【19話】シナリオ発生


拉致、監禁、人身売買、奴隷、みだらな行為。そういった物騒な単語が次々に頭の中に浮かんでくる。窓に駆け寄ってすっかり暗くなっている外を見ると、土嚢二つ分くらいの布袋を抱えた男が全力で走り去ろうとしている。


「待てぇーっ!」


窓から思い切り叫んだが、当然男は止まらない。「くそっ」と言って廊下に飛び出し、階段を駆け降りた。


「人さらいが出た!うちの者がっ!」

「誘拐ですっ!」


宿屋の入口に向かって走りながら口々に叫んでいると、受付に座っていた女主人に腕を掴まれた。


「どういうことだいっ?」

「だから、うちの者がさらわれたんだって!窓から!だから探しに行く!」

「やめときな!もう間に合わないよ!」


腕を振りほどこうとすると、羽交い絞めにされてしまった。女主人もガタイが良いので、ヒョロヒョロの俺では逃げ出すことができない。


「なにをする!放せ!」

「放さないよ!こうなったら部屋にいてもらった方がお客さまのためだ!」

「無茶苦茶だっ!」


というやり取りの最中、なぜかリコはフリーだったりする。


「リコ!とりあえずギルドに行くんだ!ハンターの奴らに捜索を依頼しよう!」

「わ、分かりました!」


走り出したリコを見送ってしばらく動きを止めていると、女主人は羽交い絞めを解いた。そのまま入口を背にして仁王立ちになり、行かせないという意思を示してきた。


「アイツだけ行かせて、俺は行かせないなんて、おかしいじゃないか!」

「ふんっ!どうせ部屋の備品でも壊したから、トンズラするつもりだったんだろ?」

「違う!本当に仲間がさらわれたんだ!」

「どうだか」


すると、女主人の背後から一人の男が姿を現した。


「ゼハァー、ゼハァー……。どいてっ……くれっ」


男は短パンに袖の短いシャツを身にまとい、大きな麻袋を担いで汗まみれだった。


「お、お前っ……」


間違いない。さっき窓から見た男だ。


「そ、その袋はなんだ!」

「ゼハァー……、なんだとはっ、なんだっ。これはっ、トレーニング用の重りだっ」


男は麻袋をドスンと乱暴に下ろすと、口を縛った紐を解いた。中には乾燥した植物の種のようなものがぎっしり詰まっている。


「俺はっ、手紙を届ける配達人なのさ。1週間後に大会があるんで、こいつを担いで、走り込みをしてるんだっ」

「昨日来たお客さんさ。夕方から走りに出たのをアタシが見たよ」


なるほど、怪しい奴。

そう思っていると、また入口からドヤドヤと3人組の客が入って来た。


「やあ、やあ。今日は大変だった。おや、女将さん、何事だい?」


マントをヒラヒラさせたイケメン剣士と、腹を抱えた恰幅の良い戦士と、きれいなローブ姿の美人僧侶。


「あら、おかえりなさい。いやね、こちらのお連れさんが部屋で人さらいに遭ったっていうのよ」

「人さらいだって!?それは大変だ!すぐに追いかけなければ!それからギルドに連絡して……どっちに逃げたんだ?」

「窓からすぐ見下ろしたんですが、よく分からなくて……。ギルドにはほかの仲間が知らせに行きました」

「そうか……」


すると、バタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。


「どうしましたっ?人さらいって聞こえましたけどっ」


見ると、16か17くらいの歳の娘が2人、ブロンドの長い髪をまとめながら階段を降りてきていた。


「ああ。こちらの方の仲間が部屋から連れ去られたっていうんだ」

「まあ、大変!」

「お姉ちゃんは部屋に戻ってて。それで犯人はっ?」

「分からない。でも、とりあえず追いかけないと!」


人が集まりごちゃごちゃしてきたのに乗じて外に出ようとすると、「待ちな!」と女将さんにまた羽交い絞めにされてしまった。


「放せよ!すぐに追いかけないと!」

「人さらいが本当だったとして、夜の街を1人や2人で追いかけたってなんにもならないだろう!」

「だからって……!」

「そうだ!良いものを持ってるぞ」


イケメン剣士は腰に着けた鞄から地図を取り出すと、テーブルの上に広げてみせた。


「これは……?」

「この街の地図さ。以前、街からの依頼で盗賊団の根城を叩いたことがあってね、そのメモが入ってる」


地図の真ん中付近はカジノや劇場が並んでおり、確かにユートレットの街を現しているようだった。そして外側の方には5カ所、はっきりと×印が描きこまれていた。


「盗賊団の根城は5カ所。俺達が受けた依頼では1カ所しか潰していない。つまりあと4カ所残ってるんだ。盗賊団は人身売買にも手を染めていると聞く。連れ去られたっていうお仲間は、恐らくその拠点のどこかに連れていかれてるんだろう」


イケメン剣士が地図をトントンと指し示しながら説明する。残る4カ所というのは、残念ながら一つも近接していない。


「だったら、ここしかないでしょう?」


ブロンドおさげの娘が1カ所を指差した。4カ所のうち一番北側で、色町に近い拠点だ。


「人をさらった後は、どこかに売り飛ばすんでしょ?だったら、そういう店に一番近い方が都合が良いわ」


反論したのは汗だく配達人だった。


「いやいや、ちょっと待て!さらった人間を、さらったのと同じ街で働かせるわけがないだろう!ここはやはり、街の出口に一番近い、ここだ!」


するとイケメン剣士が加わる。


「いや、すぐに街の外に売り飛ばすのなら、わざわざ拠点に置かずとも直接外に行けば良いだろう。俺達が独自に手に入れた情報だと、街の下水道に通じる隠し穴がこの拠点とこの拠点に……」

「ああ、もうっ!こんなところでごちゃごちゃ集まって!とにかく、お客さんが本当に備品を壊してないか、部屋を見せてちょうだい!盗賊団をやっつけに行くのはそれから!ったく、ウソだったら承知しないよ!」


カンカンになった女将さんがそう言ったところで、また新たな来客があった。


「おい!人さらいだと聞いてやって来たんだが!どっちに逃げた!」


地鳴りのような声とともに、入口の向こうに巨大な胸板が現れた。続いて、その脇からリコがひょっこりと顔を出した。


「アルヒラさんっ!ギルドの人ですっ!近くをパトロールされてたみたいで、来てもらいました!」

「お嬢ちゃんが血相変えてたんでな。もしやと思って声かけたんだ」


腰を屈めた大男が、入口の上の方から傷だらけの髭面をニュッと覗かせた。するとイケメン剣士が地図を手にして、入口に向かった。


「ギルドマスターじゃないか、これは心強い!恐らく盗賊団の拠点のどこかだと思うが――」


イケメン剣士が説明を始めると、大男の後ろから2、3人の屈強な男が姿を現した。ハンターギルドのメンバーだろうか。大男が「さらわれたお嬢ちゃんの仲間は?」と訊いてきたので手を上げた。


「お前さんが仲間か?拠点を攻めるなら1カ所かせいぜい2カ所に絞らねぇと、人手が足りねぇぜ。どうする?」

「アルヒラさん……」


心配するリコを尻目に、実はもう、俺は最優先にやるべきことを決めていた。


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