第9話 オーナー


 ミホちゃんは悪気もなく素直にモノが言えちゃう子なんだな……。

 


 とりあえずそう思うことにして、重い荷物を部屋に運んでいった。



 部屋の真ん中に運び込むや否や、ミホちゃんはそわそわしている。


「ねぇねぇ、このダンボール、何が入ってるの!」

「えーと、この中は、本とかゲームとかが入ってる、かな」

「へぇー! そーなんだ! ねぇ、見せて見せて!」


 興味津々で聞いてくるミホちゃん。


「じゃ、じゃあ、開けるね。たいしたモノは入ってないけど……」



 俺はダンボールを開けるや否や、ミホちゃんが目を輝かせて覗いてきた。


 大量の漫画と据え置き型ゲーム、そしてノートPC(実はゲーミングPC)が入っているんだが……。



「うわぁ、この漫画知ってる! 中身は読んだことないけど、確か、色んな人達が特殊能力? で戦うやつでしょ?」


 どうやら、ミホちゃんは特に知識はないものの、ちょっと興味ありげだ。

 これは、気合をいれて教えてあげなくては。



「あぁ、これは『JAJAの奇妙な探検』っていう能力系バトル漫画だよ。部ごとに分かれてるけど、全部合わせると130巻を超えるくらいあるんだ。色んなキャラクターが出てきて、どれも個性的でめっちゃカッコいいんだよ。数々の名言があって、キャラクターたちの立ち振る舞いは、俺のバイブルなんだ。ちなみに『JAJA立ち』っていう、独特のポージングもめっちゃ有名なんだけど、知らない? 漫画だと絵が苦手っていう人もいるけど、アニメから入ればそんなことは無いと思うし、なによりも声優陣が超豪華だから、最初はそっちから見た方が――」



 ――はっ。



 やばい。俺、急に熱く語りすぎてしまった。

 

 いきなりこんな話を長々としだしたら、さすがのミホちゃんも引いちゃうんじゃ……。




「へぇ~! そうなんだ~! すごい面白そう! アタシも読んでみたい! 漫画読ませて~!」



 まさかの好感触ーーー!!!



 

 そっか。ミホちゃんの前のお兄ちゃんはドルオタ教祖だったもんな。お兄ちゃんがどんな趣味を持ってようが、あんまり関係ないのか。

 ミホちゃん、早速勝手に1巻を取り出して、座椅子に座って読み始めちゃってるし。


 初めて、女の子に俺の趣味を共感してもらえた。


 嬉しい、嬉しいぞ!


 ……とはいえ、このあたりの少年漫画は男女ともに好きだって言うし、これなら許容範囲って感じなのかな。



 ディープなやつだと、深夜アニメでやっているような異世界モノだったりラブコメが好きだなんて言えないよな。

 さすがに陽キャたちは知らない世界のジャンルだと思うし。


 俺の持ってきた電子書籍リーダーの中身はラノベだらけだなんて、口が裂けても言えない……。



 俺は悟られないよう、これ以上は何も言わないことにし、そそくさとダンボールの中身を取り出して整理していった。

 

 とりあえずゲームはテレビに取り付けて、ノートPCや電子書籍リーダーは2段ベッド下の机あたりに。

 漫画は……置き場がないから、一旦ダンボールの中に置いとくか。あとで本棚でも買いに行くかな。


 あ、でも、もしかしたら前の住人が本棚を置いていったりしてないかな? ハルカさんに聞いてみるか……。



「あ、あの、ミホちゃん。お楽しみのところ悪いんだけど、ハルカさんってどこにいるか、知ってる?」

「ん? ハルカさんなら、普段は事務室で仕事してると思うから、1階にいるんじゃない?」


 ミホちゃんは漫画に釘付けのようで、俺の顔を見ずに答える。


「事務室か……。どのあたりにあるの?」

「そっか、場所わかんないか。えっとね、階段を降りてまっすぐ行くとドアがあるから、そこを開けたら事務室だよ。降りて右側が共同リビングなんだけど、そっちじゃなくて、まっすぐね」


 視線を漫画に落としながら、絶対に事務室がないであろう方を指差すミホちゃん。


 そっか。JAJAを読むことに集中したいんだね。

 さっき荷物を一緒に運びに来てくれたのは、たまたまだったんだね。

 

 お兄ちゃん、この家のことよくわかんないけど、一人で行ってくるよ。



「わ、分かった、ちょっと行ってくる。ミホちゃん、自分の部屋戻らないの?」

「ん? ここにいちゃダメ?」

「べ、別に構わないけど」

「うん。じゃあ、行ってらっしゃ~い」


 どうやらミホちゃんは、この部屋から離れる気も全く無いらしい。座椅子で体育座りをして漫画を読んだまま、俺に「ばいばーい」と手を振ってきた。



 自分の部屋に女の子を招き入れるだけでなく、女の子を部屋に残して外に出る、ということも初体験。

 イキナリの経験が重なりすぎて、もう訳が分からん……。




 とりあえず、部屋を出て事務室へ向かうことにした。


 螺旋階段を降りると、少し進んで正面にはドアがあり、「事務室」と表札が貼られているのが見える。



 コンコン、とドアをノックした。


「すみませーん、あの、ハルカさんいらっしゃいますか?」

「どうぞ、入って」

「し、失礼しまーす!」


 俺はドアを開けて中に入った。

 あれ? でもハルカさんの声じゃなかったような。


 事務室には、事務用の机がすぐ横に、そして正面にと2つ置かれていた。



 そしてそこには――ん? あれ、ハルカさんと、もうひとり別の女性がいる。

 ノートパソコンに向かって、背筋良く座りながらカタカタとキーボードを叩いている。



 前髪をかき上げてオデコを見せる、茶髪で前髪長めのロングヘア。手で髪をかきあげる仕草がなんだか色っぽい。

 全体的に全ての顔のパーツが整っていて、キリっとした顔立ち。

 白シャツに黒のスキニーデニムという、いかにもキャリアウーマンといった感じの見た目をしている。


 どうやらその助成は俺に気付いたようで、「こっちおいで」と俺を机の前に手招きした。


 なんだか面接みたいになってるんですけど……。


 その女性は、ノートパソコンをバタンと閉じると、机から立ち上がり俺の方に近づいてきた。

 「デキる女」感のあるオーラが、すごい。年齢は30歳を超えているだろうか、オトナの色気がプンプンしている。

 そして香水だろうか、花の蜜みたいな、甘くて脳がとろけそうなニオイがする……。

 東京の働く女性って、みんなこんな感じなのか?


「日笠ヨウくん、だよね。はじめまして! 私はオーナーの大沢エリナです。ようこそ、我がシェアハウスへ! これからよろしくね!」


 エリナさんは、ニコッと微笑むと右手を俺に差し出して握手を求めてきた。


 うおお、まじか。女性と握手なんてしたことねぇよ……。


 緊張しつつ俺も「は、はじめまして!」と右手を差し出しすと、エリナさんはガシッと俺の手を掴んだ。


 思ったより握手のホールド感が強い。

 なんだか、心も握られそう……!


 緊張と照れを必死に我慢して隠しながら「よろしくお願いします」と言い返すと、なんだか横からめちゃくちゃ視線を感じた。




 なんだろう、何か殺気のような視線を感じる――。



 ちらっと横を見ると、俺と接しているときは冷酷で無表情だったあのハルカさんが、頬を膨らませて思いっきりしかめっ面をしながら俺のことを睨んできた。




 ……えええええ!? 何でそんなに怒ってるの!?

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