【20話】人さらいの犯人は

「ちょっと、失礼する」


そう言って大男の横を通り外に向かおうとした。するとその場にいたギルドメンバー2、3人が俺の腕と肩を掴んできて、外出は阻止されてしまった。


「なんだ?どうして外に行かせない?」

「テメェ!マスターが尋ねてるだろうが!勝手に出ようとするんじゃねぇ!」

「アルヒラさん、たぶん、これ……」


リコに言われるまでもなく確信した。


「ああ、シナリオだ。俺はこの宿屋から出られない」


ここまであからさまなことをされれば嫌でも気付く。これは強制力の仕業だ。シナリオを進めなければ、俺はこの宿屋から一歩も外に出られないだろう。


「女将さん、今、この宿屋に泊まってる客ってのはこれで全部か?」

「え?ああ、そうだよ。アンタらと、こちらの冒険者の方々の組と、配達人の方と、それから女の子2人組だけさ」

「ふうん……」


違和感だ。イオが消えた直後に次々と現れる関係者たち。まるでサスペンスの冒頭じゃないか。つまり、シナリオが始まってしまったということだ。そしてサスペンスにはいくつかのお約束が存在する。それが今回、俺が宿屋から出られないこととも関係しているのだろう。


「犯人は、この中にいる!」


一度は言ってみたかったセリフを高らかに宣うと、ブロンドおさげの女の子が声を荒げた。


「ば、バカ言わないでよ!アタシは部屋でずっと剣の鍛錬をしてたのよ!それにお姉ちゃんだってずっと肌のお手入れをしてたわ!ほら触ってみてよ!モチモチぷるんよ!」

「あ、こらペタペタ触らないで!」

「別に君たちが犯人って言ってるわけじゃないよ。……触ってイイ?」

「だめ!」


なぜかリコに怒られた。


「……すまん。実はもう犯人の目星もついてるんだ」

「おう、言ってみろや」


大男が入口の前にドカッと胡坐をかいた。ヒザに置かれた手は小さめのフランスパンが5本並んでいるかのようで、そのサイズからして人間の頭くらいなら簡単に握り潰すことができるのかもしれない。


「アルヒラさん、どういうことですか?早くイオちゃんを助けに行かないと……」

「考えてみろ。恐らくこれは推理物だ。リコはこのシナリオに覚えはないか?」

「推理なんて……」

「いずれにせよ、イオがさらわれたのに主人公が助けに行かないなんて変だろう。とすると、助けに行く前に宿屋でするべきことが残っているか、そもそも行く必要がないかのどちらかだ」

「なにを話してるのか分からないが、とにかく早く拠点を選ぶんだ!手遅れになるぞ」


イケメン剣士が急かしてきたが、その前にどうしても確かめたいことがあった。初めて見た時から感じていた違和感を。


「そちらの、戦士の方、ずっとお腹を抱えてますよね?」

「ん?ああ、ご覧の通り、デブだからな」

「ちょっと、そのお客さんを疑うっての?そちらの3人組の方は、うちの常連さんだよ!戦士さんだって、初めっからずっとその体型さ!」


わざとらしい女将さんのフォローは無視して、俺は戦士に近づいた。


「いくら太った人でも、膨らんだ自分のお腹をずっと抱えてるのっておかしいと思うんです。お腹に触ってもいいですか?」

「だめだ。俺は身体に触れられるのが嫌いなんだ」

「触ります」

「だめだ!」


押し問答をしながら戦士のシャツに手を掛けると同時、イケメン剣士と美人僧侶が入口に向かって走り出した。


「おおっとぉ、どうした兄ちゃんたち。あのデブは置いてきぼりか?」


入口前に陣取った大男がにやりと笑った。


「ウォーター・バインドっ!」


ずっとだんまりだった美人僧侶が口を開くと、イケメン剣士の鞄から鋭くロープ状になった液体が飛び出し、大男の身体に巻き付いていった。


「おっ、おっ。コイツぁ珍しいな。魔法を使えるのか」

「ふんっ。それで大人しくしてなっ。抵抗したら絞め殺すからね。2人とも逃げ――」


僧侶が剣士と戦士2人に合図を送ろうとした時。大男は「ふんっ」と気合を入れて、液体のロープをぶち切ってしまった。


「俺を縛りてぇんなら、鉄の鎖でも持ってくるんだな」


液体のロープはまた液体に戻り、大男の肘からポタポタと滴り落ちている。


「あ、あ……」


とっておきの魔法だったのだろう。剣士も戦士も、当然僧侶も固まってしまっていた。


「悪者も分かったことだ。お前、さっさとそのデブの服をめくっちまいな」


大男が顎で合図をしてきたので戦士のシャツをペロリとめくると、腹に分厚く巻かれた布の隙間から薄紫色の髪の毛が見えていた。


「さあて、悪者にはお仕置きが必要だなぁ?」


大男がまたしてもニヤリと笑った。


「こらしめるのね?ちょっと待って!アタシも剣を持ってくるからっ……」

「あっ、ちょっとアーニャ!待ちなさい!」


そんなこんなで、人さらい3人組はボコボコにされ、ハンターギルドに連行されていった。



騒ぎは収まり夜。


「それで、アタシを腹に巻いていた戦士ってのはイケメンだったん?」

「イオちゃんも、よく起きなかったわね」

「寝てる間にさらわれて、起きたらベッドに寝かされてたんだ。イオにとっては何もなかったのと同じだよ」

「ねえ、イケメンだったん?」


そう、何もなかったのと同じなのだ。


「ねえねえ」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

神様と一緒!フリースタイルストーリー @hayataruu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