§038 騎士

 俺はクラウンと名乗る男と相対する。


 彼は不遜な薄ら笑みを浮かべており、余裕すら窺える。

 余程腕に自信があるのか彼から攻撃を仕掛けてくる気配は今のところ無い。


 クラウンは『新・創世教』の『厄災司教氷禍・専属護衛騎士』を名乗った。

 創世教とは、言うまでもなく、終焉の大禍の際に、レリアの父――オーディナル・シルメリアが率いた教団のことだ。


 世界創世を志し、大量虐殺を繰り返した教団。

 ただ、その教団も、教団の幹部だった『厄災司教』も、当時の六天魔導士の手によって壊滅しているはず。


 『新』という冠は、おそらく教団の復活を意味するのだろう。

 仮に以前の創世教の意思を受け継いだ教団が復活したということであれば、世界を震撼させる一大事である。


 疑問は尽きない。

 だが、今はそんな詮索をしている余裕はない。

 既に俺が必要な情報は揃っている。


 こいつらの目的はレリアを奪うこと。


 それがわかっている時点で、俺の取るべき行動は一つだけだ。


 目の前の男が俺達を逃がしてくれる可能性は皆無。

 要は、彼は俺にとって殲滅すべき敵ということだ。


 レリアが外套の袖口をギュッと掴むのがわかった。


 創世教の名を聞いて自らの背負う責任を感じているのかもしれない。

 瞳は真っすぐに彼を向いているが、その色は不安と恐怖、そしてある種の自己嫌悪に満ち溢れている。


 一体レリアが何をしたというのだ。

 ちょっと特殊な固有魔法を持っているだけ。本当にそれだけじゃないか。

 それ以外は他の女の子と何も変わらない。

 夢があり、未来がある十五歳の少女。


 それなのにレリアにこんな顔をさせやがって。


「念のため聞く。お前は俺達の敵ってことでいいんだよな?」


「その言い方は傲慢なことこの上ないな。『敵』と言われてしまったら、まるで君らがで、僕らがみたいじゃないか。正義は僕達、新・創世教にある。ゆえに君らが僕の『敵』なんだよ。わかるかなこの理屈」


 先ほどまでの紳士的な口調はどこへやら。

 クラウンの口調は段々と不機嫌さを帯びてくる。


 おそらくはこれが彼の本性なのだろう。

 不安定な上に歪んでいる。

 それが今の俺の前に立つ男、厄災司教氷禍・専属護衛騎士クラウンへの評価だった。


 まさに異質。

 そんな底知れぬ存在に畏怖を覚えつつも、表面上は臆することなく対話をするしかなかった。


「レリアは絶対に渡さない」


「はぁ? ちょっと判断力を褒めてあげたからって調子に乗り過ぎなことこの上ないな。渡さないで済むと本気で思ってるの? 紳士的な挨拶だって社交辞令だよ、社交辞令。別に君みたいな雑魚に名乗る必要もないんだけど、僕はこれでも騎士だから、騎士道として礼儀を以って仕方なく名乗ってあげてるだけだよ? それなのに自分が優位と勘違いしちゃってさ。少しは自分の立場を弁えようよ」


 次々と罵詈雑言を吐きまくるクラウン。

 先ほどまで余裕を浮かべていた口の端は陰惨に歪み、目尻はひくひくと痙攣している。


「僕に課せられた任務はね、迅速に遂行すること。だから邪魔立てしてほしくないんだよね。君、王立学園の受験生でしょ? 受験生程度で僕と渡り合えると本当に思ってるの? 僕が本気を出せば五秒で消せるよ? そもそも君はレリア様の何なのさ? 誰の許可をもらってレリア様の横に立っているわけ?」


「俺は……レリアの騎士だ!」


 罵詈雑言に耐え切れず、思わず口をついて出た言葉だった。


 クラウンの『騎士』という守護すべき主がある存在にもしかしたら感化されたのかもしれない。

 その言葉を聞いて一瞬唖然とした表情を見せたクラウンだったが、手で顔を押さえると、くっくっと声を上げる。


「騎士? 君が?」


 笑っているのだと思った。

 俺のことを嘲っているのだと思った。


 けれどスッと手が取り払われたクラウンが纏っていた感情は明確な苛立ちだった。


「『騎士』というのはね、それに見合う力を持つ者のことを言うんだ。君ではレリア様を守れない。同じ『騎士』を名乗る僕の品位すらも下げかねない発言に、この上なくムカムカしてきたよ。なるほどの言っていたレリア様と常に行動を共にしている男とは君のことか。確かに彼の言う通りだ。腹立たしいことこの上ないよ、君の存在は」


 そう言ってクラウンは横に立つスコットに視線を向ける。


「彼はね……どうしても君と戦いたいみたいだよ」


「なぜスコットが俺と」


「君がレリア様の横に立っているのが許せないみたいだ。君にはわからないのかい? 想いを寄せながらも隣にいることすら許されない男の惨めさが」


「そ、そんな。スコットが……」


 クラウンの言葉にレリアは思わず両手で口元を覆う。


「だからね、ほんのちょっとだけ僕の騎士道に反するけど、彼も戦闘に参加させてほしいんだ。多勢に無勢だけど……どうせ君はここで死ぬんだし関係ないよね。――ってことで」


 クラウンが陰惨に顔を歪ませる。


「――僕達の悲願のために死ねっ!」


「勝手なことばかり言うな! 【速記術】――深紅の火山弾ヴォルケーノ・バレット――」


 今、レリアを懸けた決闘が始まる。




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