§039 神の裁き
幕を開けた一戦。
敵はクラウンとスコットの二人。
クラウン曰く、スコットの想い人が実はレリアで、その隣にいた俺のことを敵視しているとの話だったが、この間の中庭での一件を見ていれば、スコットがレリアに想いを寄せていないことは一目瞭然。
よってあれはクラウンの詭弁。
やはりスコットは自身の意思で戦っているわけではなく、クラウンに操られていると考えるのが妥当だろう。
そうであるならば、クラウンを叩けばスコットは止まる。
狙うは最初からクラウンただ一人だ。
俺が状況を分析しているとクラウンはすぐさまスコットと散開し、詠唱を紡ぎ始める。
しかし、俺の魔法の展開速度がクラウンの詠唱速度を上回る。
「【速記術】――
超高速で射出された紅蓮弾が、地面を黒墨に変えながらクラウンへと襲いかかる。
「――――!」
クラウンはそれを目視して詠唱を中断。
迫る紅蓮弾を最小限の動きで躱す。
「……無詠唱での魔法展開か」
スコットが目の前を過ぎゆく紅蓮弾を見つめながら呟く。
それを見て、更なる魔法陣を高速展開する。
先の一撃で魔法の展開速度は俺の方が速いことはわかった。
あとは奴に隙を与えずにひたすら魔法を叩き込むだけ。
俺はクラウンに向かってありったけの紅蓮弾を射出する。
「――
「――
「――
それによってクラウンは詠唱すらままならない。
ひたすら驚異的な瞬発力で屈み、捻り、跳ぶ。
手数はこっちの方が圧倒的に上。
けれど……当たらない。
まるで紅蓮弾の方がクラウンを避けていくかのように、紅蓮弾はクラウンの横を通過して、やがて遥か彼方で爆散する。
俺はひたすらに魔法陣を展開し続けるが、ここまで大量の魔法陣を展開し続けたのは初めて。
やがて一瞬のほころびが生まれる。
その瞬間を見逃さなかったクラウン。
上半身を反らして紅蓮弾を躱した予備動作から華麗な宙返りを見せると、音も立てずにスッと地面に着地する。
「確かに君の魔法の展開速度は脅威的だ。その辺の魔導士クラスだったらこの数の魔法を回避するのは至難だろう。でもね――君のその魔法には致命的な欠点がある」
殊の外、冷静な口調で述べるクラウンがスラリと人差し指を立てた瞬間、
「――氷結魔法・
横から氷の衝撃波が襲う。スコットだ。
先ほどセドリックを吹き飛ばした無数の氷柱を展開する魔法。
俺はすんでのところで身を捻って躱すが今まで展開し続けていた魔法陣の嵐がプツンと途切れる。
「そういうこと。君の魔法は『一対多』で戦うには不向きだ。せっかくの展開速度のアドバンテージが半減してしまうからね」
その言葉通り、俺がスコットの攻撃に対応をしている隙をついて、クラウンは自身の詠唱を完成させる。
「顕現せよ――【氷の魔法剣】・アマデウス――」
突如、虚空から蒼く煌めく魔法剣が顕現する。
魔法剣――けれどセドリックの【焔の魔法剣】と比べると刀身が細い。
セドリックの【焔の魔法剣】が攻撃に特化した『豪』であるならば、クラウンの【氷の魔法剣】は攻撃と防御の両方を兼ねそろえた『柔』といったところだろうか。
これで相手の戦闘スタイルが明らかになった。
クラウンは【氷の魔法剣】を用いた近接型。
一方のスコットは操られているとはいえ、自身の魔力特性が影響しているのだろう。
生成した魔力を放出する遠距離型だ。
俺が完全なる遠距離型であるため、クラウンに距離を詰められるわけにはいかない。
「――
俺は容赦なくクラウンに魔法陣を打ち込む。
しかし、クラウンは今度は躱すことなく、炎の玉が着弾する直前、【氷の魔法剣】を流麗に振るった。
刹那、紅蓮弾は一瞬にして氷塊と化し、そのまま地面へと落下した。
「――なっ!
