何度も読んでるんだから。」

「そ、そうですよね。でも、リオさんが読んでるとか、すごく意外です」

「そう? ワタシの周りにもJAJA好きな女子、結構いたから普通だと思うけど」


 え!? リオさん以外にもJAJA好きの女の子っているの!?

 知らない世界だ、きっと異世界だ……。



「ま、とりあえずアンタ、キモいから部屋には入らないで」


 そう言うと、リオさんはドアを閉めようとするのを止め、ミホちゃんの方へ向かっていった。




 ……俺に言葉を授けてくれてありがとう、JAJA! 

 おかげで締め出されずに済んだ!

 リオさんとも初めてまともな会話ができたよ!




 ドアから締め出されることが無くなったのでお言葉に甘えて、どんな本があるんだろう、と目を凝らして本棚を見つめてみた。



 JAJA以外にも、リオさんのTシャツにプリントされたキャラクターが出てくる海賊冒険漫画とか、汎用人型決戦兵器に乗って中学生たちが使徒と戦う漫画とか、願いを叶えるために7つの玉を集める漫画とか、不良高校生が真面目にバスケする漫画とか、いかにも、というような少年漫画がずらっと並んでいる。

 

 そして、ラノベもずらり。……え? ラノベだと!?


 んんん? ていうか、よく見たら、貼られてるポスター! 


 青髪ショートヘアの鬼っ子メイドの絵とか、居酒屋宴会芸が得意な青髪ダ女神の絵とか、タブレット抱えてエロいイラスト描いてる白髪の妹の絵とか!




 男が好きなヒロインたちのイラストばっかりじゃねーか!!!


 リオさん、本当に女の子だよな? 趣味が俺と共通すぎるんだが……。




 そんなことを考えていると。



「あー! あった、コレだ、コレ!」


 ミホちゃんが本棚を指さした。

 リオさんが不思議そうに本棚を見つめる。


「え? この本棚がどうしたんですか?」

「コレね、前に202号室に置いてあったやつ」


 

 ――この場が一気に凍りついた。

 リオさん、明らかに動揺している。

 しかし、ミホちゃんはそんなことお構いなし。


「これね、前に202号室に住んでたお兄ちゃんが使ってた本棚なんだけど……」



 リオさんの顔が急に青ざめる。


 あ、コレは、リオさんいつものセリフが出てくるな。




「――無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理、無理ーーーーーッ!!!!!!」




 リオさんはお決まりのセリフを叫んだと思いきや、慌てて本棚から本を引きずりおろし、一気に本棚の中身をカラにした。


 そして俺に向かって叫んできた。


「ねぇ、アンタ! この本棚、すぐに外に出して! 無理! キモすぎ!!!」

「え、でも、俺部屋に入っちゃダメなんじゃ――」

「そんなのいいから! 早く入って! 運んで行くくらいすぐにできるでしょ!」


 部屋に侵入している異物を、一刻も早く駆除したいらしい。

 リオさん、アワアワと口を震えさせてジタバタと落ち着かない様子だ。



 ……こうして見事、俺の立てた作戦は成功したのであった。

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