第11話 本棚

 あ、そうだった。

 

 余っている本棚があるか、ハルカさんに聞きに来たんだった。


 あまりにも豪華なリビングを見せつけられて、完全に忘れてた……。




 俺はもう一度リビングの扉を開けると、ハルカさんはニコニコと鼻歌を歌いながら調理していた。


 ――俺の知ってるハルカさんじゃない!

 

 一人でいるときって、ハルカさんそんなにエンジョイしちゃってるの?

 これもエリナさんパワーなの?



「あ、あの……」


 俺は恐る恐るハルカさんを尋ねると、ハルカさんは俺の顔を見るやいなや、少し慌てた様子で「ゴホンッ」と咳払いをし、いつもの無表情に戻った。


 なるほど。人と接するときは基本冷酷モードになるんだな。


「ウオッホン! ……なんでしょう?」

「あの、もし、あればで良いんですけど、前の住人の方で、本棚を置いていった人、いないかな~なんて思ってまして……」


 ハルカさん、キョトンとしている。


「はい?」

「それで、もしよろしければ、その、本棚とか、お借りできないかな~なんて……。だめ、ですかね?」


 恐る恐る聞いてみた。

 厚かましい住人だなって思われるだろうか――。



 そう思った矢先、ハルカさんが「あぁ、そういえば」と口を開いた。


「本棚なら、リオさんが昨日全く同じ質問をしてきたので、残っていた本棚は全てリオさんの部屋に運んでしまいました」



 Oh, shit! ていうかリオさん、全部の本棚を使うって、そんなに収納する本持ってんの? 相当な文学少女なのか?


 仕方ない、あとで自分で買うか……。



「そ、そうなんですね、分かりました! 失礼しました……」


 なぜか謝ってしまった。ハルカさん、なんか怖くてつい下手にでちゃうんだよなぁ……。

 俺は申し訳なさそうにリビングを後にした。




 そそくさと自分の部屋に戻ると、部屋ではミホちゃんが座椅子に座りながら体育座りをして、相変わらず集中しながら漫画を読んでいた。


「あ、お兄ちゃんお帰り~。どうだった? 本棚あった?」


 まるで我が家かのようにくつろぐ自称・妹。もう、ナチュラルに溶け込んでやがる。


「た、ただいま~。残念ながら、もう無いみたい」

「ふぅん、そうなんだ。残念だね~。前はこの部屋にも本棚がたくさんあったから、余ってると思ったんだけど……」


 ミホちゃんは部屋の周りを見渡している。


 むむっ? それは、前にこの部屋に住んでいたドルオタ兄貴の遺物か!?

 

 ――もしかして、このことをリオさんに告げたら、気色悪がって本棚も投げ出してくれるんじゃねーか?



 ……性根の腐ったことを考えついてしまった。


「そ、それなんだけどさ。前にあった本棚も、他の部屋の本棚も、全部リオさんが持って行っちゃったみたいなんだよね」

「え? そーなの?」


 内緒にする必要は無さそうだし、言っても平気だよな?


「うん、だから、もしかしたら、余ってる本棚もあるんじゃないかなーって思ったんだけど……」

「う~ん、たしかに」


 ミホちゃん、訝しげな表情をしている。


「だ、だからさ、その、前のお兄さんの本棚、この部屋に戻ってこさせたらどうかなーって思ったんだけど……どう? その本棚に、この『JAJAの奇妙な探検』をしまえたら、ミホちゃんだって、また漫画を借りに来たとき、いつでも懐かしさ感じられるでしょ?」


 ……ヤバいことを言っているのは分かっている。

 俺は、ミホちゃんの力を借りて本棚を奪還しようと、そそのかしているのだ。



 だが俺だって、やられっぱなしは嫌だ。

 俺のことを「サイコパス野郎」だと勝手に勘違いし、俺のメンタルをフルボッコにしてきたリオさんに、渾身のカウンターパンチをお見舞いしてやりたい。

 なんだろう、だんだんイライラしてきた……!



 悩んでいる表情のミホちゃん。すると。


「ん~。そうだね、じゃあ、リオちゃんに聞いて、お兄ちゃんの本棚は返してもらえないか聞いてみよっか!」


 っしゃ!!! ノッてきた!!!


 こうして俺たちは、ドルオタ兄貴の本棚を回収するために部屋を出て、204号室へ向かったのであった。




 ――204号室のドアの前。

 俺はまるで隠れるかのように、リオちゃんの斜め後ろで身構えている。

 

 ミホちゃんがコンコン、とドアをノックした。


「リオちゃーん? ちょっといーい?」



 しばらくすると、ガチャッ、っと解錠される音がして、リオさんが腕を伸ばしてドアを開けてきた。


 ……改めて見ると、やっぱり、相変わらずキレイだ。

 細身のスレンダーボディに、胸が強調されたピチピチTシャツとショーパン姿。近くで見ているからか、余計に目のやり場に困る。


「はい、どうしました? ――って、うわっ!!! 男!!! キモい、無理ッ!」


 俺がいることに気付いて、この世のものとは思えない生物を見たような顔で、全力でビビってやがる。


「やっほ! あのね、本棚が見たいの」

「へ? ほ、本棚!?」

「うん、本棚! ちょっと見せてね! お邪魔しまぁーすっ!」


 ミホちゃん、何も理由を説明せずに、リオさんがドアを支えるために伸ばした腕の下をくぐり抜け、颯爽と部屋へ入っていく。


「え? ちょっと、何ですか急に! 無理無理無理無理、勝手に入らないでくださいよ!」


 リオさんは、ミホちゃんを静止するために振り向いて、ドアから手を離した。


 俺はその拍子に、反射的に半開きのドアを手で支えてしまい、ひょっこりと部屋を覗いてしまった。


 すると、部屋の中は――。




 片方の壁には、少年漫画に出てくるキャラクター、ラブコメアニメの女性キャラクターのポスターが、所狭しとびっしりと貼られている。


 そしてもう片側の壁には肝心の本棚が、部屋の面積を圧迫するほどにドスンと鎮座。

 これでもかというほどにびっしりと、純文学の本や参考書……じゃなくて、漫画とラノベが並べられてる!?




 ――えええええ!?!? もしかして、リオさんって、オタクなの!?

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