「僕の【
そう言ってクラウンは魔法剣を片手にこちらに駆けだした。
一瞬にして距離が詰まり、俺とクラウンが肉薄する。
「君の魔法の致命的な欠点その二。僕の魔法剣のように具現化するタイプの魔法とは相性が悪い。これで君のアドバンテージは零だ!」
「――ぐっ! そうであれば切れないもの! 重力ならどうだ!」
俺は後退して距離を取りながら、クラウンの足元と進行方向にありったけの
「ん? 今度は設置型の魔法?」
一瞬のうちに地面という地面が魔法陣に埋め尽くされ、等間隔に並んだ魔法陣から白い光が立ち上る。
最初は華麗な足捌きで回避していたクラウンだったが、展開された魔法陣の数が圧倒的すぎたのだ。
クラウンも思わず足を止める。
「僕もそんなに時間があるわけじゃないんだけどなぁ? うざったいことこの上ないな」
今まである程度の余裕を見せていたクラウンに初めて焦りの表情が浮かぶ。
苛立ちを包含した口癖がその左証だ。
「スコット! 全魔力を注ぎ込んで氷の波を撃ちまくれ! 僕が止めを刺す」
「……レ、リアぁぁああ!!!」
スコットが急にレリアの名を口にして叫び声を上げる。
それはまさに奇行。
おそらくスコットの意識は既に失われているのだろう。
瞳は黒く濁り、顔は土気色でもはや生者のものではない。
そんなスコットに寸刻意識を割かれた。
その瞬間には既に攻撃は始まっていた。
「――
「――
「――
今までの比ではない。おびただしい量の氷柱がほとばしる。
氷の牢獄に閉じ込められたかのように、視界は青一色に染まる。
そして、氷柱は俺達を貫かんと枝葉を四方八方に広げる。
「――
俺は炎の壁を周囲に展開し、どうにか氷柱を焼き払うことを試みる。
しかしそれによって視界が遮断された。
悪手だった。
次の瞬間、視界に入ったのは炎を切り裂くように接近する黒い影。
刹那、シャキンという鋭利な音と共に、炎の壁が切られた。
実態を持たないはずの炎の壁が切断面に沿って斜めに崩れ落ちる。
切断面は凍りつき、紅蓮の赤が薄氷の青に染まる。
俺は反射的に護身用に帯刀している剣を引き抜いた。
間一髪。クラウンによって振り下ろされた刀身を受ける。
「――くっ、はっ」
確かに俺は剣が得意ではない。
ただ得意ではないというだけで苦手であるとも思っていなかった。
レヴィストロース家に在籍しているときは剣術の訓練も受けていたし、武術大会に出場したことだってある。
しかし、実戦での剣戟はそんな訓練がままごとに思えるほどに、激しく、そして重いものだった。
細身のクラウンから繰り出される斬撃に剣は弾かれ、同時に身体は軽く吹き飛ばされた。
俺は受け身を取ることもままならずに地面に転がる。
「――がはっ!」
クラウンの剣が胸を掠めた。
視線を落とすと、胸に斜一文字の傷ができており、傷口には薄氷が張っている。
幸いにして傷口は浅い。
俺はすぐさま身体を起こすと、追撃に備えて、剣を前に出す。
しかし、追撃は来なかった。
その代わり、俺の前には絶望的な光景が広がっていた。
それはクラウンの片手に軽々しく持ち上げられているレリアの姿だった。
「――レリアッ!」
俺は思わず叫び声を上げる。
レリアは後ろに控えていたはずだった。
けれど、俺が吹き飛ばされた拍子に立ち位置が逆転してしまったのだ。
「想像以上に時間を取らされた。不甲斐ないことこの上ないな。本来なら君のことを確実に殺していきたいところなんだけど、生憎、氷禍様に『迅速にお連れするように』と言われてるんだ。というわけで撤退するぞ、スコット」
そう言って俺に背を向けるクラウン。
どうやらレリア奪還に想像以上の時間を要したため、若干の焦りが生じているようだ。
既に勝負は決したと見て、クラウンは【氷の魔法剣】を消失させていた。
