第10話 ははーん?

 ハルカさんの殺気のような視線を感じ、これ以上エリナさんと握手し続けるのはマズい、と雰囲気で察した俺は、自らエリナさんの手を離した。


 あぁ、もっと握手していたかった……。



 エリナさんは、握手を終えてもニコニコしている。


「これからはウチのルールで『ヨウ』って呼ぶから、よろしくね」

 


 あ、そうだ。この人が、陰キャはハードルが高いルールを作った張本人か。


「そういえば、この家の中は全部回った?」

「あ、えっと、まだ、全部は回ってない……と思います」


 そういえばこの館、というか豪邸にたどり着いてからは1階の共同生活の部分はぜんぜん見れていなかった気がする。


 目まぐるしく色んな人に出会っていたのと、自分の部屋しか行ってなかったせいか。1日が濃すぎて、情報量が脳のキャパを超えそうだよ……。


「あら、そうなの? じゃあせっかくだし、私が案内してあげよっか」

「え! い、いいんですか?」

「そりゃあそうでしょー、私の家だもん。じゃ、早速ついてきて!」


 そう言って俺の横を通りすぎ、事務室を出ようとするエリナさん。


 俺も言われるがままに、エリナさんの後ろをついていこうとしたその時。



「わ、私も行きます!」


 ハルカさんがいつもより2倍くらいの声量で声を張ってデスクから立ち上がると、エリナさんの斜め後ろにべったりくっついていった。


 そして俺の方をちらっと向いて、「フンッ」となぜか勝ち誇ったような表情を見せてくる。



 ……あれ? 俺、何かハルカさんが気に障るようなことしたっけな?




 俺たちは事務室を出ると、エリナさんは左側の大きな両開きのドアをガバっと開けた。


「さ! ここが、我が家の共同リビングね」


 ドアが開いて中に入るとそこには、明るくてだだっ広いリビングが広がっていた。


 

 ドアが館の中央に位置しているから、広さ的には住民の部屋4つ分、ってところか。

 間接照明で照らされている部屋は、床は白い石のようなタイル、壁は所々がコンクリートと真っ白でツヤツヤな壁紙のコントラストになっている。

 壁紙部分には、どこの海外アーティストなのか分からないがかなり大きなサイズのポスターがびっしりと並んでいる。


 正面側はほとんどガラス張りになっていて、ガラスの向こうには……。


 え、プール!?


 この家、館に入る手前の庭だけじゃなくて、その奥にもプール付きの庭(しかもヤシの木っぽい南国の木付き)がありましたわ……。



 どんだけ広いんだよ、どんだけ豪華なんだよこの館は!

 


 扉を背にして右側には、8人座れる大きなガラスのダイニングテーブルと、いかにもデザイナーが作りましたと言わんばかりの白い洒落てる変わった形のチェア。

 そしてその奥には、コンロが何口ついてるんだ、というくらい広い調理場。絶対日本製じゃないようなキッチン家電も、ずらっと並んでいる。


 まさに恋愛リアリティショーの「バルコニーハウス」で見たような、絵に描いたような陽キャ空間だ……。


 

 扉を背にして左側には、座り心地(というか寝心地?)の良さそうな白いソファが『コの字型』で並んでおり、その中央にはかなり大きな石のローテーブルが、ズンと鎮座している。

 奥の壁には大きなスクリーンが垂れ下がっており、天井を見るとプロジェクターがくっついていた。


 ここで映画とかゲームを大画面で見るんだろうな。さぞ楽しいんだろうな、まさに陽キャの世界だ……。




 あまりにも今まで自分が暮らしてきた生活とかけ離れすぎて、目に入ってくる情報、全て訳がわからない。



 呆然と立ち尽くしていると。


「どう? ウチのリビング、カッコいいでしょ」


 エリナさん、鼻をフフンと言わせてドヤ顔をしている。


「は、はい! なんというか、もう、すごすぎて、言葉が出ないというか……。僕、ホントにここに住んで良いんですか?」

「当たり前でしょー。これからココの空間もぜーんぶ使っていいんだから」


 エリナさんは何を今更、と言うかのような困った表情をしている、


「あ、ありがとうございます! なんだか、実感がぜんぜん沸かなくて……」

「まぁ、そりゃそうよね。この空間を作るために、ずいぶんお金かけたし。そこのローテーブルとか大理石だし、このイスだってフランスのデザイナーの特注品だし、そこに飾ってある絵画、世界に1つしかない一点物だし」


 は、はい!? 大理石!?

 ……さすがに金額まで聞いたら、脳が麻痺しそうだからやめておこう。


「あー、でもそういうのは気にしないで! 私が趣味で置いてるだけだから。と・に・か・く! ココは好きに使っていいからね」


 エリナさん、言い方的に「趣味、イケてるでしょ?」ってさり気なくアピールしているみたいに聞こえます。

 でも、カッケェっす。これが一流のやることなんすね。


「あぁそうそう。今日、歓迎会するって聞いてる? ここでやるから、楽しみにしててね」

「あ、はい! さっき聞きました。こんな僕なんかのために、本当にありがとうございます……」


 こんなところで歓迎会が開かれるなんて、陽キャ中の陽キャイベントになること確定案件じゃねえか!!!



「いいえー。そうだ、料理は全部ハルカが作ってくれるんだよ。ねー、ハル――」

「はい!!! 私、エリナさんのためにたくさん頑張ります!」


 エリナさんがハルカさんの名前を出した瞬間、ハルカさんは「待て」をひたすら我慢していた子犬が解き放たれたときと同じくらいの勢いで、食い気味に返事をした。

 まるでハリウッドスターに見惚れているかのような眼差しでエリカさんを見つめ、両手でガッツポーズをとっている。



 ん? 『エリナさんのため』? 新しく入居する俺とリオさんのため、ではなく……?


「じゃ、私はそろそろ仕事に戻らなきゃいけないから、事務室に戻るね。よかったらリビングでくつろいでって。あ、冷蔵庫に自家製スムージー置いてあるから、好きに飲んでいいよ。じゃ、また後で〜!」


 そう言い残すと、エリナさんは凛とした姿勢で部屋のドアに向かっていった。

 自家製スムージー。いちいちアピールの癖がすごいんよ。


 去り際に「じゃ、ハルカ、よろしくね」と言いながらハルカさんの頭を撫でる。


 ハルカさんはまるで犬が尻尾をガンガン振って喜びをアピールしているかのようなテンションで「はい! 頑張ります!」と声を張りあげた。

 ハルカさん、今までに見せたことのない、デレッデレの笑顔でエリナさんを見送っている。


 エリナさんが部屋から出た後も、すごく嬉しそうな表情で、俺の顔は一切見ずにキッチンの調理場に入っていった。




 俺に接してたときの、あの冷酷な態度と真逆すぎる……。




 ははーん、なるほど? 


 今までの俺に対する殺気のような視線、勝ち誇った顔は全部嫉妬だったんだな?

 

 ハルカさん、きっとエリナさんのことが好きでたまらないんだな?



 なんだかハルナさんの弱みを握れたような気がして、俺はハルカさんに向けて一人勝ち誇った顔をしてリビングを出たのであった。




 ――バタンとリビングの扉を閉め、リビングを出てから気付いた。


 俺、何しに来たんだっけ。

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