第3話 下の名前
俺は案内されるがまま、恐る恐る門をくぐった。
門から館の扉までは10mくらい離れていて、その脇のスペースは芝が生えた庭になっている。
広い。豪邸かよ。
左を見ると、大きなパラソルが2つ地面に刺さっており、そこにはテーブルやベンチが並んでいる。バーベキューをすることを想定しているのだろうか。高い塀のおかげで、騒音とかニオイとかのクレームがくることは無さそうだな。
右を見ると、大きなガレージに、いかにも高そうな高級車が4台並んでいる。
運転するのも気が引けるな……。
これ、さすがに学生じゃ所有できないよな。全部オーナーの所有物か?
いかにもイケてる人が住んでいそうな庭を目の当たりにし、ますますビビり始める。
俺みたいな陰キャが、こんなところに来てしまい、大変申し訳ございません!
キョロキョロしながら進んでいくと、千代田さんは館の扉の前に立ち、俺の方に振り返った。
その横には、ポストが全部で11個、壁にくっついている。ポストの説明をしてくれるのかな?
オーナーが住んでるって言ってたから、もともと10人まで住めるんだな……。で、今使われるのが俺含めて5部屋になると。
「日笠さんの部屋は202号室になるので、こちらのポストをご利用ください。ダイヤル式になっているので、矢印に合わせて右に1回『2』、左に1回『0』、もう一度右に『2』を揃えるように回せば開きますので」
おいおい、単純だな! もしかして他の部屋も同じ構造なんじゃないか?
試しにダイヤルを回してみる。確かに、2、0、2で開いた。こういうところだけはセキュリティ単純そうだな。
ダイヤルを回しながら、千代田さんは俺に「ああ、そういえば」と話しかけた。
「そういえば、これが、日笠さ――、ヨウさんの家の鍵です。スペアキーは私が管理していますが、無くさないようにしてくださいね」
――ん?
今、ヨウって言わなかったか?
俺のこと、「日笠」じゃなくて下の名前で呼ばなかったか?
「え、あの、えっと、その。今、ヨウって呼びました……?」
こんなキレイな人と話す緊張と、名前で呼ばれた驚きも相まって、めちゃくちゃどもってしまった。
「あ、はい。この館に住む方は、オーナーの方針で、みなさん下の名前で呼び合うことになっているんです」
なんちゅうオーナーだ。
さすがシェアハウスなのか?他にも独自のルールが沢山ありそうだな。
「なので、これから先は私のことも、千代田ではなくハルカと呼んでください。以後、よろしくお願いいたします」
「え!? あ、は、ひゃい!」
こんなオトナの女性を、初対面でいきなり名前呼び!? 陰キャにはハードル高すぎるだろ!
まだ部屋の中すら入れてないけど、ワクワク感よりも緊張と不安がどんどん増えてきてるんだが。
そして俺は千代田さん――もとい、ハルカさんに鍵を手渡されたので、ポストの横に備え付けられたインタ―ホンの下にある鍵穴に鍵を指してひねった。
扉はスライド式だったようで、鍵をひねった途端、シュッと横に開いた。
ハルカさんに案内され、遂に館の中に入っていく。
心臓が更にバクバクしてきた――。
扉を開けると、かなり広めの玄関が登場した。
靴を脱ぐ土間と廊下の間には、場のスリッパが横一列にキレイに並べられている。
その先には、おそらく共用リビングであろう、大きめのドアが正面にあり、その横に上のフロアへと続く螺旋階段がある。
ポストを見た感じだと、1階部分は1つしか無かったので、1階はオーナーの住居で、2階から上が居住スペースなのであろう。
「こちらが共用玄関になっています。お持ちの靴は、あちらのシューズクローゼットに入れておいてください。
左を見ると、小さな部屋の中に、所狭しと女性モノの靴が並んでいる。
これが「シューズクローゼット」というやつか。ひっろいなー。ここだけのスペースでも住めるんじゃないか?
なんだこれ。コレが陽キャの住む世界か!?
本当に、ここ、俺が住んでいい場所なのか!?
キョロキョロと中を見渡していると。
「では早速部屋までご案内します」
「は、はい!」
田舎じゃ考えられないような豪邸を目の当たりにし、戸惑いを隠せない。これが俺の住居になるなんて。
でもこんなにリッチな家なのに、俺の部屋の家賃って割に合わない気が……。
本当に、こんな俺でも住める安い家賃で大丈夫なのか?
疑問に感じつつも、土間を上がってスリッパに履き替え、階段に向かって歩き出す。
――すると、階段から誰かが降りてくる音がした。早速住人か!?
階段の方に視線をやると、これはまたハルカさんとは違った系統の、モデルのようなキレイな女性が螺旋階段から降りてきた。
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