クラウンは自分がレリアを抱きかかえている以上、直接攻撃されることはないと思っているようだった。
その背中は完全に隙だらけ。
――撤退。
俺はクラウンのこの選択に勝利の活路を見出した。
仮にレリアを盾に戦われていたら手も足も出せないところだった。
俺は好機をじっと窺う。
そして――俺とレリアの距離が――三メートルを超える。
刹那、眩い黒い光を放ちながら、『常闇の手枷』が顕現し、次の瞬間、レリアの身体は俺の腕の中にすっぽりと収まっていた。
「はぁ――?」
何が起きたのか即座に把握できないクラウンは激昂し、俺の方に目を向ける。
だが、遅かった。
俺はこうなることを予測し、『常闇の手枷』の効果が発動した瞬間には発動させていたのだ。
俺が今使える最上級の魔法陣を。
「――
宣言と同時にクラウンの足元を中心に二種類の魔法陣が重畳して展開。
折り重なった魔法陣は互いに干渉し合いながら新たな紋様を構築する。
球体は空を赤く染め上げながら、
轟音を立てながら尾を引くそれはさながら隕石のよう。
着弾すれば甚大な被害をもたらすことは想像に難くなかった。
クラウンはその光り輝く球体を視認し、目を見開く。
「な、なんだ――これは――」
全てを凍てつかせる【氷の魔法剣】を顕現させようとするが、
その間に音速を超えた炎の球体が眼前に迫る。
「……あり……えない……」
「俺の勝ちだ! クラウン! 喰らえ! ――
猛烈な衝撃波が辺り一帯を突き抜ける。
木々は騒めき、地面は抉れ、粉塵が舞い上がる。
数刻の間、止まったような時間が流れた。
(バタン)
粉塵の中で何かが倒れる音がした。
おそらくはクラウンが絶命した音。
……勝った。勝ったんだ。あの新・創世教に……。
俺は勝利を確信して、抱きかかえていたレリアに目配せをするとそっと地面に下ろす。
――そして、粉塵が完全に晴れる。
「……は?」
「……え?」
「想定外なこと……この上ないな……」
俺とレリアは地獄から聞こえてくるような声に思わず目を見開いた。
……そんな。音速を超える隕石だぞ。……あれをまともに喰らって、生きていられるわけが。
しかし、彼は確かにそこに立っていた。
クレーターの中心で煤まみれになってはいるが、クラウンは確かに息をしており、致命傷となる傷は確認できない。
一体、どうやってあの攻撃を防いだんだ。
そんな疑問が頭を掠めるが、クラウンのすぐ足元に横たわるものを見て、状況を察した。
「お、お前……スコットを盾にしたのか……」
そう。クラウンの足元には熱傷により見るも無惨になったスコットが転がっていたのだ。
「あれをまともに喰らったらさすがの僕でも厳しいこと、この上ないからね。彼にも勝利の喜びを教えてあげたかったのだが、まあこの際、僕の盾となって死ねたのだから本望だろう」
「……貴様」
俺は一歩踏み出そうとするが、強烈な殺気を感じて、つい歩を止める。
「調子に乗るなよ、クソガキ。僕は厄災司教氷禍・専属護衛騎士クラウン・イスベルグだぞ。もう遊んでる時間はない。五秒後には君はもうこの世にはいないだろうね」
クラウンはそう言って鋭い眼光をこちらに向けながら、【
その表情には鬼気迫るものがあった。
そのクラウンのあまりの気迫に、俺は思わず後ずさる。
「レリア、逃げよう」
「ジルベール様、逃げましょう」
ほぼ同時だった。
俺とレリアの声が重なった。
加えて、次の瞬間、
「騎士クラウン。これは一体どういうことですか」
俺でもレリアでもないもう一つの声が重なった。
刹那、びゅーっと凍てつく冷気が地表面を舞った。
俺は予想だにしない光景に目を見開いた。
――視線の先、まるで空を舞う雪のように降り立ったのは、一人の少女だった。
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